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Culture

2026.03.31

フランスで花開く、寿司の新たな可能性!銀座仕込みの職人が握る本格寿司に、3DプリンターとAIを活用した「SUSHI」まで

パリ1区の寿司店「作 Saku Vendôme」で楽しめるのは、まぎれもなく江戸前鮨です。2026年の年明けに開店したこの店で披露されるのは、フランス人寿司職人、ビクトール・エマニュエル氏による銀座仕込みの技。1981年からパリ6区で営業する老舗「築地 Tsukizi」の2店舗目です。
1店舗目の「築地」は昔ながらの日本の寿司店の佇まいをそのまま残した店として評判を集め、インフルエンサーを中心に人気が爆発。その二店舗目としても注目されています。

また、「作 Saku Vendôme」の開店と同じ頃、パリの日本文化会館で化学者ラファエル・オーモン氏による「寿司の未来」を語る講演が行われました。
伝統を守ろうとする職人と、化学で食の探求をする研究者、和食が誇る「寿司」を取り巻く新たな潮流が、食の都パリで起こっています。

パリに芽吹く、フランス人が握る本格寿司

「寿司職人といえば日本人、というイメージを壊したかった。フランス人にだってできる、ということを示したかったんです」
こう語るのは、25歳の若きフランス人寿司職人、ビクトール・エマニュエル氏です。パリでフランス人が日本の伝統的な寿司を提供するというスタイルは、今でも珍しいものですが、フランスにおける「本物の寿司」を広める動きは、着実に広がりつつあります。

パリ1区の寿司店「作 Saku」の寿司職人、ビクトール・エマニュエル氏

その原点は、北フランスの海と深く結びついた家族の歴史にあります。曾祖父はブルターニュの漁師、曾祖母はニシンの缶詰工場で働いていました。生牡蠣をはじめとする豊かな海の食文化が根づくブルターニュ地方で育まれた魚介への親しみが、後に彼を寿司の道へと誘うことになります。「魚とともに生きてきた家族の伝統を、日本の技で昇華させたかった」という言葉には、家族の歩みへの敬意がにじんでいます。

寿司との出会いは、ワーキングホリデービザで国際的に働いていた時期に訪れました。
東京で修行の機会を得たエマニュエル氏は、パリのペニンシュラホテルのミシュラン星付きレストランで磨いた経験を携え、フランス人シェフを通じて日本人の料理人の奥田 透氏と出会います。フランスで働いていた奥田氏は「海外で質の低い寿司が横行する現状に危機感を覚えており、日本の伝統食を世界に伝えたい」という強い信念を持っていました。「フランスで助けてもらった恩返しに、フランス人を育てたい」と、エマニュエル氏を、自身がプロデュースする寿司店へ受け入れてくれたといいます。

パリで貯めた貯金をすべて使い、給料なしで挑んだ一年ほどの修行は銀座の「すし晴海」でおこなわれました。かつて「飯炊き三年、握り八年」と言われた世界ですが、師匠の吉谷圭介氏は「短期間で基礎を習得できるよう」工夫してくれました。
「最初の一ヶ月は、ひたすら米だけを炊いていました。二ヶ月目になると、サヨリや鯖といった小さな魚に触れるようになり、月を重ねるごとに、大きな魚へと進んでいきました」

「すし晴海」の吉谷氏とエマニュエル氏

修業中のコミュニケーションはGoogle翻訳が頼りでした。
「師匠は毎週、豊洲に連れて行ってくれました。魚の選び方、市場の目利きとのやり取りなど、スマートフォンをフル活用しながら学びました」とエマニュエル氏は笑います。
現在27歳。すでに5〜6回日本を訪れており、2年ごとに渡航しながら新しいレシピや食材からインスピレーションを得ています。

日々の仕事は「Kaizen(改善)」の精神で、昨日より少しでも良くなることを目指します。将来の夢は、ブルターニュかノルマンディーの海のそばに、小さな寿司カウンターを開くこと。銀座で学んだ技と、北フランスの海の記憶が、いつかひとつの場所で結びつく日を思い描いています。

エマニュエル氏が握る江戸前鮨

化学者が解き明かす「寿司の未来」

エマニュエル氏が職人の手で「本物の寿司」を守ろうとする一方、寿司の未来を科学で描こうとする研究者がいます。「作」の開店と同じ頃、パリ日本文化会館で開催された「I LOVE SUSHI」展の一環として、化学者ラファエル・オーモン氏による講演が行われました。
「料理は芸術であることをやめることなく、科学的になっていくだろう」
講演の冒頭でオーモン氏が引いたのは、フランスの名料理人オーギュスト・エスコフィエの言葉です。パリ・サクレー大学で未来の料理講座を主宰するオーモン氏は、ミシュラン星付きシェフのティエリー・マルクス氏とともに約15年にわたり「2050年の料理とは何か」を問い続けてきました。

醤油をカプセル状にしてみせるオーモン氏

球体になった醤油で食感を操る

講演でまず紹介されたのは、食感の変革です。海藻由来の成分を使うと、液体をイクラのような小さな球体にすることができます。オーモン氏はこの技術で醤油を球状にしてみせました。口に入れると膜が破れ、醤油が「弾ける」ように広がります。
「本来、寿司は醤油に浸すものではありません。職人が刷毛でそっと塗り、すでに味が整った状態でお客に渡す。この技術を使えば、わさびや柚子果汁なども球体にして寿司に乗せることができます。食べる体験そのものが変わるのです」

醤油や、柚子果汁、シソ風味のカプセルがのった寿司の提案、画像引用元:ラファエル・オーモン氏講演資料より

食材の「香り」で生まれる新しい組み合わせ

オーモン氏が特に力を入れるのが「フードペアリング」の科学です。食材の芳香成分を分析し、共通の分子を持つもの同士を組み合わせると、驚くほど相性の良い料理が生まれます。たとえば白味噌は塩キャラメルに近い香りを持ち、赤味噌はバルサミコ酢やカカオと相性が良い。日本の味噌とフランスのコンテチーズが「うまみ」の成分を共有し、口の中で絶妙な調和をもたらすこともその一例です。

この発想は、魚を使わない寿司の可能性にも広がります。キュウリには魚に似たヨード系の風味が、ライチには牡蠣に近いアロマが潜んでいます。科学的に分析すれば、動物性タンパクに頼らずとも寿司の味を再現できるかもしれないと、オーモン氏は語ります。海産資源の枯渇という現実的な危機を見据えたとき、この問いは単なる実験を超えた意味を持ちます。

カニ+玉子焼き+白味噌+ローズで甘みのあるフローラルな寿司、画像引用元:ラファエル・オーモン氏講演資料より

AIと3Dプリンターが切り拓く新しい未来の味覚

オーモン氏の研究室で特に興味深いのが、AIと3Dプリンターの活用です。
アロマホイールで食材の芳香成分を分析し、そのデータをAIが処理することで、相性の良い食材の組み合わせを導き出します。また、AIの画像生成機能を使って、レシピから料理の完成ビジュアルを作成することも。更なる未来には、食べる人の体調に合わせて、AIが栄養素を調整して提供する寿司店の出現もあるかもしれません。そして3Dプリンターを使えば、握りずしとは異なる新しい形状や食感の寿司も生まれます。最新の科学技術を、食に応用するオーモン氏のアイディアは留まるところを知りません。

AIの画像生成でつくられた、3Dプリンター寿司

パリでおこる、寿司をめぐる二つの進化

フランスでは、ほかの国の文化を自分たちなりに受け止め咀嚼し、世界の高いレベルまで引き上げてしまうことがあります。刺身がすでにフランス料理の一部として馴染んでいるように、寿司もまた、日本人の手を離れ、別の形へと進化しようとしています。

パリで育ちつつある本格寿司と、科学が描く未来の寿司。エマニュエル氏とオーモン氏のあいだに直接のつながりはないのですが、寿司をめぐる二つの異なる動きが、同じパリで同時に進んでいます。そのどちらも、料理が旅を重ねるなかで姿を変えていくことを示しています。

銀座の技がフランス人の手で磨き直され、フランスで発展した食の科学が寿司の新しい姿を形づくる。それらが再び海を渡り、日本に戻ってくる日があっても不思議ではありません。伝統は留まらず、動き続けることで新しい景色を開いていくのだと、パリの寿司が静かに語っています。

パリ日本文化会館で開催中の「I LOVE SUSHI」展でのカウンター体験コーナー

作 Saku Vendôme DATA

住所:9 Rue du Mont Thabor, 75001 Paris
電話:+33 (0)1 42 60 65 07
営業時間:12時~15時, 19時~23時30分
公式サイト:https://www.saku-restaurant.fr/

パリ日本文化会館DATA

パリ日本文化会館は、1997年の開館以来、国際交流基金の海外における最大級の日本文化の発信拠点として、日仏・官民共同で、文化と芸術の都パリから日本文化の発信を行っています。伝統文化からポップカルチャーまで、展示、舞台公演、映画、日本研究者を中心とした講演会、図書館、子ども向け事業、アトリエ事業等多角的に紹介すると同時にマンガ、茶道、書道、いけばな、着物、和食に日本酒等様々な体験講座や日本語講座も実施しています。
「I LOVE SUSHI すしを愛でる」展は、4月11日まで開催中。
住所:101 bis, quai Jacques Chirac, 75015 Paris, France
電話:+33 (0) 1 44 37 95 01
開館時間:火~土曜日 11時~19時
休館日:日・月曜日および仏国の祝祭日
公式サイト:https://www.mcjp.fr

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ウエマツチヱ

フランスで日本人の夫と共に企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の2児を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速いです。 日々の仏蘭西生活研究ネタはコチラ https://note.com/uemma
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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