Culture

2026.06.01

市川團子さんが語る、スーパー歌舞伎『もののけ姫』――届かなくても憧れ続け、追いかける

スタジオジブリの宮﨑駿監督作品「もののけ姫」が、この夏、スーパー歌舞伎の新作となって上演されます。 主人公のアシタカを演じるのは、市川團子(だんこ)さん。国内外で高く評価されるジブリ作品に挑みます。アシタカをどのように捉え、アニメーション映画をいかに歌舞伎で立ち上げるのか。スーパー歌舞伎を創ったお祖父さまへの思いとは。

覚悟を決めるタイミングになりました

「国内外で人気のある、魅力的な作品の魅力的なお役をいただきました。ジブリ映画『もののけ姫』が、スーパー歌舞伎で歌舞伎舞台化される。お話をいただいた時は、スーパー歌舞伎シリーズに新たな作品が加わることの重み、また身に余る大役をいただいたことに不安もありましたが、とにかく良い舞台にしたいという思いが湧いています。一所懸命に勤めます」

團子さんにとって、スーパー歌舞伎には特別な思いがあります。

なぜなら團子さんの祖父である三代目市川猿之助(二世市川猿翁えんおう。以下、猿翁)さんが創り出し、確立したシリーズだからです。スーパー歌舞伎『もののけ姫』は、そのシリーズに連なる待望の新作となります。

「これまでスーパー歌舞伎に出させていただくときは、過去に祖父が演じた映像や、祖父のお弟子さんからお話をうかがうことで、役を勉強することができました。今回は宮﨑監督のアニメーション映画をもとに、歌舞伎のお芝居として一から作られます。その怖さや不安はありますが、ある意味で自分次第なのだと覚悟を決めるタイミングにもなりました」

Check!! スーパー歌舞伎とは?
三代目市川猿之助が創造した、歌舞伎の新たなジャンル。1986年に第1作『ヤマトタケル』が上演されました。伝統的な歌舞伎の魅力を踏まえながら、スピード感のある展開、スペクタクルに富んだ演出、そして現代の感覚でも分かりやすいストーリーを重視した作品づくりが特徴です。歌舞伎に馴染みのなかった多くの観客にも、その面白さと感動を届けました。現在も数々の作品が再演を重ね、歌舞伎の歴史を語るに欠かせない、ひとつのジャンルとして確立されています。

これはアシタカの物語

映画「もののけ姫」公開前、宮﨑監督は本作に「アシタカせっ記」というタイトルを考えていた、とのエピソードがあります。團子さんも、「これは、アシタカの物語」だと受け止めました。

「作品の根底には、常に、アシタカが運命に立ち向かう勇気や孤独さが流れているように感じます。アシタカが映っていないシーンでも、物語全体にアシタカの精神が存在しているように思います。アシタカは自分の高い志に正直に生き、人間と森の両者を守る道はないかと全力で挑み続けました。結局、シシ神様はすべてを破壊し、森は別の形で再生されて。その運命は、その時アシタカがどれだけ頑張っても、変えられなかったのだと思います」

それでもアシタカが存在したことに、意味を見い出します。

「アシタカの直向ひたむきな行動のひとつひとつが、アシタカに出会った人たちの心に残り、その後の未来が変わっていくのでは、と思っているんです。映画の最後に、エボシ御前は『ここをいい村にしよう』と言います。その言葉の意味も、アシタカと出会わなかった世界線と、アシタカと出会った世界線では変わったのではないかと思います。エボシ御前の中にも、少しは森へ配慮する感情が生まれているかもしれません。アシタカの存在はバタフライエフェクトのように広がり、何十年、何百年単位で見た時に大きな影響を与えているのではと考えています」

題字は、スタジオジブリ鈴木敏夫プロデューサーの書き下ろし。

屋久島の美しい景色と夜の闇

出演が決まった2025年、團子さんはシシ神の森のモデルとなった屋久島を訪れました。

雨の多い屋久島ですが、ツアーガイドも驚くほど天候に恵まれました。

「モロがアシタカに『黙れ、小僧』と言う、有名なシーンがあります。その元となったであろう“太鼓岩”という岩場にも行き、そこからの景色を見ました。高いところから見ると、木々の色の分布や、森の奥までずっとずっと続いていく山道など、自然の雄大さを俯瞰して見ることができ、貴重な経験となりました」

その日は、山小屋に寝袋で1泊。

「携帯の電波も届かない2日間だったので、感覚が研ぎ澄まされました。ガイドさんが作るカレーやラーメン、大好きなお米を自然の中でお腹いっぱいいただきました。それはそれは美味しかったです。重い食糧をたくさん運んでくださったガイドさんに感謝しております」

しかし夜は霧が濃く、あたりは真っ暗に。

「月のあかりもなく、霧のせいでライトがあっても光が拡散されないんです。目の前だけがぼやっと白くなるだけ。何も見えない、今までに経験したことのない一切の闇でした。トイレへ行くのも本当に怖かったです。思えば『もののけ姫』で森をべるシシ神様は、命を与えもするし奪いもします。美しさと恐さ、どちらの面も持つのが自然なのだと実感しました」

「祖父は、お弟子さんに『良いものをたくさん見なさい。たくさん感動しなさい』と、よく言っていました。それは高祖父(初世市川猿翁)からの教えです。本物の景色を見て感動した心があれば、舞台の上でも、同じ目、同じ感動の気持ちを作れるからと」

屋久島での経験を糧に、歌舞伎のアシタカを創り出します。

屋久島にて(Instagram @danko_ichikawa より)。「歩くことも、山を登ることも好きです。偶然ですが、祖父も山岳部でした」と團子さん。

あの世界観を、歌舞伎の舞台で立ち上げる

映画「もののけ姫」は、1997年に公開されて以来、多くの人の記憶に深く残ってきた作品です。

「皆さんの中に原作のイメージがばっちり残っている状態で、歌舞伎になります。だからこその難しさはありますが、良い化学反応を起こすチャンスでもあると思っています」

その鍵は、歌舞伎の「デフォルメ」と「様式美」です。

「たとえばスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』一幕の終わりで、主人公ヤマトタケルは敵を倒した後に『私は勝ったのだ!』という台詞を、何度も何度もくり返します。現代劇の世界でそれをしたら、すごく変な状況です。でも歌舞伎はデフォルメの要素が非常に強い演劇なので、まったく不自然なところがなく堂々と成立するんです。殺陣の場面も同じです。歌舞伎であれば、殺陣の中でも、まるで錦絵のように美しい絵面を舞台上に作り出し、時にはそのまま止まって見得をします。リアルなら、止まった瞬間に敵から斬られてしまいそうですが(笑)、歌舞伎なら、一瞬で過ぎ去る美しさや感動をグッと止めて増幅できる。歌舞伎はそのようなデフォルメに長けた演劇であり、誇張の世界ですので、非日常の世界になればなるほど向いているんですね。だから僕は、映画『もののけ姫』のように、絵面の美しさと、壮大な世界観を持つ作品には、歌舞伎が合うと思っています」

歌舞伎が育んできたデフォルメの演出は、「アニメにも通じるものでは」と團子さんは続けます。

「宮﨑監督も、アニメの中で“ここぞ”というインパクトの瞬間には、現実そのままの時間の流れではなく、コマ数、テンポ、描き方などで、見せ方を変えていらっしゃると、私は解釈しています。大きな視点で見れば歌舞伎も同じことで、映画『もののけ姫』を上手く歌舞伎に変換し、歌舞伎ならではの物語の波を作り出すことができれば、写実的な芝居で表現する以上に、原作の良さがもっとグッと胸に迫ってくるものになるはずなんです。もちろん、それは決して簡単なことではありません。演出の横内謙介さんに導いていただきながら試行錯誤し、自分にできることをとにかく精一杯に、ひとつひとつやっていきたいです」

憧れとともに、新たなスーパー歌舞伎へ

現在、22歳。古典も新作も、歌舞伎に真摯に取り組んできました。

「『芸は人なり。最後は人間性だ』という祖父の言葉の大切さを痛感しています。魅力的な役者は、舞台上だけでなく日頃から、その姿に“自分も頑張ろう、ついていこう”と思われる人間性があるのだと思います」

カリスマ的存在だった猿翁さんが亡くなり、まもなく3年。澤瀉屋おもだかやを支えるお祖父さまのお弟子さんたちは、このたびの舞台でも大いに活躍します。

「祖父のお弟子さんから、祖父の話をうかがうことがよくあります。『昔、師匠(猿翁)からこんなことで怒られちゃって』といったお話も。しかし皆さんが、その思い出を笑って話してくださるんです。祖父の厳しさは意地悪などではまったくなく、すべてが舞台のため。それが伝わる人間性があったから、皆さんが『ついていきたい』と思ったのかなと想像しています」

猿翁さんと團子さんに、似たところはあるか尋ねると、「祖父だけでなく父方は、おそらく代々が記録魔です」と笑います。

「祖父は芸談をまとめた著書だけでも大変な量がありますが、加えて事細かく日々の記録もつけていました。他にも戦前まで遡った、祖父のずっと前の代のおじいさまも、誰に見せるためでもないのに、当時の歌舞伎界の出来事すべてを事細かに記録していたそうです。僕もメモをとるのが好きなのですが、それを知ってからは、毎日の行動も記録するようになりました」

スマホではなくノートに手書き。ページの縦に時間を振り、起床、就寝、食事の時間や食べたもの、その日の行動を記す。考えたことや気づいたことは、別の日記帳に残します。

「2、3行しか書かない日もあります。寝ようとした瞬間に何かアイデアを思いついてしまうと、また起きて書かないといけないのが大変です(笑)。でも後で思い出そうとしても、絶対に思い出せません。歌舞伎のアイデアもそうでないことも、いつか何かの役に立つと思って記録を続けています」

愛用のメモ帳は、ロルバーン ポケット付メモ(デルフォニックス社)。「ポケットに入る大きさで、かつ左右にページが開くところが気に入っています」と團子さん。

この日のインタビューでは、たびたび猿翁さんの話題が上りました。團子さんにとって、猿翁さんは「じいじ」と呼んでいた幼い頃から憧れの存在です。

「以前は、少しでも祖父に似たい、近づきたいと思っていたんです。でも祖父を追いかけ、祖父がどれほどのことを成し遂げてきたのか理解するほどに、祖父がスピードを上げて遠のいていくように感じます。偉大さが分かるほど、もっと偉大になっていく。一生追いつくことはできないのだろうな、と分かってきた……というのが最近の実感です。それでも憧れ続けることが、僕のモチベーションになっています」

まっすぐに、強く語りました。

祖父から受け継ぐスーパー歌舞伎で、團子さん自らが一からつくる『もののけ姫』。どのようなアシタカに出会えるのか、期待が高まります。

スーパー歌舞伎『もののけ姫』 公演情報

日程:2026年7月3日(金)~8月23日(日)
会場:新橋演舞場
出演:市川團子、中村壱太郎、中村時蔵、市川猿弥、市川笑三郎、市川青虎、市川寿猿、市川笑也、市川門之助、市川中車 ほか
原作:宮﨑 駿
オリジナル音楽:久石 譲
脚本:丹羽圭子、戸部和久
演出:横内謙介
協力:スタジオジブリ
製作:松竹
公式サイト:https://mononoke-kabuki.jp/
関連サイト:YouTube「週刊もののけ歌舞伎チャンネル」

※澤瀉屋の「瀉」のつくりは正しくは”わかんむり”です。
ヘアメイク:森智聖、スタイリスト:中西ナオ、撮影:塚田史香
ジャケット¥71,500シャツ¥49,500パンツ¥59,400(すべてウジョー(エム))そのほかスタイリスト私物
問い合わせ先:エム 03-6721-0406
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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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