尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる現代茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
天気を擬人化する狂言の面白さ! 人間の顔で表現できない存在を「面(おもて)」で表す
狂言の演目『雷』は、天から落ちてきて腰を打った雷様を、ヤブ医者が治療するというユーモラスな演目。腰痛で苦しむ雷様を医者がハリ治療で治してあげ、最後には治療代としてあるものをもらう展開だ。

給湯流茶道(以下、給湯流):狂言は素顔で演じるイメージが強いのですが、『雷』では雷様がとても立派な面(おもて)をつけて登場しますよね。狂言において、面をつけるのはどのような時なのでしょうか?
野村万之丞(以下、野村):狂言は、基本的に素顔で演じるものが多いです。役者自身の顔で大名や太郎冠者(たろうかじゃ:使用人)など、その人物を表現するわけです。しかし、人間の顔では表現できない役の時には面を使います。狂言は、人間以外の者が登場するとき面(おもて)をつけるというルールがあるとざっくり考えていただいて良いかと思います。
給湯流:人間以外といいますと、どのような役があるのでしょうか?
野村:動物や、今回のような雷様、大国、毘沙門など末社に至るまでの神様や精霊のような存在ですね。あとは鬼や、人間を超越した存在としての老人、女性の役などでも面を使います。狂言師が、自分の顔では表現しきれないものに対して面をつけるのです。
給湯流:なるほど。『雷』の雷様は、どのような面をつけているのですか?
野村:基本的には「武悪(ぶあく)」という鬼の面を使います。装束(しょうぞく:衣装)も重いですし、面や頭(かしら:カツラ)をつけると息苦しさがあります。また、体の動きも制限されるので演じる側としてはなかなかハードな演目でもあります。
稽古では面をつけない――ぶっつけ本番で面をつける緊張感
給湯流:『雷』のお話を伺っていて驚いたのが、面や頭を稽古ではつけないという点でした。本番でいきなりつけることもあるのでしょうか?

野村:そうなのです。僕が初めて『雷』をやった時も、面はぶっつけ本番でした。稽古ではつけないので、本番で初めて視界の制限などを体で感じることになります。稽古の時のように思いきり動いてしまうと面や頭がずれてしまう危険もある。その調整が大変でした。
給湯流:それはかなり緊張しますね。
野村:稽古中にも面をつけて確認したほうが安全だと現代の感覚では思うかもしれません。でも「それくらいできて当たり前だ」という厳しさもある世界なのですよね。
本番開始5分で息ができなくなった!面をつける狂言『節分』初演で大ピンチ
給湯流:面をつける演目は他にもありますか?

野村:あります。例えば『節分』もそうです。これも僕は本番で初めて面をつけました。
給湯流:いきなり本番で……やはり大変でしたか?
野村:大変どころじゃなかったですね(笑)。40分くらいの演目なのですが、開始5分で「もうやめたい、楽屋に帰りたい」と生まれて初めて思いました。とにかく苦しくて、暑くて、息もつらい。半分くらい記憶がないぐらいです。
給湯流:そんな過酷な状況で最後まで……。
野村:やるしかないですからね。狂言を演じる能舞台は途中で自然に袖に引っ込むこともできませんし、型が決まっているので自由に休むこともできない。
給湯流:まさに身体で覚える世界ですね。
野村:そうですね。『雷』『節分』『釣狐』といった演目を順に経験していく中で、少しずつ身体が慣れ自然と修業の段階を踏むことができる。そういう積み重ねがあるのだと思います。
怖い存在を「かわいらしいキャラ」に変えるギャップの笑い
給湯流:海外で『雷』を上演すると非常に人気だそうですね。どういった部分が海外の方にウケるのでしょうか?

野村:狂言は言葉の芸能なので、海外では面白さが伝わりにくいのではと思われがちです。しかし『雷』は、まず見た目のインパクトがあります。そして、空から落ちて腰を打った雷様が、ヤブ医者に針治療をされて「痛い、痛い!」と痛がるシーンがあるのですが、これが万国共通でわかりやすいのですよね。フィンランドの公演では、痛がるシーンで「アウチ!」と英語でアドリブを入れたらすごく盛り上がりました。
給湯流:雷様が針治療を受けるという設定自体がユーモラスですよね。
野村:そうなのです。一般的に鬼や雷様って怖い存在ですよね。でも、狂言の鬼は誰よりも人間らしい。『雷』は、怖いとイメージされている雷様を、かわいらしいキャラとして描いています。怖い存在のはずなのに臆病だったり、針を刺されて泣き叫んだりする。真面目で怖い人のマヌケな部分が面白いような、ギャップの笑いが狂言の鬼にはあるのです。
海外公演で観客にうまれた意外な疑問――「面の裏側が気になる」
給湯流:フィンランドでの公演では、面についても質問が多かったと伺いました。

野村:そうですね。日本だと「どんな役の面か」という質問が多いのですが、向こうでは「どう見えているのか」とか「裏側はどうなっているのか」といった、すごく具体的で構造的な質問が多かったのが印象的でした。
給湯流:確かに、日本人とは視点が違いますね。
野村:あと、『雷』自体もすごく反応が良くて。雷様を擬人化する発想自体が珍しいのかもしれませんし、見た目のインパクトも大きい。さらに、痛がるシーンのような身体的な表現は言葉がわからなくても伝わります。狂言は言葉の芸能ですが、『雷』のように視覚的で分かりやすい演目は、海外でもしっかり届く。むしろ日本人が当たり前だと思っている要素が、海外では新鮮に映るのだと感じました。
お金を持っていない雷様。治療代が払えず…狂言『雷』ラストはどうなる?
給湯流:物語の後半で、医者が雷様に「治療代をくれ。」と交渉するシーンがありますよね。お金がないと言う雷様に「じゃあ天災が無いようにしてくれ。」と頼む。とても面白いです。

野村:雷様が「では住所を教えてくれ。雷の仲間と一緒に大勢でお礼に行くよ」と言う。医者が「家に雷を落とされたら迷惑だからやめてくれ」とツッコむような、ボケとツッコミのやり取りがあります(笑)。その後、医者は「お代はいらないから、天災が無くなるようなちょうどよい天気にしてくれ。そうすれば農作物が育ち、みんなが潤って私にもお金が入るから」と頼みます。すると雷様は「お安い御用だ」と、豊作を祈る舞を舞って天へ帰っていくのです。
給湯流:雷様がすごく素直でかわいい! ほっこりしました。
野村:そこには狂言ならではの魅力があります。狂言には、祝言(しゅうげん:幸福やめでたい事を祝う言葉)の要素がある。これから長くいい天候が続き農作物がたくさんとれるといいなという人々の願いを受け止めて作っているんですね。当時の農民たちにとって、日照りや洪水といった天災は作物が育たなくなる死活問題でした。だからこそ、自然の脅威である雷様を、自分たちの願いを叶えてくれる身近で愛嬌のある存在として描いたのでしょう。
給湯流:当時の人々の切実な願いが込められているからこそ、何百年も愛され続ける古典演目になっているのですね。
野村:ええ。人が「怖い」と恐れている存在でも、それは勝手なイメージや固定観念に過ぎません。実際に内面を見てみると、実は優しかったり、人間くさかったりする。「人は見かけによらない」というような温かいメッセージは、現代の人にも通じる部分があると思います。人間と人間以外のファンタジーな絡みが楽しめる演目ですので、初心者の方もぜひ劇場で笑って楽しんでいただきたいですね。
給湯流:本日は奥深い狂言の世界を教えていただき、ありがとうございました!
取材・文/給湯流茶道
野村万之丞 お知らせ
ふらっと狂言会♭7
2026年4月19日(日)11:00開演 国立能楽堂
https://yorozukyogen.jp/pg4905380.html

万之丞さんをはじめとする、万蔵家三兄弟を中心とした若手がメインとなって企画し、狂言を若い世代の方々にも気軽に楽しんでもらおうと、さまざまな趣向を凝らしています。今回の演目は「盆山」と「悪太郎」をご覧いただきます。

「悪太郎」は、万蔵家三兄弟と交流のある歌舞伎の成駒屋、中村橋之助さん、福之助さん、歌之助さんたちが企画する『第四回神谷町小歌舞伎』(5/1~3:浅草公会堂)でも上演される予定で、三兄弟コラボ企画としてセット券販売もします。
ふらっと狂言会では演目鑑賞を楽しむほか、能楽堂内に映えるフォトスポットとして、東村アキコ先生の三兄弟イラストパネルや、狂言で使う道具や装束に触れられる特別コーナーもあります。能楽堂内を是非楽しんで!
生きる国宝 加賀宝生 能『来殿』 狂言『雷』
2026年05月10日(日)14:00開演 東京国立博物館
野村万之丞さんが狂言『雷』で雷様を演じます。
https://tohakunoh.com/event/detail/U_o7Opws
▼【狂言プリンス「笑い」の教室】シリーズ一覧はこちら。

