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Culture

2026.04.13

『菅原伝授手習鑑』ゆかりの大阪・佐太天神宮で竹本織太夫が祈願!【文楽のすゝめ 四季オリオリ】第15回

受験シーズンにお世話になる学問の神様と言えば菅原道真公。この道真公と周辺の臣下たちを描いた『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』は、人形浄瑠璃三大名作のひとつとして知られています。

竹本織太夫さんは、2026年4月文楽公演『菅原伝授手習鑑』で「訴訟の段」を語られますが、佐太天神宮は物語とゆかりのある場所です。公演に先駆けてのお詣りに、同行させていただきました。

今に伝わる「菅公水鏡池」

大阪メトロ谷町線・大阪モノレール「大日(だいにち)駅」からタクシーに乗車して10分ほどで、佐太天神宮へ到着。「春に3日の晴天なし」と言われますが、この日はお天気に恵まれて、うららかな陽気でした。

まず本殿でお詣りをされた織太夫さんに、三森(みもり)裕子宮司が境内の池にまつわるお話を教えてくださいました。

『菅原伝授手習鑑』では、この佐太の地が舞台となっています。そして物語と同じように菅原道真公の御領地であったと伝えられているそうです。1000年以上も昔のことなのでお屋敷は残っていませんが、本殿の裏手にある池は、後世に伝えようと、その時代ごとに人々が努力して残してきたそうです。

佐太天神宮提供

「この『菅公水鏡(かんこうみずかがみ)の池』と呼ばれるお池に菅公(菅原道真公)が、ご自分のお顔を写されて、自画像と自刻像(木像)をつくられたと言われています」と三森宮司は話します。ご自身が残された自刻像をご神体としてお祀りしたのが、佐太天神宮の創建なのだそうです。

物語が大きく動く場面と関係する白太夫社

境内の神門を入ってすぐ左側にある手水舎(てみずしゃ)の奥に、白太夫社(しらたゆうしゃ)があります。諸説あるそうですが、お祀りしている白太夫は元々伊勢の神官だったそうで、菅公(菅原道真公)の忠臣となり、太宰府へもお供されたそうです。

三段目の「訴訟の段」はこのような内容です。

『菅原伝授手習鑑』三段目の舞台は、河内国佐太村(現在の大阪府守口市)。元は菅丞相(かんしょうじょう 菅原道真)の御領地の下屋敷にあたりますが、百姓の四郎九郎(しろくろう)が管理をしています。齢七十の祝いとして、菅丞相から「白太夫(しらたゆう)」の名前を拝領する祝いが行われ、息子である梅王丸・松王丸・桜丸の三つ子の女房たちが集まります。そしておめでたい祝いの場から、物語は意外な方向へと動きます。

「こうして実際に白太夫社を目の前にすると、感慨深いですね」と織太夫さん。公演の成功を一心に祈っておられました。

延享3(1746)年大坂竹本座で『菅原伝授手習鑑』が初演されると、佐太天神宮への参詣者も増えたのだそうです。「江戸時代、この辺りは商人の町として栄えました。旦那衆の中には、お稽古事の上達を願って、白太夫社にお詣りした人がいたと伝え聞いています」と、三森宮司が教えてくださいました。

「いぶし銀」の登場人物に注目すると、より文楽が楽しめる!

筆者は文楽の物語のなかの若い男女や、華のある人物に注目していました。それが最近、渋い役柄が気になるようになってきたのです。3月に京都地方公演で、織太夫さんが語る『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)』野崎村の段※1を拝見しましたが、幕切れの父親の詞章(ししょう せりふ)に心を動かされました。若い頃に観た、宇野重吉※2の舞台を彷彿としたことをお伝えすると……。

「義太夫※3には、『野崎村』の久作のような人物が数多く出てきて、そういう人が主役になるんですよ。同じ演目でも歌舞伎だと華やかな役に注意がいくかもしれませんが、陰影を含んだ年配者に魅力を感じるのは、義太夫の特徴だと思います」

『訴訟の段』に登場する白太夫は、菅丞相にも信頼される実直な人柄です。70歳の誕生日を祝う席が、運命によって思わぬ方向へ走り出してしまう。この滋味溢れる老親の葛藤に注目するのはいかがでしょうか。

(※1)宝永7(1710)年に実際に起こった心中事件を題材にした作品。商家の娘・お染と丁稚の久松、そして久松を想う養父の娘おみつによる恋模様が描かれる。
(※2)飄々とした雰囲気と演技力で昭和期に活躍した名優。
(※3)三味線の伴奏で物語を語る浄瑠璃の一種。

師匠からの教えが息づく「訴訟の段」とは

織太夫さんが語る「訴訟の段」について、詳しくお話してくださいました。

ーーー
まさにここ佐太村が舞台の『菅原伝授手習鑑』の三段目の切ですが、今回も「茶筅酒(ちゃせんざけ)」「喧嘩」「訴訟」「桜丸切腹」と4つに分けています。しかし、初演の際は初代竹本此太夫(たけもとこのたゆう のちの筑前少掾)が1人でこの佐太村を語ったんですよ。八代目綱太夫※4は「茶筅酒」を春、「喧嘩」を夏、「訴訟」「桜丸切腹」を秋と表現していますが、そのくらい同じ佐太村の場面でありながらも、物語が大きく変化していきますので、当然に語りにもそれが求められます。

(※4)豊竹山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)の門弟で、昭和中期を代表する名人。8代目竹本綱太夫。

今回私が語る場面も「訴訟」としていますが、ここからが現在(の曲)では切り場なのです。聞いていただければお分かりになると思いますが、訴訟の段の冒頭「あらず戻られし」は宮戸ヲクリです。宮戸ヲクリがなんなのか、を説明するのは非常に難しいのですが、前の「喧嘩の段」はガンガンに力強く聞かせる場面ですので、そこから急に、八代目さんの例えを使わせていただくと、秋風が急に吹いてきたような印象を与えることで、物語が悲劇に近づいてきたことを予感させます。

そして、20分に満たない場面で、詞(コトバ)が中心です。当然に登場人物を語り分けることが大切ですし、どういう状況で誰が誰に何を言っているのか、5W1Hですね、それをお客様に届けるのが太夫の仕事です。

師匠(咲太夫)にいつもカタカナの大切さは教えていただいたんですけども、カタカナを巧く使うことで、5W1Hを強調することができるんですね。センテンスの中にカタカナが出てくることもありますが、多くは最初にカタカナがつきますよね、そこが勝負なわけです。

例えば、梅王が丞相様の配所で奉公がしたいという願いを聞いた後の白太夫の「ムヽ 恩を知らねば人面獣心(にんめんじゅうしん)」の「ムヽ」。床本では「ムヽ」ですが、「んぅうーん」と語っています。「ムヽ」ですと怪訝(けげん)でどちらかというと不機嫌なように思われますが、白太夫は梅王が言っていることを理解しきれず、何を言っているんだこいつはという風に疑問を持っているわけですので、私はそう語っています。

もうひとつ、「奉公はコヽこの白太夫がよい役ぢゃわい」の「コヽ」。字面だけを読むと「この」の「こ」を強調するために、少し怒って「コ」と繰り返しているように思われますが、そうではなく、これは白太夫が胸を指差して、「コ、コウコウ」と言ってるんですね。俺の仕事だと言いたいわけです。

ぜひカタカナにも注目して、そしてそのときに人形がどう演技をしているのかも、合わせてお楽しみください。加えて、白太夫の笑いにもご注目ください。

お客様に「おみやげ」を持って帰ってもらいたい

織太夫さんは本公演での出演に加えて、ご自身がプロデュースされる東京・三越劇場での『浄瑠璃を聴く会』の開催など、エネルギッシュな活動を続けておられます。「私たちはお客様におみやげを渡さなきゃいけないと思っているのですよ。『あの時の織太夫の語りは良かった、素晴らしかった』と、何年経ってもお客様の心に残るのは、その方の人生に私が何か影響を与えていることになるわけですよね。そういう存在になりたいと常に思っています」

続けて織太夫さんは、「神社やお寺に立ち寄られた時に、ああ、この場所と関連する演目をやっていたなぁと、そんな風に思い出してもらえると嬉しいですね」

通し狂言は、演じる側にとっても特別

人形浄瑠璃の演目で全編(通し)を上演するのではなく、物語の山場や見せ場となる部分だけを抜粋して上演することを、「みどり狂言」と呼ぶそうです。「よりどりみどりからこう呼ぶのですが、まあ洋食屋さんみたいな感じですね。ハンバーグとかビーフシチューとか、カニクリームコロッケとか人気メニューを提供する。だから通し狂言は、フレンチやイタリアンのコース料理ですよね。前菜から順番にお客様に味わっていただくわけです」。織太夫さんはお料理に例えて話してくださいました。

「どちらも必要なのですが、技術や経験を次世代へ伝える目的として、時代物※5の通し狂言はやらなくてはいけないものなんです。また演じる私たちにとっても、20代、30代、40代、50代と年齢によって変わってきます。子どもができて親の気持ちがわかるようになったとか、師匠が亡くなって、ああ、師匠はこんな風にやっていたと思い返したり。年代によって同じものをやっても、視点が変わってくるんですよ」

続けて、織太夫さんは通し狂言を上演することについて、詳しく解説してくださいました。

ーーー
竹本座時代の脚本で通し狂言の上演ができるのは、人形浄瑠璃文楽しかできないことなんですよ。もちろん初演から数百年を経た中の変化もありますけど、竹本座で初演された形で今日も上演することができる。我々は連綿と受け継がれてきた歴史の使命を背負っているんだということは、決して忘れてはいけないですよね。

そうした意義も大切ですが、当然に物語が繋がるということも大切だと思います。

「訴訟の段」の中で父白太夫に「人外(にんがい)め、はや帰れ。暇取らば親子の別れ竹箒喰らはすぞ」とまで言われてしまった松王は、女房千代に「女房、来い」と言って、佐太村を去るのですが、ここが「寺子屋」※6に繋がるわけですよね。含みを持たせすぎて底を割ってもいけませんし、かと言って松王夫婦の決意や覚悟というのも匂わせないといけない。

もちろん寺子屋の「思ひ出すは桜丸」には直接「桜丸切腹の段」が繋がる訳ですし。私が前回国立劇場での上演の際に語った「筆法伝授の段」※7があると武部源藏夫婦の行動にも納得感や説得力がありますよね。色々と現代の価値観で考えると、納得のいかないストーリーだなと思われることもあると思いますが、ちゃんと本文には答えが書いてあります。それを「本読み」と私たちは呼んでいますし、伝承芸能としてそれを表現していくことも私たちの大事な使命だと思い、日々舞台に上がっております。
ーーー

観客側も、『菅原伝授手習鑑』全編を続けて観ることで、1場面しか観ていなかった作品の深い部分に、気づけることもあるでしょう。そして、以前に同じ通し狂言を観た時とは、違った感動を味わえることもあるかもしれませんね。

(※5)作品の時代を江戸時代より以前の時代に設定した演目のこと。
(※6)『菅原伝授手習鑑』の中の「寺子屋の段」のこと。
(※7)菅丞相が勘当した弟子・武部源藏の誠実さを認め、自らの書道奥義(筆法)を伝授する重要場面。

取材・文/瓦谷登貴子 取材協力/佐太天神宮

竹本織太夫さん出演情報

令和8年 4月文楽公演『菅原伝授手習鑑』第1部に出演
※第1部、第2部は『菅原伝授手習鑑』通し公演
※第3部は『二人禿』『ひらかな盛衰記』
■期間:2026年4月4日(土)~4月26日(日)
※10日(金)、20日(月)は休演
■開演時間:第1部 午前11時開演(午後2時15分終演予定)
第2部:午後3時開演(午後4時50分終演予定)
第3部:午後5時30分開演(午後7時50分終演予定)
■観劇料:第1部 6700円(学生4700円)
第2部、第3部 各6000円(学生4200円)
▲菅原セット割引(同時購入限定)12000円
■会場:国立文楽劇場(OsakaMetoro・近鉄「日本橋」下車7番出口より徒歩約1分)

公演の詳細な内容:日本芸術文化振興会
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/bunraku/2026/2026bunraku04/

チケットの申し込み:国立劇場チケットセンター
https://ticket.ntj.jac.go.jp/

Spotify podcast『文楽のすゝめ オリもオリとて』
X文楽のすゝめ official

佐太天神宮基本情報

大阪府守口市佐太中町7丁目16番25号
公式ウェブサイト
https://www.satamiya.com/

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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