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2020.05.14

板ガムの包み紙は昭和のデザインを競う名刺サイズのキャンバスだった!

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こんまりこと近藤麻理恵さんにはなんのうらみもつらみもないが、生まれてこの方「断捨離」とはまったく無縁の生き方をしてきた。だから「エイヤッ」と潔(いさぎよ)く物が捨てられる人を心からうらやましく思うし、尊敬もしている。

世の中でコレクターと言われる人の多くは、恐らく「断捨離」が苦手のはずだ。コレクションは物をためることから始まるからだ。それが国際的なオークションにかけられるほどの物であればまだ大目に見られよう。

困るのは当人以外にはゴミとしか思えない物件の数々である。個人的には昭和30年代のガムの包み紙が捨てられない。なぜ捨てられないのか。強いて理由を挙げれば、名刺ほどの大きさの紙に込められた、それぞれの商品のデザイン性に魅かれるからだ。

絶滅危惧種の道を歩む「板ガム」

日本チューインガム協会の統計(1989年~)によると、2019年の販売額はピーク時(2004年)に比べて半減。半面、グミや錠菓(フリスク、ミンティアなど)の伸びは堅調である。この分だと昭和時代には主力品種であった「板ガム」が絶滅危惧種となるのは時間の問題だろう。

菓子業界専門紙『菓子飴新聞』の近田大輔社長によると、ガムの不振は嗜好と習慣の変化にある。「ガムはいちいち紙に包んで捨てなければならず面倒。その分、グミや錠菓に嗜好が移っています。昔のように手持ちぶさたの時にガムを食べる人がいなくなったのも大きいですね。今はほとんどの人がスマホをいじっており、ガムを食べる習慣自体が廃れているのも大きな理由です」

とはいえ、本稿はそうした市場変化にではなく、包み紙そのものの魅力に照準を合わせ、個人的コレクションの中から珍品を紹介したい。かつてLPレコードのジャケットが洗練されたデザインを競う場であったように、包み紙も名刺大のキャンバスとして昭和の先進的なデザインを牽引していたと考えるからだ。

ジャケ買いの原点はLPレコードだった

ジャズの名盤には優れたジャケットが多い。ロゴタイプでの構成、モノトーンの写真との組み合わせやコラージュなど、現在でも古さを感じさせない秀作が揃う。その後、デザイナーの活躍の舞台はロック系に移る。ジャズに比べてかなりグラフィックを意識した作品や実験的な取り組みが多かった。それは何より、主張を強く打ち出す楽曲が多かったせいであろうと思う。

商品名は覚えてなくても、なぜか印象に残るCMがある。優れたジャケットは時に、収められた楽曲を超え、独立したアートとして存在した。ジャケ買いという購入方法が存在する背景である。実際、ジャケットに魅かれただけで、中身には興味がなく、肝心のレコードに一度も針を落としたことがない人もいるという。

LPはおおむね30センチ四方のキャンバスが舞台である。それに比べて、板ガムの包み紙は縦54ミリ×横68ミリの大きさである。国内で使われる標準的な名刺に比べ横幅が20ミリほど短い。この限られたスペースで、いかにガムの魅力を訴えるか。各社のデザイナーは腕を競ったことだろう。

あの井村屋や仁丹も名を連ねていた時代

今回取り上げるコレクションはガムの包み紙集めに夢中になっていた1963~1968年ごろにかけて実際に流通していたものばかりである。

ガムをめぐる当時の状況をざっと振り返ると、メーカーは専業系と総合系に分かれていた。専業系はガムを主力としていた会社の製品でロッテ、ハリス、リリーなど。総合系は菓子メーカーが一部門として扱っていたもので、森永製菓、明治、江崎グリコ、不二家などが代表格だった。

専業系のロッテとハリスは二大ブランドであったが、ハリスは後にカネボウ傘下となり、カネボウハリスと表記されていた時期がある。カネボウは現在のクラシエの前身である。

総合系では、井村屋や仁丹、カンロなどもメーカーに名を連ねていた。いずれも、大手の専業系や製菓会社に真正面から勝負を挑むのではなく、どちらかと言えば個性的でニッチな製品を持ち味とした。

製品系列は各社ともコーヒー系、フルーツ系、ミント系をラインアップしていた。前出・近田社長の言う「手持ちぶさたの解消策」としてはテッパンの品揃えであったといえるだろう。それに飽き足らぬ、小回りの利く会社が手がけた涙ぐましい製品も紹介する。

コーヒー系とフルーツ系の競演

各社の味の競い合いはそのまま包み紙にも反映されている。コーヒー系は今回取り上げる7種中5種が豆をあしらう直球勝負。森永は豆を詰める麻袋のテクスチャーを打ち出した。ロッテには複数のバージョンがあるが、いわゆる4色物と単色ものを並べた。
仁丹は豆も袋もあしらわず、あえて手動式のコーヒーミルのイラストを配した。が、全体のトーンはコーヒーをイメージさせる色調である。名糖は本体でストレートのコーヒー、名糖アダムスでミント系にも挑んだ。

フルーツ系は6種中5種がイラストを採用。王者ロッテの採用したオレンジ、リンゴ、パイナップル、サクランボ、ブドウ、メロンのどれかが他社にも入っている。

リリーとグリコはロッテにはないレモンを、仁丹と明治もバナナを入れた。不二家はシャーベットピーチという同社らしい切り口をイメージカラーで表現した。フルーツではなく、ジューシイと表記したメーカーもある。

世相を反映した珍品10選

ある特定のフレーバーではなく、包み紙に情報性を託したものや付加価値をもたせたもの、包装以上の機能を工夫したものなど、デザイナーの苦心がうかがえる珍品を見てみよう(社名は発売当時)。

ハリス「VICガム」

製品名の「VIC」はビクトリーを意味すると思われる。文字主体で情報性に富んだデザイン。最上段に「東京オリンピック大会に日の丸をあげましょう」と記されているように、東京五輪64のコラボ製品である。白抜きの「日本選手強化運動参加商品」に気迫が漂う。その上部に1枚あたり4行ずつ、五輪に関する一口メモが載る。「協賛・日本陸上競技連盟・日本水泳連盟」と後ろ盾も心強い。

カネボウハリス「製品名不詳」

決して「マネーコレクションガム」ではなく、一種の企画ものと思われる。すぐに捨てられる包み紙であることを潔しとせず、読んでためになったと思われるような付加価値の訴求を狙ったのではないか。コピーの中の「たくさん集めて」というのがミソ。たくさん集めるためには、たくさん買わねばならないからだ。そんな大人の魂胆を知らぬ少年たちは友だちと競い合うために親にねだった。

カネボウハリス「製品名不詳」

マネーコレクションと同様、企画物の一シリーズであろう。カネボウハリスはこういうのが好きだ、ということが分かるのに半世紀かかった。この作品(敢えてそう言う)の秀逸な点は実物の押花が立体的に1つずつ貼り付けられていることである。手間を考えると、かなりコストがかかっているはずだ。そのせいか、ここでも「どんどんあつめましょう」という誘いがすべて平仮名で施されている。

カンロ「頭脳ガム」

慶應大学医学部の博士による指導のもとに開発された、今でいう機能性ガムのはしりのようなもの。「頭脳」というゴシック系の力強いロゴと響きにインパクトを感じる。このネーミングセンスはなかなかだ。その心は「ビタミンB1、B6、B12とパントテン酸カルシューム」の効能にある。当時の標準容量であった6枚で1日分の栄養が補えるという。それよりもカンロがガムを作っていたことに驚く。

ハリス「おつりガム」

カネボウ傘下になる前の、ハリス固有の製品である。最上段に「ペパーミントガム」と表記されているので、中身は定番のガムで、包み紙だけ変えてなんらかの付加価値をもたせるために考えられた一品ではないか。どうしてこんなものがあるのか、集めていた本人にも記憶がない。察するに、駄菓子屋あたりで買い物をした時、お釣りを10円硬貨で渡す代わりに、このガムを用いたと思われる。

江崎グリコ「製品名不詳」

余計な解説を加えるよりも、一字一句じっくりと読むことをお勧めしたい。当時のマーケティング手法や憧れの商品、価値観、時代相などが余すところなく凝縮されているからだ。要するにグリコ製品に入っている点数券を集めて景品と交換しようというキャンペーン企画である。景品のトップに君臨するのは当時の少年の憧れの的、オリンパスペンEEカメラである。天体望遠鏡、けんび鏡、切手セットも。

リリー「ブランデーガム」

このガムを噛みながら運転すると飲酒運転は免れても酒気帯び運転くらいのお咎(とが)めを受けるのだろうか。しかし、その手の注意書きが1行たりとも書かれていないことから察すると、ある種のフレーバ―で、雰囲気を味わわせるだけの代物なのだろう。コラム風の「モダン占い」の中身がよく分からない。きれいなお姉さんのいる店で胸ポケットからさりげなく出すという想定なのだろうか。

仁丹「カカオフィズガム」

仁丹も負けずにアルコール系の製品でアダルト市場を狙う。メインタイトル上にある「寿屋の洋酒」の寿屋はご存知、サントリーのこと。こちらは「香味入り」とさりげなくネタばらしされている。上部の「洋酒豆辞典」では「チェーサー」の意味や役割を簡潔に解説。当時は子ども向けも大人向けもやたらと「豆知識」や「一口メモ」が載っていた。ガムが小さな知識の入り口になっていたのかも。

井村屋「スモーキングガム」

コンプライアンス上、今なら絶対に出せないであろう製品がたやすく流通していたことに時の流れを感じる。洋酒に続いて喫煙を主題とする物件の登場である。惹句は「トルコ巻の香りを口でキャッチするガム」。画像では井村屋のお家芸たる小豆を連想する色合いだが、現物はむしろパープルに近い。「紫煙」という言葉があるくらいだから、それに寄せたのかも。姉妹品の宣伝も抜かりない。

不二家「オバQフーセンガム」

この製品の面白さや仕掛けを説明するのは手間がかかる。他製品がすべて、ガムを包んでいる内側の紙であったのに対し、この製品は外側の紙も用いる。内側には3種類の目玉の動きが描かれている。その上に、目の部分が透明になった外側の紙を重ねて上下に動かすと、表情が変わる。アニメ『オバケのQ太郎』を不二家が一社提供していたからこそ実現した企画であったろう。

 

書いた人

「新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを真面目に、真面目なことを愉快に」(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是高血圧。」