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2024.05.07

不倫に、待ち続ける不幸な恋に… 万葉時代から続く恋の歌【和歌の歴史を彩る女性の恋歌・1】

『和樂』本誌2005年9月号に掲載された、現代歌壇を代表する女性歌人、馬場あき子さんと小島ゆかりさんの特別対談シリーズ。ここからは、小島ゆかりさんに選んでいただいた、万葉時代から現代までの女性歌人の恋の秀歌30首を、時代ごとに5首ずつ、全6回でご紹介していきます。第1回の今回は「万葉時代」。

あなたに振りむいてもらいたくて…激しすぎる片思いでラブレターを送り続けた笠郎女

万葉時代:額田王、磐姫皇后、但馬皇女、坂上郎女、笠郎女

万葉とははるか遠い昔のようですが、歌に目を向けると、現在と変わらない生き生きとした人間ドラマの舞台だとわかります。時代で言うと、飛鳥から奈良にかけてのころ。結婚は婿入り婚が基本で、男性が女性のもとに通うことで情を通じていました。

恋の歌は『万葉集』「相聞(そうもん)」の部に、多く集められていて、高貴な女性たちが相手を待つ歌から始まっています。さらに、但馬皇女のように我が身を賭した激しい恋から、相聞歌のやりとりを楽しんだ坂上郎女のようなおおらかな恋までさまざま。
また、東歌のように庶民が労働や宴席で口ずさんだと思われる歌も。それらの恋歌を読むと、万葉人が現在の私たちとなんら変わらない感情を持っていたことがわかります。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 
額田王

『万葉集』(629〜672年)

読み:あかねさすむらさきのゆきしめのゆきのもりはみずやきみがそでふる
意味:茜色に輝く天皇家の薬狩(くすりがり)の野である標野を行きながら、あなた様は私へ向かって袖を振っておられる。標野場の番人が見ているでしょうに。

【解説】
万葉初期を代表する歌人の額田王(ぬかたのおおきみ)は生没年未詳。大海人皇子(おおあまのみこ 後の天武〈てんむ〉天皇)の寵(ちょう)を受けて十市皇女(とおちのひめみこ)を生み、のちに大海人皇子の兄である天智(てんじ)天皇に召されている。この歌に対して大海人皇子は即座に答歌を詠んでいて、「君」とは天智天皇か大海人皇子か、今もさまざまな憶測がなされている。

『萬葉集 巻第1』中院本 江戸時代・1691年 九大コレクション 九州大学附属図書館所蔵 http://hdl.handle.net/2324/1001563251

君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ 
磐姫皇后

『万葉集』(629〜672年)

読み:きみがゆきひながくなりぬやまたずねむかへ(え)かいかむ(ん)まちにかまたむ(ん)
意味:あなたのお出かけはずいぶん長い日数となりましたが、一向にお帰りの様子がありません。いっそ山の中まで分け入って迎えに行くべきか、このまま待つべきか・・・。

【解説】
『万葉集』巻二「相聞(そうもん)」の巻頭を飾る歌。磐姫皇后(いわのひめのおほきさき)は仁徳天皇の皇后で3人の天皇を生んでいる。非常に嫉妬深く、気性の激しい女性として有名で、この歌には旅に出た仁德天皇への恋慕とともに、焦燥する気持ちが詠まれている。

人言を繁み言痛み己が世にいまだ渡らぬ朝川渡る 
但馬皇女

『万葉集』(629〜672年)

読み:ひとごとをしげみこちたみおのがよにいまだわたらぬあさかわわたる
意味:世間の口を封じることはできず、人のそしりが心を悩ませます。人目を恐れつつもついに、明け方の川を渡って帰るという、これまでに経験したこともないことをする身になってしまいました。

【解説】
但馬皇女(たじまのひめみこ)は天武天皇の皇女で、高市皇子(たけちのみこ)の妻。異母兄である高市皇子の妻でありながら、同じく異母兄の穂積皇子(ほづみのみこ)と通じていた。その不倫が世間の噂になったときに詠まれた歌。恋に命をかけるような一途さが感じられる。

『元暦校本万葉集(げんりゃくこうほんまんようしゅう) 巻二(古河本)』 国宝 平安時代・11世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

黒髪に白髪交じり老ゆるまでかかる恋にはいまだ会はなくに 
坂上郎女

『万葉集』(629〜672年)

読み:くろかみにしろかみまじりおゆるまでかかるこいにはいまだあは(わ)なくに
意味:黒く豊かなこの髪に、白髪が混じるほど年を取ってしまうまで、このように苦しい恋に出会ったことはありません。

【解説】
坂上郎女(さかのうえのいらつめ)は大伴旅人(おおとものたびと)の妹で、家持(やかもち)の叔母。穂積皇子(ほづみのみこ)に愛され、皇子が亡くなった後、大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)に嫁す。『万葉集』に記録された歌の数では、坂上郎女が女性で最多。おおらかでいて雅な作風で、親しみやすい点に特徴がある。甥にあたる大伴駿河麻呂(するがまろ)との相聞歌など、多彩な恋の歌を残したことでも知られている。

相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後方に額づくがごと 
笠郎女

『万葉集』(629〜672年)

読み:あいおもは(わ)ぬひとをおもふ(う)はおほ(お)でらのがきのしりへ(え)にぬかづくがごと
意味:いくらその人を思っても、本来思いが届かない人ならば、思いを寄せていること自体、まるで大寺にある餓鬼の像の後ろから地面に額づいて仏様を拝むのと同じ。

【解説】
笠女郎(かさのいらつめ)は大伴家持の若いころの愛人とされる。家持に24首の歌を贈るも、家持からの返歌はわずかに2首のみしかなく、不幸な恋に苦しみ続け、ついには失意のままに故郷に帰ったとされる。この歌は、そのうちのひとつで、自分の行いに自嘲を込めている。

四天王像が踏みしめているのが餓鬼。独立した餓鬼像もある。『多聞天立像(たもんてんりゅうぞう)』 重要文化財 平安時代・11~12世紀 木造、檜材、寄木造、彩色、玉眼 像高155.5㎝ 奈良国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅 
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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