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Fashion&きもの

2025.01.07

「日本的な何か」はどこから来るのか? 江戸小紋を通じて考える【伊藤仁美+廣瀬雄一 対談】中編

四季の移ろいや自然との調和に根づいた日本の美意識は、衣服にもその結びつきの深さを見て取ることができます。京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載「和を装い、日々を纏う」の特別企画では、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

今回は、江戸時代から続く「廣瀬染工場」四代目の廣瀬雄一氏と、「江戸小紋と美装」をテーマに語り合っていただきました。

前編:江戸小紋の若き職人が目指す美しさとは。和の装いが秘める美を語る【伊藤仁美+廣瀬雄一 対談】前編

江戸小紋は「遊び心のある着物」

廣瀬 伊藤さんは江戸小紋のお着物はお持ちですか?

伊藤 はい、江戸小紋は本当に幅が広いので、家紋が付いていると正装になりますが、家紋がなければお友達とお食事に行くときにも着られますし、普段からいろいろな場面で使っています。

着物教室の生徒さんにも「どういう場面で着るのがいいですか?」とよく尋ねられるのですが、たとえば七五三や入学式などのシチュエーションできらびやか過ぎるお着物は苦手と感じる方などは、江戸小紋をお召しになったらとても粋ですし、小物も使いやすいと思います。

目を凝らさなければ無地に見えるほど細かい江戸小紋の模様

逆に廣瀬さんは作り手として、「こういうふうに着てほしい」というお考えはありますか?

廣瀬 もともと江戸時代から江戸小紋は自由で遊び心がある着物だったんです。それがいつの時代からか呉服屋さんが扱う高級な着物のイメージが定着してしまいました。でもやはり本質的には楽しい謂われがある着物ですし、着方云々よりも僕はそうした遊び心の部分を楽しみながら着てもらいたいと思っています。

たとえば江戸小紋の中にも流行があって、僕の母や祖母の代はみんな朱や紫の「鮫小紋(さめこもん)」を持っていたみたいです。

「日本らしさ」とは何か

伊藤 鮫小紋、素敵ですよね。さっきも型紙(写真下)を見せていただきました。

廣瀬 伝統工芸は自分たち日本人のルーツを知ることができる糸のようなものにも思えるんです。ただ、デザインという点で言えば、これまでさまざまな流行があったように、どんどん新しくしていっていいだろうと思うんです。守りたいのはあくまで自分たちの「技法」なんですよね。そこで今、フランスのデザイナーと一緒に「パリ小紋」という新しい柄を手掛けています。技法を守るためにデザインは変わっていいし、変わっていくことで江戸小紋に新しい風を取り込むことができるのではないかと思っています。

伊藤 すごくおもしろそうですね! 私も最近特に着物文化が世界に広がっているなということを実感するんです。でも、着物の何が「日本的」なのかといえば、着物の柄や着付けの仕方はさることながら、「着るときの心構え」にあると思っています。
たとえば、「これからどこに行くか」「どういう方とお会いするか」を考えて、自分が目立つためというより、その場や相手を引き立たせる着物や柄を選ぶという「振る舞い」にこそ、日本独特ななにかがある気がします。

廣瀬 なるほど、たしかにそうかも知れませんね。

伊藤 たとえば、桜が満開のお花見に、自分も桜満開の着物を着ていこうとするのではなくて、「桜が引き立つには、自分の着物はどうあればいいのか」と考えるような。そもそも自然の美しさにはかなわないと考えて、周囲を引き立たせるような着物選びのあり方、「自分が景色になろうとする」ようなあり方が、私は美しいと感じるんです。

廣瀬 まったく同感です。

伊藤 以前、「海外の大きなイベントに招待されたのだけれど、日本の女性としてどう振る舞えばいいですか?」という質問をいただいたときに、この話をしたんです。着物の美しさはもちろんですが、足し算よりも引き算の考え方というか、着物文化の哲学のようなものをもっと広く伝えていけたらと思っています。

「豊かさ」の本質

廣瀬 哲学という点で、いまはなかなか一つの紋様に思いを込めるということを、作り手もそれほど意識しなくなっているし、着物を着る側もそれほど重要視しなくなっているのではないかと思うことがあります。でも、先程お見せした膨大な数の柄のいずれもが、その時代時代の職人たちが思いを込めて考えたものだと思うし、その柄を通して季節のうつろいを伝えようとしたのかもしれないし、広く言えば「幸せのかたち」を伝えようとしたのではないかと思うんですよね。

——「豊かさとはなにか」を考えさせるお話ですね。「物をたくさん持つこと」が豊かさのように感じられてしまいますが、それよりも「その物にどれだけ思いがこもっているか」に気づくこと、そこに豊かさの評価軸を持てるようになると、世界は違って見える気がします。

廣瀬 なかなかすぐに考えを切り替えることは難しいかもしれませんが、込められた思いを楽しむということは日本人だけでなく誰にでもできることです。たとえば、若い女性が初めての場所に出向く時に「唐辛子」の柄の着物を着る・着させるというユーモアは、海外の方に説明したときにも容易に伝わって笑いになったことがありました。

伊藤 そういう楽しみ方ができるのも着物の魅力ですよね。そう考えると着物を選ぶという行為は究極の贅沢でもある気がしました。

【後編に続きます】

(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)

Profile 伊藤仁美
着物家/株式会社enso代表
京都祇園の禅寺に生まれ、着付け師範、芸舞妓の着付け技術まで持つ。「日本の美意識と未来へ」をテーマに「enso」を主宰。講演やメディア出演他、オリジナルプロダクト「ensowab」や国内外問わず様々なコラボレーションを通して、着物の可能性を追求し続けている。着物を日常着として暮らす一児の母。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile 廣瀬雄一
江戸小紋染職人/「廣瀬染工場」四代目
1978年、東京都生まれ。10歳から始めたウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手として活躍。大学卒業後、家業の「染め物」という日本の伝統文化で、海外に挑戦する夢を抱く。江戸小紋を世界中に発信するビジョンを実現すべく、日本橋三越などで作品を販売しているほか、フランスのデザイナーとコラボレーションした作品「パリ小紋」など新しいジャンルの開拓や、ストールブランド「comment?」立ち上げなど意欲的に活動している。

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和樂web編集部

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