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永遠のふたり 白洲次郎と正子

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Culture

2023.11.13

あの世とこの世を行き来するかのよう。『VR能 攻殻機動隊』が切りひらく古典芸能の世界

発表から30年以上経ったいまも世界中のファンを虜にし続ける日本が世界に誇るSF漫画「攻殻機動隊」。近未来の電脳化社会を舞台に、これまで原作の設定を軸にしてキャラクターやテーマ等を借りた多様なメディア形態によるさまざまな作品が制作されてきた。主人公で隊長の草薙素子と隊員達の活躍を描いたパラレルワールドとしてのTVアニメシリーズやアニメ映画、小説、ゲーム、大きな話題を呼んだハリウッドによる実写映画版も記憶に新しい。

『VR能 攻殻機動隊』は、コアなファンも多い原作漫画を脚本に制作された新作能だ(古典をベースとしない能)。世界最古とも言われる歌舞劇・能と最新技術の組み合わせによって生みだされるのはVRゴーグルを着用せずに再現された仮想現実空間。まさに「攻殻機動隊」さながらのSF世界だ。2020年の初演以来、上演のたびに反響を巻き起こしてきた。このたび〈空中結像装置・AIRR〉を実装した最新バージョンが披露された。

VRの電脳空間へとダイブする

写真は2020年舞台のもの

首相直属の攻性警察組織・公安9課(通称「攻殻機動隊」)を率い、全身義体と電脳とを巧みに使って、サイバー犯罪の難事件の数々を解決してきた草薙素子。彼女はある事件をきっかけに、インターネットの海で生まれた知的人工生命体「人形使い」と融合を果たし、忽然と9課から姿を消した。彼女と旧知の仲であるバトーは、残された隊員らと命がけの公安活動を続けながら、素子の面影を広大なインターネット空間に探し求める。(『VR 攻殻機動隊 謡本』より抜粋)

『VR能 攻殻機動隊』は、TVアニメシリーズを手がけた藤咲淳一が脚本、舞台「攻殻機動隊ARISE:GHOST is ALIVE」を手がけた奥秀太郎が演出を担当した。そして東京大学の稲見昌彦教授がVR技術を、明治大学の福地健太郎教授と慶應義塾大学の杉本麻樹教授が映像技術を、AIRR技術の創始者である宇都宮大学の山本裕紹教授と陶山史朗教授が〈空中結像技術〉を手がけた。

SF × 古典芸能


能は舞台上で、おおくを語らない。大道具もほとんど使わないし、背景も老松があるのみで演目ごとに変わることもない。最小限の動きと謡だけで、あとは観客の想像にお任せときている。古典芸能にとっつきにくい印象があるとしたら、極限まで簡素化された空間のためかもしれない。3D映像は、そんな観客の解釈を助けてくれる。

VRを使ったマジックのような仕掛けは、アニメのような面白さだ。技術、背景、音響のすべてで「攻殻機動隊」の世界が再現される。素子(主人公)のお面が空中に出現したかと思えば、あったはずのものがいきなり消えたりする。「攻殻機動隊」の世界をこの目でみることができるなんて、いったい誰が想像しただろう。映画のCGとも、アニメの画ともちがう、生身の人間(能楽師)と共に実物が舞台上にある、という事実に心が躍る。人か映像か、どれが本物でどれが虚像なのかわからずつい身をのりだしてしまう。

世界最古の演劇ともいわれる能とVRの最新技術、最も古いものと最も新しいものが交わることで生まれた本作の要となるのが、ゴーグルなしに体験できるVR技術だ。公演を重ねるごとに技術は進化してゆく。今回も新たに観客を驚愕させる仕組みが組みこまれた。

「技術の海は広大だわ」 人を惑わす3つの効果


大きな舞台上のスペース、しかもスクリーンのない場所に映像を形成するのが〈空中結像(AIRR)〉と呼ばれる技術だ。なにもない空間を大画面タブレットにしてしまう、といえば理解しやすいかもしれない。物理的衝突による制約を受けない3Dディスプレイ技術だ。

二つ目の効果は、錯覚を利用していること。空中に表示される能面の像を注意深くみると、どの方向からみている場合でも能面が自分の方を向いているようにみえる。これは残念ながら録画した映像では分からない。わざわざ劇場へ足を運ぶ理由がここにある。

そして最後が鏡の反射を使って背景を見せるというテクニックで、窓の役割をする透明なフィルムから能面が飛びだしてくる瞬間、同時に窓の向こうに別の映像がみえるというもの。「攻殻機動隊」ファンを虜にするのは、なんといっても光学迷彩のような表現だろう。再帰性反射技術を使って、虚像や背景を見せる形で目のまえにいる素子がいきなり消える演出は、まさに原作さながら。

継ぎ目のない世界


能の言葉は話しているようにも、歌っているようにも聞こえる。明るい照明、緩慢な時間の流れ。大編成のオーケストラが舞台を彩り、情熱的な物語が展開される西洋の舞台とはまるでちがう。ゆっくりと精神世界に分け入っていく感覚。それはたとえば、継ぎ目のない世界にいるような感覚に近い。

舞台をみて、なにより能との親和性に驚いた。能の世界は、あの世とこの世を行き来する。二つの世界に橋をかける。「攻殻機動隊」という物語の潮流には、なにが本物でなにが虚構なのかという問いかけがある。9課隊員たちもまた、現実世界とサイバー空間の二つにまたがって活動する。これは、現実世界と死者の世界を去来する「夢幻能」の構造によく似ている。

だが、本作ではその狭間を行き来するのは役者だけではない。現実世界とコンピューターのなかで形づくられるヴァーチャルな世界を行き来するおもしろさや喜び、ひとすくいの恐怖は私たちのよく知るところだ。現実とヴァーチャルはシームレスになりつつある。だからこそ本作はリアリズムをもって客席に迫ってくる。

古典芸能の可能性を切りひらく

いささか分かりづらいと評されがちな能だけれど、具体的な景色の映像を組み合わせて表現する『VR攻殻機動隊』は、すでに能に親しんでいる人も、能をみたことのない人にとっても新鮮な経験になるはずだ。上演前には「VR 能とは?」「攻殻機動隊とは?」などの説明が人気声優陣の心地よい声で届けられるという楽しみもある。

ところで、空白の舞台でほとんどの情景を表現してしまえる能は、なんだかすこしずるい気さえする。あるいはこの空白が、最新技術を違和感なく古典芸能の舞台に落としこめる余白として働き、舞台芸術の未来を創りだすことに成功したのかもしれない。古典芸能であるはずの能が、一周まわってもっとも新しい舞台に感じられた。未来の演劇には、みた人が愕然とするような仕掛けが満載だ。これを機に古典芸能への入り口に、ぜひ自分の足で立ってみてほしい。満足感とも空虚感ともつかぬ不思議な余韻に包まれることだろう。

【関連情報】
『VR能 攻殻機動隊』
原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社KCデラックス刊)
脚本:藤咲淳一
演出:奥秀太郎
VR技術:稲見昌彦
映像技術:福地健太郎、杉本麻樹
空中結像(AIRR) 技術:山本裕紹、陶山史朗

※『VR能 攻殻機動隊』は、2023年10月13日(金)~15日(日)に、東京都 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)にて開催されました。
※東京公演の後、イタリア・ベネチア公演を皮切りにしたワールドツアーを開催予定。
関連サイト:『VR能 攻殻機動隊』公式サイトhttps://ghostintheshellvrnoh.com

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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