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2025.03.12

急な代役ができるのが狂言師の強み! 野村万之丞が語る“古典の力”【狂言プリンス「笑い」の教室】vol.6

300年続く野村万蔵家で活躍する狂言師・野村万之丞(のむらまんのじょう)さん。【狂言プリンス「笑い」の教室】は、20代の狂言師が等身大の言葉で、狂言の面白さを語る連載だ。今回は、急遽代役をつとめたエピソードについて伺う。

尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる現代茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

3歳で初舞台! 350役を経験したことが、急な代役も可能にする

給湯流:1月の「ファミリー狂言会」で、「二人大名」の小アド(主役の相手役)の代役を急遽担当されました。なぜ狂言では、突然の代役が可能なのでしょうか?

野村:僕の場合、これまで120〜130演目ほど経験していて、その中でシテ(主役)とアドなど、二役以上演じることも多いので、約250の役柄をやったことがあります。さらに、能の「間狂言(あいきょうげん)」も100ほどやっているので、合わせると350役ほどになりますね。そういった経験で、代役をつとめることができるのかもしれません。

給湯流:350役! すごい数ですね。とはいえ、いきなり舞台に立つのは大変では?

野村:もちろん、一度やっただけの演目や、何年もやっていないものは復習が必要です。でも舞台で演じる役は、台本をノートに書き写し、稽古で教わったこともメモをしています。体でも覚えているので、そのノートを見返せば思い出せることが多いんです。だからこそ、急な代役にも対応できると思います。

給湯流:そのノートは、古い面(おもて/顔につけるお面)や衣装とともに価値があるものですね。重要文化財、国宝、といっても過言ではない!

代役準備から本番まで、わずか二日間

給湯流:今回の代役はどのように決まったのでしょうか?

野村:実は、代役をつとめる可能性がでたのは本番の二日前でした。

給湯流:二日前! それで、どのくらい稽古されたんですか?

野村:ほとんど稽古できませんでした。もともと、その日の午後公演では自分が初めてシテ(主役)をつとめる演目もあって。そちらの稽古を直前まで優先していました。なので、代役の稽古をやる時間はな少なかった。前日の申し合わせ(リハーサル)だけやりましたね。

給湯流:それだけで本番を迎えたとは! すごい。

本番前日、たった1度のリハーサルで主役と“アドリブ部分”を相談

給湯流:「二人大名」の演目では、どのように代役を務められたのでしょうか?

野村:「二人大名」は比較的よく上演される演目なので、セリフもある程度覚えていました。ただ、細かい動きや言い回しは改めて確認しましたね。また、相手役の二人が初めてだったので、「最後の方の動きをどうするか?」など、柔軟に相談しながら調整しました。

給湯流:セリフや動きが固定されていない部分もあるのですね。

野村:そうなのです。狂言は「型」が決まっている部分もありますが、演者同士のやりとりで微調整する余地も大きいです。特に「二人大名」の最後のシーンでは、二人の大名が「起き上がりこぼし」のように回転する場面があり、そこでの動きやタイミングを相手役と相談しました。

給湯流:なるほど。「ファミリー狂言会」は小さなお子さんもたくさん見に来る企画。起き上がりこぼしのような面白い体の動きは、何度も繰り返したほうがお子さんたちは喜ぶかも。

野村:そうそう。そう思って、申し合わせのとき「当日、起き上がりこぼしの回数を増やすかもしれません。」と打ち合わせしました。当日は会場の雰囲気を見つつ、通常の回数で終わりにしたのですけどね。

能舞台にばみりは不要? 伝統芸能ならではの身体感覚で立ち位置を把握

給湯流:現代のミュージカルなどの舞台を見ると、立ち位置を示すテープがたくさん貼ってありますよね。「ゼロ番センター」とか細かく決められています。しかし狂言の公演が行われる能舞台では、そういった目印はないと思いますが、どうやって位置を把握されるのでしょうか?

野村:能舞台の寸法は、どこもだいたい同じ大きさで作られています。三間(さんげん:約5.4メートル)の寸法を、柱の中か外でとっているのかによってちょっと広い、ちょっと狭いなどの違いはありますけど。ですから柱の位置などを目安に、あと何歩で能舞台のどのあたりに立つ、といったことを感覚的にわかっています。

給湯流:なるほど。日本全国どこの能舞台にいっても、歩数で立ち位置を把握できるのですね。合理的、効率的ともいえるかも!

野村:現代の舞台で、ばみり(立ち位置の目印で舞台に貼るテープなど)があって何番が立ち位置とか細かく決めているのをみると、大変だなぁ。よくそんなの覚えるなぁと思います。

給湯流:いやいや。野村さんが3歳で初舞台、350もの役をご経験されたことも、とても大変です!

野村:ありがとうございます(笑)。面(おもて)をつけると視界が悪くなりますが、柱が見えれば立ち位置を把握できます。ちなみに、観世能楽堂では目付柱(めつけばしら/正面席に座るお客さんの左手のほうにある柱)を外すことができます。お客さんが見えやすいように外す演出をすることがあるのですね。

▲手前に見えるのが、目付柱

野村:それで僕の父が観世能楽堂で「釣狐」という演目をやったとき、目付柱が外されていました。僕は「面をつけるのに目付柱がついていないと、大変じゃないですか?」と聞いたら、父は「そんなの関係ない、自分の感覚で舞台の広さはわかる」と言っていて、すごいなと思いましたね。

給湯流:お父さま、さすがです。

野村:僕も父の領域に近づけるように、がんばります。

給湯流:改めて伝統芸能のすごさを知ることができました。今日はありがとうございました。

舞台写真/萬狂言(提供)・荻島怜(撮影)
取材・文/給湯流茶道

成駒屋三兄弟とのコラボ企画 お申し込みは3月16日まで

プライベートでも親交のある歌舞伎界の成駒屋三兄弟(中村橋之助、福之助、歌之助)が企画・公演する『神谷町小歌舞伎』と、野村万蔵家三兄弟が企画・公演する『ふらっと狂言会』が初のコラボ企画を実施します。

神谷町小歌舞伎の一等席・11000円と、ふらっと狂言会♭5の一般席3000円のセット券を販売し、このセット券を購入した方の中から抽選による約40名限定でお互いの三兄弟が6人で開催するトークイベントにご招待します。(無料。申込多数の場合は抽選)

また、セット券を購入いただいた方には、公演当日それぞれのオリジナルステッカーをプレゼントします(お渡しはふらっと狂言会会場にて)。詳細は公式SNS等をご覧ください。
3月28日(金)19時頃より、鶴めいホールにて開催予定。詳しくは申込みされた方へ直接お知らせ。

●『神谷町小歌舞伎とは』
私たち三兄弟は、子供の頃より父・芝翫が勤める役を真似したり、自分たちで脚本、演出を一から考え、衣裳やかつら、大道具、小道具にチラシやポスターまで母の手を借りながら自分たちのやりたい公演を作り、「お芝居ごっこ」として遊んでおりました。歳を重ね、いつしか「本物の自分たちの自主公演をやりたい!」という夢を抱きました。「神谷町小歌舞伎」という名前は、成駒屋の本拠地でもある「神谷町」と、いつか大歌舞伎に昇格する野望を持って「小歌舞伎」という思いを込めた公演タイトルとなっています。

歌舞伎を心の底から愛する三兄弟が同じ方向を向き、互いに助け、高め合う。
この覚悟と想いを常に持って、今年も挑みます。

公式サイト:https://narikomaya.jp/jisyukoen.html 

●三兄弟コラボトークイベント
日時:3月28日(金)夜19時頃予定
於:鶴めいホール(予定)
※会場は変更となる可能性がございます。

ふらっと狂言会♭5

2025年4月20日(日)11:00開演 国立能楽堂



万蔵家三兄弟を中心とした若手がメインとなって企画し、狂言を若い世代の方々にも気軽に楽しんでもらおうと、さまざまな趣向を凝らしています。今回の上演演目は「鐘の音」と「佐渡狐」。「佐渡狐」では万之丞・拳之介・眞之介という三兄弟の競演にご注目ください。演目鑑賞を楽しむほか、能楽堂内に映えるフォトスポットとして、東村アキコ先生の三兄弟イラストパネルや、狂言で使う道具や装束に触れられる特別コーナーもあります。能楽堂内を是非楽しんで!

『ふらっと狂言会♭5』
【番組】
解説 野村万之丞、河野佑紀
狂言「鐘の音」 石井康太 小笠原弘晃
休憩
狂言「佐渡狐」 野村拳之介 野村眞之介 野村万之丞

■チケット  2月5日(水)一般発売
一般 3,000円
Uー29 2,000円(29歳以下)
※表示は税込価格 ※全自由席
※入場は5歳以上
ちけっとぴあ
イープラス
ヨロズチケット

萬狂言 春公演

2025年4月20日(日)14:30開演 国立能楽堂

万蔵家一門が出演する定例の春公演。稀曲の「不見不聞」を野村万蔵のシテでご覧いただくほか、野村萬の春らしい演目「花盗人」、拳之介と万之丞の兄弟で息の合った演技が見どころの「悪太郎」をお楽しみください。

『萬狂言 春公演』
【番組】
解説 野村万之丞
狂言「不見不聞」野村万蔵 河野佑紀 小笠原由祠
狂言「花盗人」野村萬 野村万禄
休憩
狂言「悪太郎」野村拳之介 能村晶人 野村万之丞

■チケット  2月5日(水)一般発売
松席 8,500円
竹席 5,500円(シニア60歳以上4,000円/教職員4,500円)
梅席 3,500円(小~大学生2,000円)
※価格は消費税込。
※未就学児入場不可。
ちけっとぴあ
イープラス
ヨロズチケット

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野村万之丞

野村万之丞 (のむら まんのじょう)1996年11月28日生まれ、東京都出身。本名、虎之介。祖父は初世野村萬(人間国宝・文化勲章受章)、父は九世野村万蔵(万蔵家九代目当主)。3歳の時「靱猿」で初舞台を踏む。修業の節目となる大曲や秘曲のうち「奈須与市語」「三番叟」「釣狐」「金岡」をすでに披く。2021年より一般の方が狂言を習える「風之会」を開設。狂言以外にも、専門学校舞台芸術学院、桜美林大学、日本体育大学の講師を務め、2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」では明治天皇役で出演するなど、幅広く活動。
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