前回は、ふらり立ち寄っても楽しめる歌舞伎座のこと、お着物に合うメイクのポイントを伺いました。引き続き、歌舞伎座の寿月堂さんでお抹茶をいただきながら、お話をたっぷりと。
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歌舞伎座に着物でお出かけ。和装メイクのポイントも紹介! 石井美保の「和魂美才」vol.1
シーンに合わせたスタイリング
和樂web編集部(以下、和樂):今日のお着物はどんなふうに選ばれたのでしょう。
石井美保(以下、石井):お着物も洋服も、季節とシーンによって選ぶものが変わってくると思うのですが、今日は歌舞伎座だったので、少しキリッとした雰囲気で行きたいと思いました。
和樂:実は私たち、今日の美保さんは何色かな? と想像していたんです。みんなピンクをイメージしたのですが、若草色をお召しで。予想を裏切られました(笑)。お洋服の時とイメージが違うけれど、すごくお似合いです。
石井:ありがとうございます。ピンクも大好きですが、気分を切り替えてみました。洋服であまり着ない色も、着物であれば合うかなと。
和樂:着物ならでは、そしてこの場所だからこそのスタイリングですね。
石井:色もそうですし、洋服では無地のワンピースなど選ぶことが多いですが、歌舞伎座に来るなら華やかさを加えたくて、全体に柄が入っているものにしました。いろんな種類のお花が描かれているので季節を問わずに使える1着です。
和樂:たしかに、着物は大人も柄にチャレンジしやすいかもしれません。華やかで上品ですね。帯も素敵です。着物と一体感を感じます。
石井:この帯、万能なんです。いろんな着物と合うので重宝しています。
和樂:どんな帯だと万能なんですか?
石井:まず色数が少ないことでしょうか。柄のある着物とも馴染むし、かといって地味にならず帯の存在感がほどよくあって。
和樂:遠目にはシンプルだけど、近づくと華やかで。金糸が入っているのもポイントでしょうか。
石井:そうなんです。上質で控えめな感じの物が好きで。結婚式など式典に出席するときはもう少し華やかで良いと思うのですが、私は日常の中で少しシャンとしてお出かけするのに着物が着たいのでこういうセレクトになります。近年、アパレルの世界でもクワイエット・ラグジュアリーと言われますが、お着物ってまさにそういうものかなと思います。
和樂:日本文化の本質に通じそうですね。
石井:そうですね。けっして華美ではないけれど、上質で自分が居心地よく違和感なく身につけられるもの、それがお着物を選ぶ時の基準であり、魅力だなと思います。
着付け次第で、日本酒バーも雨の日も楽しく
和樂:他にはどんなところにお出かけになりますか。着物で飲み会にも行かれると伺いました。
石井:ホテルのアフタヌーンティーとか、そういう会だったらピンクで行くかもしれません。私はあまり飲めないのですが、お着物仲間にお酒好きの方々がいらして、ご飯後にそのまま日本酒のバーへ! ということもありました。
和樂:着物でバーカウンター。ハイチェアに座るのは、結構大変じゃないですか?
石井:最初はちょっと大変に思いましたが、きちんとした着付けをして、着ていることに慣れると思いのほか平気でした。着付けの先生にしごいていただいたというのもあります(笑)。 もう1日中この姿で歩き回っていても疲れないし、フルコースをいただいても苦しくないですし。
和樂:そのツボを知りたいです!
石井:着物で出かける時って、崩れないのか、食事できるのか、舞台鑑賞だったら長時間座っていられるか……と、躊躇してしまうのですが、着方さえしっかりしてれば実はいくらでも動き回れるんです。そう気づいてからは、もっとお出かけしたいなと思って、いろんなところに着物で行くようになりました。また、汚れることを心配される方もいらっしゃいますが、コーティング加工がされていれば案外大丈夫なんです。以前、食後に出てきた大きなカップいっぱいのカプチーノをいただこうとして、白い着物に全部こぼしてしまったことがあって。
和樂:それはまた、思いっきりでしたね……。
石井:でも、おしぼりでしっかり拭き取って、そのまま2次会に行って翌日クリーニングに出したら、染みひとつない状態に戻りました。
和樂:現代のコーティング加工技術もすごいですが、美保さんのその肝の座った感じもすごいです(笑)。
石井:大丈夫だと思っていたので(笑)。雨の日も、雨よけでガードして出かけたら全く問題ないですし、技術やアイテムを活用したら恐れすぎず気軽に楽しめるものなんだと思います。
和樂:お着物の時のアイテムということで、メイク周りで何かお気に入りや工夫されていることはありますか。
石井:お着物のときはバッグも小さいし、極力荷物を減らしたいですよね。最近のお気に入りは、クレ・ド・ポー ボーテの新作パウダーのミニサイズです。ケースがすごくスリムなんです。かさばるのは嫌だけれど、お化粧直しするのに小さなコンパクトは欲しいという気持ちを叶えてくれました。着物メイクにおいて重要な、肌全体を均質にしつつマットにしすぎない仕上がりになるので、お着物を着る人のマストハブなアイテムになる予感がしています。
年齢悩みを解決してくれた「着物」
石井:お着物って、成人式とか結婚式のようなセレモニーの印象が強いですよね。それ相応のものを揃えなければいけない……と、ハードルが高くなっているような。一方で、今日のお出かけのようなシーンで、そうしたフォーマルなお着物は着られない。着物にハードルを感じている方にそのことをお伝えすると、みなさん結構びっくりされるんですね。だからもっと普段、自分がいつもより少し正装してワンピースで出かけるような感覚で選べば、仰々しくならずに気軽に始められるものだとお伝えしたいし、一緒に楽しみたいんです。
和樂:ご自身で楽しむことはもちろん、Instagramのサブスクリプションで着物コミュニティも作られていますよね。なぜ、着物を広めたいと思われるようになったんですか。
石井:理由は大きく2つあります。1つは、自分自身が年齢を重ねるにつれての服装の悩みを解決してくれた着物のことを同じ悩みを持つ人たちと共有したいなと思ったこと。
和樂:年齢と服装の悩み、ですか。
石井:私は昔から可愛らしいもの、フェミニンなものが好きで今も好みは大きく変わっていないんです。でも、年齢によって似合うものは変化するから、だんだん似合わなくなってくるように感じていました。それに、大人になってきちんとした場所に出かける時、相応の服装が必要になってきますよね。ハイブランドのお洋服も素敵ですが、やはり1度で印象がついてしまうのでたくさん持っていなければいけなくなってくる。クローゼットに眠る服を増やし続けるのはもったいないですし、抵抗感がありました。
和樂:なるほど。
石井:お着物は1着あたりの価格は大きめですが、帯や小物の合わせ方次第で無限大の着こなしができて印象も変わりますよね。繰り返し長く着られる、私の次は娘にも譲れる。そう考えたとき、これからは思い切って買うのは着物にしようって決めたんです。
和樂:すごく潔くて、論理的です。
石井:それに、着物って喜ばれるんです。例えば、海外ブランドさんの化粧品レセプションが本国で開催された際、皆さんとのお食事会に着物で行くとすごく喜んで歓迎してくださる。こちらの誠意がより伝わっているように感じました。着物で出かけること自体が良いコミュニケーションを生み出していると思っています。一方で、お着物って世の中からどんどん遠ざかってきているようでもあって。買える場所が限られていたりとか、厳しいルールに囚われていたりとか。私自身、最初の頃は少しビクビクしていました。
和樂:いろいろな目を気にし始めると、怖くなってしまうところはありますよね。ただお着物のルールとされることは、最近になって生まれたものであることも多いですよね。着物の歴史は長いですが、例えば平安時代と今も全く違うし、時代とともに移り変わるものに厳格なルールはないのかもしれません。
石井:そうですよね。なので私はあまり気にしないことにしました。そして、着物でお出かけする楽しさをもっと伝えたいなと思っています。
一緒に着物を楽しむ、輪を広げる
和樂:着物を広めようと思った2つめの理由は?
石井:着物を着る人が少ないと、どんどん作り手さんも減っていて。大好きだった帯の作家さんが亡くなって、後継もいらっしゃらずもう二度とその工房の帯は手に入らないのだなと実感したこともありました。着物には、ものづくりの粋が詰まっていて、感動するものにたくさん出会えます。そういった機会が減っていくことのやるせなさを感じて……。でも着る人が増えれば、また状況は変わるのかなと思うようになりました。
和樂:それで、人を誘っていくことにつながったんですね。
石井:当たり前に若者もおしゃれに着物を楽しんでいる、そういう日本であってほしい。だから、日常の着物スタイルを発信したいんです。そして、実際に着たいと思っている人はたくさんいらして。以前、とある着物を扱う会社さんと着物のお見立て会を開催したことがありました。私が京都に行ってセレクトした帯と着物を百数十点ずつ集めて、ホテルで2日間かけてやったんです。
和樂:それは、熱いですね。
石井:おばあさまから譲り受けた帯があってどう生かしたら良いかわからない方とか、家で眠ってるものを持っていらした方とか。コーディネートして一式揃えていかれたりとか。着ていく場所があれば、最初の一歩を踏み出しやすいかなと思って、お茶会も企画しました。結果、本当に多くの方が着物をスタートされました。
和樂:すごいですね!
石井:個人的な試みとして開催した1回だったのですが、みなさんから反応があって確信が持てました。やはり、着物を始めたい方はたくさんいるし、上手く出会えていないだけなのかもしれないですよね。
和樂web(編集長 鈴木):着物も工芸も伝統芸能もそうですが、ものづくりの世界の素晴らしさを発信していくことは、まさに和樂webがやるべきことで、ずっと真剣に取り組んでいます。石井さんが開催されたイベント、非常に興味深いです。着物だからこその独特の感動というものが確実に存在していると僕は思っています。そこにはたくさんの作り手の積み上げてきた技や想いがあって、私たちは纏うことでその素晴らしさを肌で直接感じとることが出来るのです。
石井:私もそう思います。職人さんの元にももっと伺って紹介させていただきたいし、着物で過ごす魅力も引き続き発信して広げていきたいですね。
和樂web(編集長 鈴木):この連載でも、着物でのお出かけのほか、職人さんの探訪などもしていけたら。
石井:ぜひぜひ! イベントもやりたいですね。
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最後は、美保さんと編集部の熱い思いで大いに盛り上がる時間となりました。
さて、次回はどこへ出かけましょうか。引き続き、美保さんならでは等身大の着物の楽しみ方や美容のお話をはじめ、日本文化の世界をお届けしてまいります!
インタビュー・本文/小俣荘子 写真/篠原宏明 撮影協力/株式会社丸山海苔店、松竹株式会社
歌舞伎座 ギャラリー回廊
GINZA KABUKIZAの憩いのスペース「歌舞伎座 ギャラリー回廊」。回廊を巡り歌舞伎の歴史に思いを馳せ、美味しい抹茶でお芝居談義したり、「屋上庭園」で自然を満喫したりと様々な楽しみ方ができる場所です。
https://www.kabuki-za.co.jp/kairou/
寿月堂 銀座 歌舞伎座店
1854年創業の丸山海苔店が始めた日本茶専門店。歌舞伎座屋上の日本庭園が臨めるテラス席、カウンター席、テーブル席有り。茶の湯と禅の本質は同一であるという「茶禅一味」をコンセプトに、日本茶の美しさを世界に届けています。築地・銀座・フランス パリ店の3店舗を展開しています。
東京都中央区銀座4-12-15歌舞伎座タワー5階
https://www.maruyamanori.com/
四月大歌舞伎
2024年4月2日(火)~26日(金)の歌舞伎座での公演情報はこちら。
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/869