連載

Culture

2026.05.01

風に感じた神様の気配。太宰府天満宮に吹いた「薫風」の記憶【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

風の香りに、季節の訪れを知る

春が来たことがわかる友人がいる。風の匂いがある日変わり、春の香りになるのだという。大体立春の1、2週間前くらいだろうか。この時期に会うことがあると、「春来ました?」「そろそろだと思うんですけど、まだなんですよね」とか、「今年は春早くないですか?」などという会話をすることになる。会わないときは、彼女が同じグループの友人たちに「春来ました!」とメッセージをくれる。お知らせが届くと、みんななんだかうれしい気持ちになり、「ついに来ましたか!」と皆でしばしはしゃぐ。そして、春の食事会を企画して集合するというのが毎年の恒例行事となっている。

春が来たお知らせを聞くと、いつも外に出て大きく息を吸う。彼女のように、毎日の些細な違いはわからないのだけれど、冷たい風の中にほんの少しやわらかな春の香りが混じるのはわかる。春が苦手な私は、手放しで喜ぶ気持ちにはなれないのだけれど、春の風の香りはほんのりと小さな灯を心に灯してくれるような優しさを持っているような気がする。

香りのする風と言えば、薫風と言う言葉がある。「薫風の候」といわれれば、初夏の若葉の香りを乗せたようなさわやかな風を思い起こすと思うけれど、「風かほる木のした道は過やらて花にそくらす志賀の山越」(藤原良教)のように、元々は花の香りを乗せた春の風を指す言葉だったのだそうだ。薫には「おだやかな風」の意味もあり、まさに、春が来たことを伝えてくれるやさしい風のことであったわけである。でも、近世になると、俳諧では「風かほる羽織は襟もつくろはず」(松尾芭蕉)「薫風や恨みなき身の夏ごろも」(与謝蕪村)などと、夏の季語として変化し、今日のように使われる言葉になっていったようだ。

薫風は、漢語として日本に到来し、訓読みして「風薫る」と和語化していった。始皇帝と下僕の少年の活躍を描いた某漫画の人気キャラクターで秦の宰相であった呂不韋(りょふい)がまとめた『呂氏春秋』には、「何ぞ八風を謂う、東南は曰く薫風と」とあり、春から夏にかけて東南から吹く風を薫風と称していたようだ。中国で吹く風は、どのような香りがするのだろう。少し乾燥した雄大な景色の中、自信満々な表情で髭をなでる呂不韋の服をたなびかせるように、さっと一筋の風が吹く様子が頭に浮かんでしまう。時代は下がり、唐の詩人白居易(白楽天)の詩「首夏南池独酌」に「薫風南より至り、我が池上の林を吹く」の一節が日本でも広く知られるようになり、草木の瑞々しい香りをまとった初夏の風のことを薫風と言うようになったと言われている。

風自体にもちろん匂いはない。風は、花や木々、土や水、様々な香りを乗せて運んできているだけなのだが、我々はそれを風の匂いと感じている。まるで風に人格があるかのように。これは、山、岩、滝、樹木など、自然界の様々なものには神が宿っていると考える、八百万の神々の国、日本ならではの感覚なのではないだろうか。

太宰府天満宮の西高辻信良(※)前宮司様は、「神様は風だよ」とよく言われる。私も今まで、様々なお祭りに参列してきたけれど、神様が喜んでおられるのだろうなと感じるときは、いつもやわらかな風が吹く。本当にやさしくあたりを包み込むような、心地の良い風。時には、御本殿を吹き抜け、また戻ってきて遊んでおられるのではないかと感じるときもある。だから我々は、風の匂い、つまり神様の匂いを敏感に感じ取ろうとしているのかもしれない。春が来たことがわかる友人は、春の神様の訪れを感じているのだろう。

『絵馬筑紫太宰府天満宮之図』(菊川英山筆、19世紀、東京国立博物館蔵。3枚続きの作品を合成)
(出典:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])

神様がお通りになるときに吹いた風

「道真公遷られたまふ御祭りに頬にふはりと和風(やはかぜ)の吹く」

令和3年5月13日、太宰府天満宮で斎行された仮殿遷座祭、御本殿の改修にあたり、菅原道真公の御神霊を御本殿から仮殿に御遷しするお祭りに参列した後詠んだ歌である。夜の静寂に包まれた仮殿。心を鎮めて座っていると、御本殿から、神様のお通りを知らせる「おおー」という警蹕(けいひつ)の声と管弦の音色が聞こえてくる。その音が大きくなるに従って、とてつもなく大きな何かが近づいてくるのを感じ、背中のぞくぞくが止まらなくなった。でも、その大きな何かが通る直前、ふわりとやさしい風が吹いた。「あ、風。」と思わず口からこぼれそうになったくらい、それは鮮烈な瞬間だった。風が吹いた途端にぞくぞくはおさまり、じんわりとあたたかい何かが心に残った。これはきっと神様からの贈り物だったのだろう。

3年間の改修工事が終わり、御本殿正遷座祭が今月斎行される。仮殿の屋根には、道真公を慕い、京都から一夜にして飛んできたという飛梅伝説に着想を得て、周囲の森が飛んできたかのように、梅や紫陽花、シャクナゲなど、60種類以上の植物が植えられている。創設当初は、まだ屋根の木々の幹は細く、随分と隙間もあったけれど、いつの間にやらもくもくとした森のように成長し、鳥が遊びに来たり、新しい植物が育ったりしている。森を頭上に抱いたような3年間の仮住まいを、道真公はきっと楽しまれたはずである。

森の香りをまとわれて、御本殿にお戻りになる日。境内に吹く神様の風は、どのような香りがするのだろうか。薫風に包まれる太宰府天満宮に思いを馳せる。

※西高辻氏の【辻】は「1点しんにょう」が正式表記です。
Share

彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。

アイキャッチ画像:『絵馬筑紫太宰府天満宮之図』(菊川英山筆、19世紀、東京国立博物館蔵。3枚続きの作品を合成) (出典:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])
おすすめの記事

紫式部が紡いだ清少納言の美意識。「春はあけぼの」誕生の背景【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

連載 彬子女王殿下

宮中では門松を立てない!?江戸と京都の松の内【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

連載 彬子女王殿下

「よろしく」という曖昧さ──おおらかで柔軟な日本語の不思議【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

連載 彬子女王殿下

「いざよふ月」のかわいらしさ。不完全なかたちに見出す美【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

連載 彬子女王殿下

人気記事ランキング

最新号紹介

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア