対談相手は、エミー賞にエントリーされた真田広之プロデュース、主演のハリウッドドラマ『SHOGUN -将軍-』に音楽参加もしている雅楽奏者、音無史哉(おとなし・ふみや)さん。取材は2024年5月上旬、日暮里・延命院さんで行った。
尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
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平安貴族が着た「狩衣」…スポーツウェアみたいに軽い! 阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.14
アジアの雰囲気もあり、教会で賛美歌を聞く気分にもなる笙の音
音無さんが取材当日持ってきてくれた楽器は、笙(しょう)。笙は雅楽で合奏される楽器のひとつだ。雅楽は平安時代、宮中でも演奏されていた音楽。さっそく音を聞かせてもらった。
阿部顕嵐(以下、阿部):単音じゃないのか! すごいです。
音無史哉(以下、音無):一本一本の竹の根本に金属のリードがついていて、息を吹き込みながら指穴をおさえるとリードが振動して音が出る。複数の穴をおさえると和音が出せます。
阿部:ハーモニカみたいなものですか。
音無:そうですね。オルガンにも似ています。竹に空けられた指穴によって、リードと竹の共鳴関係がオフになってるんです。穴を塞ぐことで共鳴が復活してリードが振動し音が鳴ります。
阿部:笙の音色、アジアの雰囲気もありますけど、教会で賛美歌やパイプオルガンを聞く気持ちにもなりますね。
音無:たしかに。笙は「マウスオルガン」といわれることもあります。
給湯流茶道(以下、給湯流):部屋の中が浄化された!
音無:ちなみに今吹いた曲は千年前の曲です。
阿部:千年! 楽譜が残っているのですか?
音無:はい、残っています。すごいですよね。
奈良時代、雅楽の笙は外国からきた最先端のシンセサイザーだった?
阿部:笙は、日本オリジナルのものですか。
音無:いえ、大陸から渡ってきた楽器ですね、中国の雲南やタイ、ラオス、インドあたりにルーツがあると言われています。笙が西洋に伝わり、後にパイプオルガンなどになったという説もあるようですよ。
阿部:なるほど。だから西洋の教会にいる気分になったのかも。ところで、音無さんは何がきっかけで雅楽奏者になったのですか?
音無:もともとはコンピューター音楽をやっていました。数式で音を作ることもあったのですが…。
阿部:笙をやる前は、コンピューターと向き合っていたとは!
音無:あるとき、音楽作品に笙の音を入れたいと思ってサンプリング音源を探したのですが、うまく見つからなかった。それで、自分で笙を吹いてみようと思いました。
阿部:音の素材が見つからず、自分で吹くしかないと(笑)。
音無:笙を和音で吹くと、いかにも平安時代という雰囲気になりますが、単音でツーと吹くと印象が変わります。
阿部:今聞かせていただいて、笙の音がコンピューター音楽みたいだな、と思いました。均一でピーと聞こえるところが電子音みたい。
音無:そうですね。奈良時代に笙が日本に伝わったときも、当時最新のシンセサイザーみたいだったのでは、と想像します。
給湯流:シンセサイザー! 平安貴族はコンピューター音楽を聞く気分だったのかもしれませんね。
日本人は笙を伝統音楽の枠でとらえがちだが、海外の人は一つの楽器としてニュートラルに聞く
給湯流:音無さんは伝統的な雅楽の公演にも出演されますが、現代音楽とのコラボもたくさんしています。
阿部:現代音楽だと、どんなジャンルと一緒にやることが多いです? EDM(※1)は違いますか?
音無:EDMも合いそうですが、もう少し実験的な音楽が多いですね。ノイズ(※2)やアンビエント(※3)とか。
阿部:おお、アンビエント! いいですね。
音無:カナダのエクスペリメンタル・ミュージシャンのティム・ヘッカーと世界ツアーに回ったり、最近だと海外ドラマ『SHOGUN』の音楽にも参加したりしました。
阿部:え、『SHOGUN』めちゃくちゃ好きです! 全話、見てます。真田広之さんが大好きで。
音無:最近、アメリカの大学で雅楽の講義をしました。『SHOGUN』の音楽に参加した話をしたら、急に生徒が目を覚まし僕の話を集中して聞き始めましたよ(笑)。
阿部:アメリカでも人気で、記録も出していますしね。
音無:伝説のバンド『ナイン・インチ・ネイルズ』のアッティカス・ロスなどが『SHOGUN』のサントラを作っています。録音の使い方がとてもうまい。いかにも雅楽といった感じではなく、笙や日本の楽器を自然に取り込んだ『ナイン・インチ・ネイルズ』のような印象で、個人的にも熱かったです。 日本の伝統楽器の中でも、笙は幅が広くていろいろな音楽と一緒にやれると思います。
給湯流:笙は伝統音楽だ、と決めつけずニュートラルに音の魅力を引き出す企画は、素晴らしいですね。
自分の呼吸がダイレクトに伝わる笙は、とても繊細
給湯流:ではいよいよ、阿部さんにも笙を吹いてみていただきましょう。
音無:口を縦長にして、ぴたっとつけて息が漏れないように。力は抜いて、大きく息を吸い、ゆっくり吹いてみてください。
阿部:♪~~~
音無:じつは吸っても同じ音がでるのですよ。
阿部:そうなのですね!
音無:今度は吸ってみてください。
阿部:♪……。今度は音が不安定になってしまいました。
音無:笙は、呼吸がそのまま音になる。笙の演奏者は呼吸のコントロールを一生、鍛錬していきます。初めて演奏したときに不安定になるのは、仕方ありません。
阿部:とても繊細ですね。
音無:笙は息を吹き込めば、初めてやる人でも音が出る。だから始めやすいのですが…
阿部:トランペットやサックスなどは音を出すのが難しいですが、笙はまず音は出るのですね。
音無:はい、そこが違う点です。
阿部:笙は心の乱れが直接現れますね。緊張していたら、すぐにお客さんに気づかれそう。
音無:雅楽の合奏では、笙は主張せずピターーーーっと静かな音を出していたい場面もあるのですが、 緊張して息が震えているとまずいですね(笑)。
阿部:なるほど。
音無:日常の呼吸だと、吸う吐くを切り替えるときは一瞬息が止まりますよね。でも笙は、呼吸をパッと切り替えて持続させるのが大事です。例えるなら、ビリヤードのクッションでボールが軽やかに跳ね返るようなイメージです。
阿部:それは難しそうです。
音無:いや、阿部さんは筋がいいです。呑み込みが早い。できそうです。
給湯流:さすが阿部さん!
雅楽は平安貴族の間で大流行。清少納言も“辛口コメント”を残す?
阿部:笙を伝統音楽の雅楽として公演するときは、ソロ演奏が多いのですか?
音無:いえ、複数の楽器との合奏が基本です。管楽器以外にも、絃楽器、打楽器、歌や舞もありますね。 あとおもしろいのは、今は音楽は自己表現だと考える方も多いと思います。しかし雅楽には、世界や自然と対話する方法、という感覚もあります。この曲を演奏することで花が咲くとか、雨を降らせるとか。そのような曲の古いいわれやエピソードがたくさんあります。
阿部:たしかに。笙の音から強いパワーを感じました。ホテルのラウンジでかかるような、BGMにはならない。
音無:そうですね。雅楽で篳篥(ひちりき)という楽器があるのですが、清少納言は枕草子の中で「篳篥はとてもうるさい。そばでは聞きたくない」と書いています(笑)。
給湯流:清少納言の辛口コメントが(笑)。
音無: 音無:近くで雅楽を聞くと強すぎる。平安貴族の宴会では、庭や池の向こう側で演奏しているのを聞いたりもしていたようです。
阿部:池の向こう(笑)!
給湯流:今日はナイン・インチ・ネイルズから清少納言まで幅広いお話、ありがとうございました。阿部さん、実際に笙を吹いてみていかがでしたか?
阿部:笙は、息を吸って吐くだけで音がでる。これがまず初心者には楽しいですね。みなさんも、ぜひ体験してみていただきたいです。
音無:ありがとうございました。
撮影協力/延命院
インタビュー・文/給湯流茶道 写真/篠原宏明
参考文献:
文化デジタルライブラリー「コラム 清少納言と篳篥」
小野真龍「雅楽のコスモロジー」
音無史哉
笙、雅楽奏者。コンピュータ音楽研究時に雅楽と出会い笙を手に取る。古典雅楽の研鑽・演奏を重ねる一方で、笙や雅楽の多様なあり方を模索・提示している。Tim Hecker ワールドツアー、蓮沼執太フィル、映画、ゲーム、TV番組、空間や映像のための音楽、ノイズやジャズバンドとのセッション、ペルシャ古典音楽やクメール舞踊など各国の古典と雅楽のコラボレーション、近作では「SHOGUN将軍」など、国内外の音楽プロジェクトに参加多数。
●活動情報
https://x.com/otns
https://www.instagram.com/otonashifumiya/
日蓮宗 寶珠山 延命院
今回、取材場所としてご協力くださった延命院。日暮里駅から徒歩3分、谷中にも近い風情あるお寺です。
住職は雅楽に興味をお持ちで、お寺で演奏会も多数企画されています。ぜひ皆様お立ち寄りください。
…今から400年前
延命院のはじまりは寺伝によると江戸初期慶安元年(1648年)、後の徳川幕府第四代将軍徳川家綱の乳母、三沢局が開基となり、七面大明神を守護する別当寺として日長により、新堀村(現在の日暮里)に開創されました。
山梨県身延の七面山に百日参籠し、霊夢をこうむり、祈祷法と七面大明神の鱗を授けられた日長が、寛永17年(1640年)、三代将軍家光から安産の祈祷を命じられ、翌年家綱が誕生したことを受けて建立が許されたといいます。社殿等は残らず大奥から寄進されたとされています。慶安4年の家綱の将軍就任後、徳川家の永代祈願所となり、庇護されました。
延命院の七面大明神は江戸の中でも最も古い七面大明神の一つであり、江戸時代前期から江戸名所の一つとして知られ、多くの参詣者を集めました。特に江戸城大奥から信仰を集め、正室の代参(本人に代わっての参拝)や、女中の祈願が盛んに行われたことで知られています。
〒116-0013 東京都荒川区西日暮里3-10-1
https://enmeiin.net/
阿部顕嵐 お知らせ
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