しかし竜宮城を訪ねたことがあるのは、浦島太郎だけではない。はるか昔、海底を目指した海女たちがいた。彼女たちの目的とは。有名な浦島伝説とは景色のちがう、もうひとつの海底昔話を紹介します。
玉を取りかえしに海女が潜った話

出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/8929665/1/4)
『通世界二代浦島(つうせかいにだいうらしま)』の海女は、竜宮を目指した。竜宮に奪われた「面光不背の玉(めんこうふはいのたま)」を取り返してくるように、淡海公に頼まれたからだ。海女は寄せくる波を漕ぎ分け、歌を歌いながら海底の奥深くを目指して泳いだ。
さて、なんやかんやあって竜宮へたどり着いた海女は、女の客は珍しいと歓迎される。そして難なく玉を返してもらうのであった。
このあと物語は意外な展開をみせる。
海女は志度の浦に戻ると淡海公と夫婦になった。竜王の親切にお礼がしたいと考えた淡海公は、どういうわけか浦島太郎のもとへ相談しにいく。そして、浦島と乙姫とのあいだに生まれた浦吉が遣わされることになる。
浦吉は亀に乗って竜宮城へ。父親もかつて訪ねた場所を、息子がふたたび訪れるという熱い展開。竜宮城には、あの乙姫がいる。浦島太郎と結婚したのとはべつの乙姫である。
浦吉は乙姫に惹かれるが、ふられてしまう。そして子どものいない淡海公夫婦の養子となるのであった。
河童が玉をもってきたので竜宮へ行かなくて済んだ話
『面光不背御年玉(めんこうふはいのおとしだま)』の海女もまた、玉を求めて海へ向かった一人だ。
淡海公に面光不背の玉を取りかえしてほしいと頼まれた海女は海へ……潜らなかった。海面から、玉を収めた玉塔が現れたからだ。
ことの次第はこうだ。盗まれた面光不背の玉を河童の河太郎が盗んだ。河太郎は、玉を取られまいと竜宮城にある玉塔を三十丈から三百丈に伸ばした。しかし伸ばしすぎたせいで、玉塔は竜宮世界を突き抜け、海面を出てしまった。そこに、海女が出くわしたというわけ。この河童、アホである。
『通世界二代浦島』では長く厳しく辛い(と思われる。なにせ竜宮城は海の奥深くにあるのだから)道のりを泳いだ海女だったが、この物語では、わざわざ河童が海面まで玉を持ってきてくれるという幸運な展開をみせる。かくして海女はなんの苦労もなしに玉を手にしたのであった。めでたしめでたし。
ところで玉を奪われた竜王は大激怒し、河童の河太郎はその後、江戸へ玉探しに行くことになる。
「昔は竜宮城へ簡単に行けたんだけどねぇ」

出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/8929700/1/7)
『名響鐘竜頭(なにひびくかねのりゅうず)』の主人公の和尚も竜宮城へ行きたかった。この和尚はかつお節を取られたとかで、竜宮城へ取りかえしに行きたいと願いつつも手段が見つからず困っていた。
そこで木曽の寝覚の里にある浦島の社へ拝んだところ、浦島の神が現れて言った。
「昔は志渡の浦の海女も簡単に竜宮城へ行けたのに、今となってはその道を知る者は一人もいなくなってしまった。竜宮城へ行くのは難しいだろうねぇ」
物語や伝承には、竜宮城の場所がきちんと示されていることもあれば、どこにあるのか語られない場合もある。その場合、竜宮城は海の底にある架空の場所ということになる。いったい竜宮城は、どこにあるのだろう。
ある伝承では、海女が志度の浦から竜宮城を目指している。滝や湖から向かったという者もいる。中国では、竜宮城は仙郷(仙人の住むところ)とされている。私が知らないだけで、きっとほかにも行きかたがあるのだろう。
平家滅亡の地として有名な長門国壇ノ浦は、竜宮城と繋がりのある地だ。じつは浦島太郎の故郷は壇ノ浦で竜宮城はその海底にある、との説がある。ということは浦島太郎が乙姫さまから預かった玉手箱を開けておじいさんになったのも、この場所なのだろうか。
竜王に奪われた玉の正体とは

出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/8929665/1/7)
海女たちが必死に取りもどそうとしていた「玉」の正体が気になる。取りかえそうとしているということは、もともと人間のものだったのだろうか。竜王はどうしてそれほどまでにこの玉が欲しいのだろう。
それで思い出したことがある。能『海士』に登場する面光不背の玉のことだ。
この物語では、志度の浦で大臣一行がひとりの女の海人に出会い、彼女はかつてこの浦であった出来事を話して聞かせる。それによると、面光不背の玉は淡海公の妹君が唐帝の后になったときに贈られた代物で、ここでも竜宮は玉を奪った犯人ということになっている。海人は玉を取りもどすために自らの命を投げうって海へ飛びこみ、玉を奪いかえし、乳房の下を掻き切って玉を押しこめて持ち帰った。
すこし話がそれるけれど、ものの本で、使いの船が暴風にあい、珠(玉)を龍に奪われたという伝説を読んだことがある。この珠は新しい生を産みだし、なおかつ海中に投げ入れると嵐をおさめることもできるという。この珠が海女たちが取りかえそうとしていた珠(玉)だとしたら、竜王が欲しがるのも納得がいく。と同時に、それほどの力を秘めた珠を人間が持っていてよいのだろうか、とも思うのだけど。どうでしょう?
おわりに
玉の奪還のため、かつお節のため、それぞれの事情で海底を目指した海女たち。物語はとてもユニークで笑いを誘うが、竜王へ挑む女たちの逞しさには、勇気づけられるものがある。
香川県の志度町に伝わる『海女の玉取り伝説』では、竜神に奪われた玉を取りかえしてくるように頼まれた海女が、報酬として息子を跡取りにするようにと約束させている。こんなふうに書くと、息子への愛のために命を投げ出した女性の美談のように聞こえるけれど、当時の庶民の貧しい暮らしを思えば、海へ飛びこんでいった彼女たちの苦悩を想像し、胸を痛めずにはいられない。
竜王が実在するかどうかは分からない。海底世界があるかも分からない。でも子どものために命を懸ける母の気持ちに嘘偽りはない。水の下で語られる物語は決して単なるつくりものなどではなく、現実世界とひと続きの、人間の歴史なのだ。
【参考文献】
飛田琴太 作『通世界二代浦島』(国会図書館デジタルコレクション)
北尾政美 画『名響鐘竜頭』(国会図書館デジタルコレクション)
日本思想大系『往生伝法華験記』岩波書店、1995年

