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Culture

2025.10.03

狂言のおかげで職場ストレス回避できた? “お気楽キャラ”に学ぶ現代社会の乗り切りかた

狂言は、人間国宝もいる伝統芸能。一般人は劇場にプロの演技を見に行くというイメージが強い。しかし全国の大学には狂言サークルがあり、学生時代に狂言を習うと社会人になってからも役立つ、メンタルヘルスの“効用”があるという。学生時代に狂言サークルに所属、現在はお笑い芸人・雨宮あさひさん、エッセイや脚本を執筆する作家・粗忽ぬめりさんに、狂言とメンタルについて聞いてみた。

大学の新勧でJPOPにのせた動画に魅せられて、狂言サークルに入る

―― お二人が大学で狂言サークルに入られたきっかけは?

雨宮あさひ(以下、雨宮):私は高校生のときに喜劇俳優になりたいと思い、演劇コースがある大学に進学しました。落語研究会かお笑いサークルを希望していたのですが、あいにく自分の大学にはなく狂言のサークルに入りましたね。

粗忽ぬめり(以下、粗忽):私は雨宮あさひさんの代の先輩方が作った新入生歓迎動画がきっかけです。当時ヒットしていたJPOPの曲とともに、袴姿の女性が真剣に舞う姿がめちゃくちゃかっこよくて。

雨宮:前年の新歓は狂言を上演しましたが、1名も入部してくれなかった。それで翌年は動画をつくろう、ということになったのです。動画を作った年は一気に10名も入部しました。

▲学生時代の雨宮さん

粗忽:同期の新入生たちは、伝統文化を学ぼうというよりは、人と違うことをやろうという人が多かったですね。

雨宮:狂言師の深田博治さんがいらっしゃって稽古をする日もあったのですが、全員で挨拶をするときおならをするメンバーもいたり。和気あいあいとしていました。

―― 「伝統芸能を学ぶぞ!」と肩に力が入りすぎず、学生さんたちのフラットな感覚が素敵ですね。

狂言は、声で感情を表現するのが大事

―― 大学の狂言サークルでの稽古の様子を、教えてください。

▲粗忽さんが使っていた学生時代のノート

雨宮:師範の深田さんが来る稽古日の前に、まず準備です。どの演目をやるか決まったら、先輩のノートを借りてセリフを一行ずつ、自分のノートに書き写します。それから安価に見ることができる、国立能楽堂のアーカイブ映像で予習しました。

―― 準備が念入りですね。

雨宮:師範が来るとまず、声を師範の型と全く同じように出す訓練から始まりました。

粗忽:師範に「そんな声じゃだめです。本当に恐ろしいと思っていますか?」などと怒られることがありました。顔の表情は声のあと。まずは“声で感情を表す”ことを、師範の流派の型で、徹底的に練習しました。

―― 顔の演技より、声の型を学ぶのが先なのですね。

粗忽:たとえば、師範が一言「この辺りの者でござる」と言う。それをそっくりに真似して「この辺りの者でござる」と返します。語尾が上がるクセなどを師範が見抜き「浮いていますよ」と指摘されたりします。

―― 細かい指導が入るのですね。

粗忽:師範は声の「張り」とおっしゃっていました。狂言では、声の“息遣い”が特に大事で、強く主張する場面は息を詰めて声で押す。感情があふれる時は、逆に息を多めに出す。師範のセリフの抑揚、息遣いに近づけるように練習します。

雨宮:とにかく型のお稽古をずっと続けた感じです。師範に感情的に怒られたことはありませんでした、客観的に型に近づけるポイントを師範に指摘してもらい、修正していくお稽古は楽しかったです。

―― 様々な要素で点数が入るフィギュアスケートの得点に似ていますかね。師範のそれぞれの声の要素にどこまで到達できているか、みたいな…。

粗忽:笑い方ひとつでも「それは押しすぎです。ここは『ラッキー!』くらいの、もっと引いた笑いに」と直されることもありました。

雨宮:いろいろな笑い声のバリエーションが習得できました。私は大きな舞台のオーディションを受けたことがあるのですが……。狂言の稽古で鍛えた大きくゆったりした笑い声で異彩を放つことができ、役を勝ち取ったこともあります。

コールセンターでカスハラ地獄!

―― 大学卒業後、お二人はどうされたのですか?

▲真ん中が、学生時代の粗忽さん

雨宮:私は劇団に入り、お笑い芸人の道へ進みました。

粗忽:私はコールセンターで働き始めました。最初は地獄。お客さんのクレームを自分事にしてしまったのです。電話越しに怒鳴られたら本気で謝り、トイレに駆け込んで泣いたこともあります。

―― メンタルに相当悪い環境ですね。

粗忽:しかも私のチームでミスが続いて、本社から上司が聞き取り調査にくることになりました。

―― 大ピンチ!

粗忽:同期に“鬼ギャル”がいたのです。上司に詰められ私が必死に謝っている横で、ギャルはペットボトルの成分表をじーっと見ていて、上司に全く謝罪しませんでした。

雨宮:ギャル、強い!

粗忽:上司が帰ったあとギャルに「私が謝罪していたのに、あんた何してた?」と怒りました。そうしたらギャルから「いや、この新発売の飲み物がめっちゃ旨くてさ。何が入ってるのかなって見てた」と返答されました(笑)。

ギャル社員が、狂言の定番キャラ「次郎冠者」にみえてくる

粗忽:ギャルの様子をみて、ふと狂言の次郎冠者(じろうかじゃ)を思い出したのです。

▲粗忽さん学生時代の狂言ノート。能舞台の立ち位置が描かれている。

雨宮:多くの狂言で主人公となるのが、太郎冠者(たろうかじゃ)といわれる一番目の使用人。次郎冠者は二番目の使用人です。

粗忽:太郎冠者は主人からの無茶ぶりを自分事にして、悩み頑張る。でも次郎冠者は「おおー」とか適当に返事するだけ。同期のギャルは、まさに次郎冠者だなと思いました。

狂言に出てくる“お気楽キャラ”に学ぶ、ストレス回避法

粗忽:太郎冠者は必死で、次郎冠者がちゃらんぼらん。狂言は、この落差で笑いをとるのだな、としか学生時代は考えていませんでした。でも上司に詰められたときのギャルを見て、職場では次郎冠者のようにふるまった方が、うまく生きられると痛感しました。

―― 社会人を経験して、初めて次郎冠者のすばらしさを知る!

粗忽:それで再びコールセンターでお客さんに電話口で怒鳴られた時、ふと「次郎冠者みたいに演じてみよう」と思ったのです。電話を保留にして「お客様が激怒している」と職場のフロアで声をかけたら、同僚たちが「おっ、なんだなんだ?」とわらわら集まってきました。

―― 観客が生まれたのですね。

粗忽:はい。「大変申し訳ございません」と心から謝罪するような息遣いで声をだしつつ、周りを変顔で笑わせたりしました。すると自分が落ち着いてきて。

―― 能楽の祖といわれる世阿弥が提唱した「離見の見(りけんのけん)」に近いのかも。 舞台にいる演者が、もう一人の自分を客席において、お客さんを楽しませるにはどうしたらいいか客観的に自分をみるという。

粗忽:たしかに「離見の見」だったかもしれません。お客さんが怒っている時は、「ああ、すごい”怒られ”が発生しているな」と一歩引いて見る。そして昼に何を食べようかなんて考えながら、口からはたいへん申し訳なさそうな声で怒りを宥める。お客さんが落ち着いてきたら今度は、大いに感謝しているような声でご案内をしながら、周りに座っている同僚に「やったぜ」と目配せする。

―― 主人公と観客の二役を同時にやる「離見の見」のように、お客さんの電話をとりながら、別の行動も同時にしたのですね。

粗忽:そんな風に自分の演技でお客さんの感情を誘導する、みたいな感覚になってからコールセンターの仕事が楽しくなりました。

雨宮:私も飲食店で働いているときにカスタマー・ハラスメントの経験があります。機嫌が悪いお客さんがいて「ドリンクはセルフサービスとなっております。」というと「そんなこと知らなかった!」ときつく怒られたり。でも、お客様が怒る姿を冷静にみて、ときには心の中で笑ってしまうこともありました。「ご主人様が怒る」あらすじの狂言で型の稽古をしていたから、客観的に事態を見る力がついたのかもしれません。

―― 一般人が狂言を習うと、カスハラからメンタルを守る効用もあるのですね。すごい!

雨宮:狂言のキャラクターは、カリカチュア(風刺画)や、アニメに近いというか。たとえカスハラに巻き込まれても、狂言的なアプローチで相手を風刺するように見られる。

―― なるほど、風刺か。身分制度が厳しかった時代に「大名に怒鳴られた」とか、様々なハラスメントを受けた人が、大名を風刺するような狂言をみてスカっとしたのかなあ。

雨宮:今のお笑いは、常に新しいことをやらなければいけない。新ネタを披露したときに、客席が「シーン」となったときは地獄です(笑)。でも狂言はここで笑わせるという型があり、お客さんが安心して舞台を鑑賞できるというメンタル効用もあるとも言えますね。

―― お二人のお話から、狂言のいろいろな面を知ることができました。ありがとうございました。

雨宮あさひ・粗忽ぬめり出演「しごでき女子の足はいつも引っ張られる」狂言&茶会

古典の狂言をベースに、現代の会社員がトラブルにまきこまれるサラリーマン狂言。東京公演には、雨宮あさひさん、粗忽ぬめりさんが出演する。誰が太郎冠者、次郎冠者を演じるかは当日のお楽しみ!

2025年10月13日16時 開演
前売り3939円(抹茶・お菓子付き)
当日4500円(抹茶・お菓子付き)
くわしくはこちら

雨宮あさひ

1988年5月15日生まれ
学生時代、共立女子大学狂言研究会で狂言を学ぶ。
コメディアンを目指し、2011年から2021年までワハハ本舗株式会社に所属。退団後はフリーで俳優とピン芸人で活動。現在、様々なキャラクターが所属する、架空の芸能事務所「アサヒスーパーウェット」を設立し、架空の自社ライブを定期開催。2025年11月には「アサヒスーパーウェット所属タレント契約更新会〜2026年に生き残るのは誰だ?〜」を開催予定。
https://x.com/LSun55

粗忽ぬめり

1990年7月13日生まれ
学生時代、共立女子大学狂言研究会で狂言を学ぶ。
会社員として超絶ブラックな労働を経験したのち転職。社会人の傍ら創作活動に励む。2024年にエッセイと短歌の本「逆上がりができない」を刊行。2025年には小説「わたし」を刊行。2025年11月23日の文学フリマ東京では、雑誌「JAM」を創刊予定。YouTubeにてポッドキャスト「てめえのご足労」を毎週水曜日に放送中。
https://x.com/numeri_skt

深田博治 狂言教室

1967年10月13日生 狂言師。
野村万作に師事。国立能楽堂・能楽三役第四期研修修了。重要無形文化財総合指定者。

雨宮さん、粗忽さんの学生時代に稽古をつけておられた深田さん。
今は一般の方がお稽古できる教室を運営されています。見学も歓迎だそうです。
https://x.com/fukatahiroharu

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給湯流茶道

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!
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