Culture

2023.10.31

名歌の条件にほろり。三十六歌仙で最高の和歌はどれ?【馬場あき子さんに聞く和歌入門・その4】

現代歌壇を代表する歌人・馬場あき子さんの、和歌や日本人の美意識や季節感にまつわるお話を紹介する全6回シリーズ。第4回は「三十六歌仙・その2」です。

シリーズ一覧はこちら

三十六歌仙その2、最高の和歌の名人たち……その中でも名歌はどれ?

名歌の基準のひとつとして、三十六歌仙の歌がどのように後世に伝わったかが、ヒントになるといいます。

「藤原定家(ふじわらのていか)は百人一首のなかで、三十六歌仙から素性法師(そせいほうし)、藤原敦忠(ふじわらのあつただ)、藤原興風(ふじわらのおきかぜ)、藤原朝忠(ふじわらのあさただ)の4人の歌をそのまま採用しています。百人一首は、前(さき)の十五番歌合(うたあわせ)から約200年ほど後の選集ということになりますが、定家の時代になると、三十六歌仙の歌は少し古く感じられたのかもしれないですね」(馬場さん 以下同)

では、それとは別に、いったいどの歌が流布したのでしょう。

「柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の〝ほのぼのとあかしの浦のあさぎりに島がくれゆく舟をしぞおもふ〟と猿丸大夫(さるまるたいふ)の〝をちこちのたづきもしらぬ山中におぼつかなくも呼子鳥(よぶこどり)かな〟の2首は、『新名歌辞典』によると浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎、能、幸若舞(こうわかまい)、狂言といったあらゆるところで、80回、60回以上の引用がなされました。しかし実は、これらは本人がつくったという確証がありません。伝承なんです。
現実に裏がとれるのは、藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)の〝人の親のこころはやみにあらねども子を思ふ道にまよひぬるかな〟という歌。これは58 回も引用されています。〝子をもつ親の心は闇というわけではないが、子供のことになると道に迷ったようにうろたえてしまう〟といった内容ですね」

藤原兼輔は、どうしてこの歌をつくったのでしょう。

「裕福な兼輔は、賀茂川の堤に美邸をもち、堤中納言(つつみちゅうなごん)と呼ばれました。娘桑子(くわこ)は醍醐(だいご)天皇の更衣(こうい)でしたが、中宮(ちゅうぐう)、女御(にょうご)、御息所(みやすどころ)、更衣、御匣殿(みくしげどの)といったたくさんの女性を抱える天皇にお仕えする娘への寵愛(ちょうあい)を案じて、自分の娘はどうなるんだろうと心配だった。それで〝人の親の……〟の歌を詠んで帝に直接届けたのです」

醍醐天皇は、兼輔の親心にホロリとさせられます。

「そして天皇と同様に、庶民も感激したんです。定家が選ぶような歌とも違い、むしろ人情のある歌でしたから、あらゆる文芸にこの歌が採用されるようになりました。時代を超えて普遍的に愛された事実が、名歌という評価につながっているのではないでしょうか」

紫式部の曾祖父・藤原兼輔

兼輔の賀茂川の家は、紀貫之や凡河内躬恒ら文化人たちの交流の場だった。『藤房本三十六歌仙絵(模本)藤原兼輔』 紙本着色 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

六歌仙以降の和歌を支えた親子

父・僧正遍昭(右)と子の素性法師(左)は和歌に秀でた親子。素性法師は女性の立場で歌を詠むことも。『後鳥羽院本(烏丸光広奥書本 からすまみつひろおくがきぼん)三十六歌仙絵(模本)僧正遍昭、素性法師』狩野晴川院〈養信〉、狩野勝川院〈雅信〉、小林養建模 紙本着色 江戸時代・天保11年(1840) 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。
現在、映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)を上演中。

※本記事は雑誌『和樂(2019年10・11月号)』の転載です。構成/植田伊津子

アイキャッチ画像『藤房本三十六歌仙絵(模本)伊勢』 紙本着色 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
Share

和樂web編集部

おすすめの記事

Is a head clenching it's teeth bad luck? In the sengoku period, good or bad luck was predicted by the 'head that was struck down'

瓦谷登貴子

300年続く人気店の秘密が今、明かされる!『鍵善 京の菓子屋の舞台裏』読みどころを紹介

藤田 優

Places to visit when touring Okayama and Kurashiki. City walking guide

和樂web編集部

10 of the cutest must see Jomon clay figurines - that also have an edge

和樂web編集部

人気記事ランキング

最新号紹介

12,1月号2024.11.01発売

愛しの「美仏」大解剖!

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア