東北の冬をなめていました。正月休みを使って、初めて訪れた秋田県秋田市。行きの飛行機の中では「着いたら散歩して写真でも撮るか〜」と浮かれていたのに、真冬の秋田で手袋なしにシャッターを切るのはなかなかハードなもので、撮ってはすぐポケットに手をひっこめ、やっと数枚写真を撮るのが精一杯でした。
和樂webの取材の影響で、昨年の秋に『風雲児たち』を読み、戦国時代や江戸時代の日本史が気になっています。それで、この冬は歴史漫画を読みあさっているのですが、読んだ漫画のひとつに、秋田にまつわる作品があったのを思い出しました。『寄生獣』や『ヒストリエ』で知られる、岩明均さんの中編作品2編が収録された『雪の峠・剣の舞』。秋田が登場するのは「雪の峠」という作品です。
静かなる戦い
作品の舞台は、戦国時代末期から江戸時代初期の出羽国(現在の秋田・山形周辺)。戦国時代といえば、荒々しい戦のシーンを思い浮かべますが、この作品で描かれているのは、佐竹氏の家臣たちが繰り広げる「お家騒動」の様子です。
佐竹氏は源氏の流れをくむ名門で、全国の大名の中でも古い歴史を持つ一族。もともとは常陸国(現在の茨城県周辺)を領土としていましたが、関ヶ原の戦いで西軍についたため、当時僻地だった出羽国へと追いやられてしまうのです。
さて、物語は戦国時代末期。佐竹氏が出羽国へ追いやられた直後からスタートします。出羽国で新しい城を建築することになった佐竹氏ですが、築城場所で家臣たちの意見が分かれてしまいます。
昔から佐竹氏に仕えている家臣たちは穀倉地帯・仙北の「金沢城」を拡張し、山を使った要塞都市を画策。
一方、主人公である若手の家臣・渋江内膳(しぶえないぜん)は、港町・土崎に近い「窪田の丘」で港町と城下町が連携したなめらかな物流都市を提案します。
戦の世を見越した城か、それとも平和な世が続くことを想定した城か。
家臣たちが互いにその意図や思惑を通すために策略を練り、最終的に窪田の丘、現在の秋田市での築城に至るまでの心理描写が淡々と描かれていきます。
天守閣のない城
昔の自分なら、秋田市に到着したら、きりたんぽや日本酒めがけて商店街を歩くところですが、どうしても漫画の舞台が気になって、真っ先に久保田城跡を訪れました。JR秋田駅から徒歩10分ほどの場所に位置する、かつての窪田の丘、神明山。城のあった場所は現在「千秋公園」となっています。
1602年(慶長7年)につくられた久保田城。佐竹氏20万5800石の居城で、複数の廓を備えていました。築城は1603年(慶長8年)5月に始まり、翌年8月には初代藩主佐竹義宣が入城。義宣が居を移した後も、城は改築され、完成したのは1631年(寛永8年)頃といわれています。
久保田城の特徴は、石垣がほとんどなく堀と土塁を巡らしていること、天守閣をはじめからつくらなかったこと。天守閣をつくらなかったのは、財政事情や幕府への軍役奉仕、徳川幕府への遠慮などが原因であると考えられていますが、定かではありません。
秋田市立佐竹史料館へ
佐竹氏にまつわる書物や武具を見るために、公園の敷地内に建てられた秋田市立佐竹史料館を訪れました。入り口そばにあった、築城に関する年表の中に小さく「渋江内膳」の名前をみつけたものの、他に彼にまつわる資料はほとんどありません。
著者が、なぜこの人物にスポットを当てようと思ったのか? 佐竹氏の資料について調べてみると、久保田城が生まれる以前の記録はほとんど残っておらず、信用できる資料として残っている文献も数冊しか残っていないそうです。そのわずかな資料や築城後の資料をもとに構想されたであろう漫画ですが、とてもそうとは思えない、登場人物たちの生き生きとした言動に驚かされます。
ふたつの「雪の峠」
資料館をあとにする頃には、ずいぶん雪が強くなってきました。なかなか過酷な場所を築城の地に選んだなあと、鼻をすすりながら丘をくだります。
漫画のタイトルである「雪の峠」。これは、ふたつのエピソードになぞらえて付けられたものと思われます。
ひとつめは、家臣のひとり梶原美濃守(みののかみ)が若い頃に見た上杉謙信にまつわる思い出。
上杉謙信が、北条・武田軍に攻められた武州松山城を助けるために雪の三国峠(新潟・群馬のあたり)を超えて応援にいくもすでに遅し、壊滅的な状況を目にし、その悔しさと不甲斐なさから謙信がとった行動について描かれています。
ふたつめは、漫画の後半、築城の場所について、家臣の梶原の推す横手か渋江内膳の推す窪田か選ばなくてはならない局面。窪田に決まる寸前で、決め手となるセリフの中に「雪の峠」が登場し、そのあと、肩を落とす梶原の姿が描かれています。
過酷な雪の峠に阻まれ、為す術もなく負けた、上杉謙信と梶原美濃守。戦国時代の武士たちの静かなる攻防、その緊迫感が読了後も余韻を残します。
太平の世は続くのか?
「乱世が続く」と考える老人たちと「太平の世が続く」と考える若者、渋江内膳。戦があたりまえの世の中に生きてきた人には平和な世界なんて想像もできないだろうし、逆も然り、これからも平和が続くとは言い切れないことを、考えさせられます。戦国時代というと、遠い時代のできごとに思えますが『雪の峠』を読むと、繰り広げられている静かな戦いに対して、決して「過去のもの」とは感じられません。
「国とは!軍略ばかりを中心に動いてゆくものではござらん!もう戦は終わったのです!」
物静かな渋江内膳が老人たちに声を荒げる場面。頭のなかで、その時の言葉がリフレインしたまま、雪の久保田城跡を後にしました。