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Culture

2024.07.30

竹本織太夫が尾上菊之助を案内する。文楽、歌舞伎ゆかりの夏祭り【文楽のすゝめ 四季オリオリ】第4回

文楽の太夫・竹本織太夫さんを通して文楽の魅力を知る連載の4回目は、大阪の高津宮(こうづぐう)でお話を伺いました。ここは国立文楽劇場や、道頓堀の大阪松竹座から近い場所です。ちょうど『七月大歌舞伎』に出演中の尾上菊之助さんも、織太夫さんのお誘いで登場してくださることになりました。この神社は文楽や歌舞伎、落語など、芸能との縁が深いことで知られています。

▼連載第三回はこちらから!
竹本織太夫 神戸・岡本で突然の代役を振り返る【文楽のすゝめ 四季オリオリ】第3回

地元の人々に愛される高津宮

高津宮の鳥居をくぐって境内に入ると、木々が多くて、繁華街に近いのが信じられないぐらい、ほっとくつろげる空間が広がっています。地元の人たちからは「高津さん」と親しまれ、春の花見や夏の夕涼みに気軽に立ち寄れるオアシスのような場所。織太夫さんは地元の幼稚園から小学校、中学校に通われていたので、幼い頃より馴染み深いそうです。境内を歩くと、すぐにお知り合いの方と会われて、声を掛けられていました。

30年以上高津宮でつとめておられる小谷真功(まさよし)宮司にお誘いいただいて、本殿の中へ。厳かで静謐な空気が流れる、魔除け神楽の奉納に立ち合わさせていただきました。

高津宮の本殿

『夏祭浪花鑑』の舞台となった場所

「何度も大阪松竹座の『七月大歌舞伎』に出演していますが、まさかこんなに近い場所で、『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』の舞台となったお祭りがあるとは知りませんでした」と菊之助さん。「私も昨年に国立文楽劇場でこの作品を語りましたし、今年の9月には東京の新国立劇場でも語ります。菊之助さんも昨年の博多座と今年歌舞伎座と2度出演されたので、これは是非お誘いしたいと思ったのですよね」と織太夫さんは話します。文楽や歌舞伎の『夏祭浪花鑑』では、この高津宮の宵宮の夜の出来事をドラマチックに描いています。

本殿で奉納された神楽「剣の舞」

師匠が繋いだ縁から義兄弟へ!?

菊之助さんは、歌舞伎の『夏祭浪花鑑』に登場する一寸徳兵衛役を演じられ、一方織太夫さんは、徳兵衛と義兄弟の間柄になる団七九郎兵衛(だんひちくろべえ)を語りました。「ですから今日は、義兄弟同士で夏祭りに来た訳ですね」と織太夫さんは笑顔を見せます。

菊之助さんは織太夫さんの師匠・豊竹咲太夫師匠から義太夫の指導を受けておられました。今年の1月に咲太夫師匠がお亡くなりになられた時、お二人で師匠の思い出話をしましょうと、献杯をしながら語られたそうです。以来、お二人のお酒の席では、献杯するのが習慣に。「義太夫をご指導いただいた兄弟弟子ということで、洒落で義兄弟と言っています」と菊之助さんも応じます。

『俳優似顔東錦絵 なつ祭団七九郎兵衛一寸徳兵衛 (清書七伊呂波)』豊国画 安政3年発行 国立国会図書館デジタルコレクション

夏に上演されることが多い人気演目『夏祭浪花鑑』は、このような物語です。

浪花の侠気の男たちと、その周囲の人々の人間模様を描いた内容。主人公の団七九郎兵衛(だんひちくろべえ)は、人の役に立つ侠客に憧れていたが、つまらない喧嘩が元で入牢。出牢の折には、女房お梶や幼い息子、老侠客の三婦(さぶ)が出迎えてくれた。そこへ一寸徳兵衛が現れて、言いがかりをつけて団七と争いになる。ところが団七の女房お梶が止めに入ったことで、団七が恩義を感じている浜田家の諸士頭・玉島兵太夫(たましまひょうだゆう)の家来筋であると徳兵衛が名乗って和解する。そして、団七と徳兵衛は義兄弟のしるしにと、互いに片袖を取り交わす。物語は高津宮の宵宮の日に、思いもかけない方向へと展開する。団七は恩人につながる女を助けるため強欲な舅を誤って殺害。賑やかな夏祭りの日に殺人を犯した団七は、神輿の人混みに紛れて逃げてゆく。

ドラマのクライマックスが描かれた宵宮を体験

高津宮を訪れたのは7月17日、夏祭りの宵宮です。ちょうど『夏祭浪花鑑』で舅殺しが描かれる、まさに同じ日。泥田で展開される血みどろの殺人……。織太夫さんと菊之助さんがその話をしていると、タイミング良く、境内の階段を神輿が本殿へ向って上がってきました。殺害の場面では神輿が印象的に登場するので、お二人とも「すごい偶然」と驚かれていました。

左から尾上菊之助さん、小谷真功宮司、竹本織太夫さん

物語の雰囲気とは違う、明るくはつらつとした神輿が本殿へ到着した後、小谷宮司と一緒に記念撮影をさせていただきました。初めて高津宮を訪れた菊之助さんは、「織太夫さんに教えていただかなかったら、こちらの場所を知らなかったので、感慨深いですね」

だんじり囃子にあわせて披露される「龍踊り(じゃおどり)」を見ながら談笑する二人

舅殺しの場面では、大阪特有の賑やかなだんじり囃子が流れます。陰惨な場面に流れるお囃子は、独特の効果を生み出しているようです。生で実際のだんじり囃子を鑑賞するお二人。舞台の話をされているのでしょうか?

変幻自在に語り分ける、演じ分ける極意とは

歌舞伎俳優の菊之助さんと文楽の織太夫さんは、同じ伝統芸能とはいえ、表現の方法は異なります。しかし、美しい藤娘の舞踊で観客を魅了したと思ったら、ガラッと印象の違う立役(たちやく・成年男子の役)を演じられる菊之助さんは変幻自在。また恋人と心中していく儚い運命の遊女から、豪快な弁慶と、巧みに語り分ける織太夫さんも同じ印象を受けます。

本殿右奥で祀られている高倉稲荷神社  国立文楽劇場楽屋入り口で祀られているお稲荷様は、分祀(ぶんし)されたもの 江戸時代以降に芝居の神として、芝居小屋の楽屋裏には祭壇が設けられるようになった

思わず、切り替えるスイッチがあるのでしょうか? と聞いてしまいました。返ってきた答えは、お二人とも「意識したことはないですね」

菊之助さんは、咲太夫師匠が人間国宝になられた時の記者会見の場で、「素直」と言われた言葉がずっと心に残っているそうです。「この素直というのは、役になりきるという意味なのでしょうか?」と織太夫さんに尋ねます。

「私が師匠から聞いたのは、『教えられたことをやることが素直』と言ってましたね。(咲太夫)師匠が9歳の初舞台の時に、山城少掾(やましろのしょうじょう)師匠に『舞台って緊張する?』と聞いたら、山城少掾師匠から『素直にやったらええねんで』と言われたことが根底にあったのだと思います。体力や気力が衰えてきた時に、自分の浄瑠璃をさて、どうやっていこうかと考えた時、子どもの時に教えられた言葉がよみがえってきたと言っていました」と答える織太夫さん。続けて、「師匠のように今まで積み上げてきた経験がある人は、習った通りにやっても、素晴らしいものができるのだと思います」

「目指すところは、そこだと思いますね。咲太夫師匠のように、色々なことを勉強して、吸収して……。そして最後には全てをそぎ落として、役になりきるのが行き着くところかもしれませんね」と菊之助さん。

織太夫さんと菊之助さんの、より高みを目指す芸の道は、これからも続いていくのでしょう。

取材・文/ 瓦谷登貴子
取材協力/ 高津宮 

竹本織太夫さん公演情報

令和6年9月文楽鑑賞教室
『夏祭浪花鑑』 Cプロに出演
※プログラムの演目は、伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)火の見櫓の段 解説 夏祭浪花鑑

■期間:9月7日(土)~22日(日)(Aプロ~Cプロ 期間内で開演時間が変わるので注意)
※休演日 13日(金)
■開演時間:11時半開演、14時半開演、18時開演の1日3公演
■入場料:学生1800円 一般6000円
■会場:新国立劇場小劇場(京王新線「初台駅」中央口直結)

日本芸術文化振興会公式ウェブサイト(公演の詳細な内容)
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2024/6912/
チケット申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/

Spotifypodcast『文楽のすゝめ オリもオリとて』
X文楽のすゝめ official

尾上菊之助さん公演情報

秀山祭九月大歌舞伎
昼の部『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』玉手御前役、夜の部『勧進帳』に富樫左衛門役で出演

■期間:9月1日(日)~25日(水)
※休演日 9日(月)、17日(火)
※貸切 20日(金)昼の部 ただし幕見席は営業
■開演時間:昼の部 11時開演  夜の部 16時半開演
■入場料:1等席18000円 2等席14000円 3階A席6000円 3階B席4000円 1階桟敷席 20000円
■会場:歌舞伎座(東京メトロ日比谷線・都営浅草線 東銀座駅3番出口すぐ)

歌舞伎美人ウェブサイト(公演の詳細な内容)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/879
チケット申し込み
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/879#ticket

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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