「くずきり」で有名な「鍵善良房」だけど、干菓子も名物なんです
京都の花街を代表する祇園。その一角で享保年間(江戸中期)よりお菓子をつくり続けている「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)」。これだけ長く続いてきている店なので、代表銘菓はいくつもある。
喫茶で有名なのは、奈良・吉野の最上級の葛を使った「くずきり」。昔はお茶屋さんに仕出しとして届けられたもので、店で提供するものではなかった。酔った後の客には冷えた葛の味わいがたまらなかったに違いない。酔い覚ましの格別な味わいについては作家・水上勉が名文を残している(店でそれを読むことができる)。
場所柄、文人墨客に旦那衆、そして花街の女性たちに贔屓にされてきたこの店で、贈答や手土産に使われてきたのが干菓子(ひがし)だ。干菓子とは文字どおりの乾いたお菓子のことで、茶事では薄茶に供される。お茶の味を引き立てる名脇役といったところ。鍵善良房の看板商品は、阿波和三盆を菊型に打ち出した「菊寿糖」がある。同じ阿波和三盆でも丸く打ち出した「おちょま」、これは見習いの舞妓さんの初々しさをイメージしたもので、祇園にあるこの店ならではの表現だと思う。どちらも和三盆の白がまぶしく、かつ楚々として愛らしい。
たくさんある干菓子の中でも落雁の折詰「園の賑い」が私のイチオシ。その理由は?
それに比べると横綱級の風格で存在するのが、「園の賑い(そののにぎわい)」だ。「園の賑い」にひかれる理由は、大きな折詰が用意されていること。それだけで迫力がある。しかも、季節が変わるごとに干菓子のモチーフも少しずつ変わってゆく。移りゆく季節まできちんと追いかけながら、ひとつの箱の中に毎回きっちりと景色を描く。これってすごいんだから!
かつて祇園祭にあった、女人たちによる装いを凝らした行列を「園の賑い」と呼んだそうで、そのにぎにぎしさをお菓子で表現したのがこの折詰なのである。たっぷりしていて、艶やかで、ユーモラスでもあるのはそんなイメージからなのだ。
お菓子が最もにぎやかに見えるのは、木箱に干菓子が2段重ねで入る4,000円(税抜)のサイズ(これ以上の大きな木箱もあるが、新型コロナ禍の折、販売中止に)。いろんな色と形が詰まってモリモリではある。盛っているのに「きれいどすなぁ」というイメージは一定。
お弁当でもおせち料理でも、形や色の違うものを仕切りを使わずに盛り込み、魅せるには技がいるのだ。たいていの干菓子は仕切りのある箱に整然と並んでいるか、箱庭のような小さい箱に詰められているだけで、そこに趣きはない。
そして、ここがいちばん大事なところだが、「園の賑い」に詰められた干菓子は、異なる食感のお菓子が入っていて、どれもがおいしい。もし「干菓子なんてどこで食べても同じでしょ」と思っている人がいたら、これを食べてもらいたいなぁ。「鍵善良房」は大きさも、厚みも、よそとは違う。
ということは「園の賑い」には味も、気構えも、心意気も、この店のすべてが詰め込まれたものに思える。ハレの日の折詰といえば、日本ではおせち。そのぐらい手間ひまかけたものが、日本のお菓子にもあるなんて面白い。この干菓子の折詰がもっと知られてもいいんじゃない? ところが、調べてみるとこのお菓子にまつわる情報がなかった。であれば、わたしが聞くしかない、、、のか?
そこで「園の賑い」を徹底解剖。知っているようで知らない折詰の秘密を初公開
お話をうかがったのは、14代当主を務める今西善也さん。昨年、茶筒の開化堂の八木隆裕さん率いるチームでバンクーバーでワークショップを行った記事がご縁で、お願いさせていただいた。
今回は初秋に販売されている4,000円の木箱を例に、すでにできあがっている干菓子を折箱に詰めるところまでを見せてもらい、取材を進めた。そこからわかった「園の賑い」の味をつくるものを紹介していこう。
ひとつの箱の中に、4つの異なる食感の干菓子が入る。だから楽しい!
鍵善良房のスタッフの方々の手を借りて、ひとつの箱から味の違いを分けてみた。いちばん数が多いのが「落雁(らくがん)」。砂糖と餅米の粉などを混ぜ合わせて、木型に入れて押し固めてつくる。ほろっとした食感とお米の風味が味わえる。この味のこだわりは後ほど改めて説明したい。
箱の中で存在感を放つのが「ゼリー」。寒天に砂糖と水などを混ぜ合わせたもので食感はやわらかい。かつてはゼリー専門の製造業者に依頼していたそうだが、つくり手が廃業。その製法を聞き出して、今は自社でつくっている。市松模様に仕立てるまでだけでも、その手間はどれだけ?
「琥珀糖(こはくとう)」は同じ寒天などを使ったものだが、外側がシャリシャリと内側が柔らかい仕上がりで、ゼリーとは食感も趣も異なる。夏バージョンには魚にも使われたりと多めに入るが、秋は少ししか入らない。
「生砂糖(きざとう)」は寒梅粉などをつなぎに砂糖を練り上げたものを、薄くして造形したもの。干菓子担当でこの道20年になる時岡さんに直撃したところ「難しいほど、つくるのが楽しい」そうだ(たとえば、2色使いの紅葉)。今西さん曰く、「目を離すと必要以上につくってるんと違うか」とツッコミが入っていたけれど(笑)、これが入って箱の景色が決まるので、とても大事だ。
押物に使われる木型の絵は絵師に頼んだもの。だからカワイイ!
「園の賑い」の大半を占める落雁。花にしても、生き物にしてもその線はなめらかで、目に優しい。模写ではなく、適度にデフォルメされた表情が楽しめるから、眺めていても飽きない。この時期は特に菊のモチーフが充実しているが、こんなに多彩な表現があったとは。聞けば納得、鍵善良房の使う木型は、絵師に依頼したものが残っているそう。
干菓子のセンスを握る鍵は木型にある、というのが持論だ。鍵善良房の干菓子はその絵心もピカイチだが、大きさも程がいい。さらには厚みも、底に向かってシュッとデザインされているものが多い。だから口に入れたときのとけ具合が早いし、口あたりに品がある。これは主人が木型職人に発注するから可能になり、勝手に調子よくはできあがってこないもの。絵師がいて、木型を彫る職人さんがいて、それぞれの力を引き出すのが菓子屋の主人の腕。これは、長く干菓子に向き合ってこないと生まれない味である。
干菓子だってナマモノだから鮮度にこだわる。だからおいしい
干菓子は賞味期限が長い分、いくらでも置いといても食べられると思われがちだ。しかし、やっぱりつくりたてがおいしい、というのが今西さんの考え。わたしはこの店の落雁が好きだ。ホックリしていて、米のやわらかな匂いがするから。「原料は米粉やからね。お米が精米したてがおいしいように、米粉はひきたてのものに風味があるのは当然なんです」。
その粉が打ち立てに近いほど、口に入れたらほろっととける。これがあたりまえのようでいて、希少なのは干菓子を置いている店がすべて自家製ではないからだ。「うちは自分のところでつくるので、その日の仕込みが調整できる。それは味に大きく影響すると思いますよ」。また、時代が求める味にあうように微妙に粉の配合は調整しているのだとか。
「鮮度にこだわりながらも、これだけの数の干菓子が入った折詰を店頭に並べて置けるというのは、それだけ数がはけてくれるから。これは密かに自慢していいことなんやろうなぁ」と今西さん。それでも、2020年春ごろは来客数の減少に伴い「園の賑い」も製造中止を余儀なくされた。買う人がいなければ、つくることができないお菓子があるということを、わたしはここで知ったのだ。
「園の賑い」の盛り込みを実演。それはテトリスではなく、盛り込み方にも法則があった
手を借りたのは、入社7年になる寺尾真弓さん。店頭での販売、喫茶の接客も行いつつ、入社3年目ごろから「園の賑い」を詰める仕事も兼任している。
「園の賑い」をはじめ鍵善良房の干菓子は鮮度にこだわるため、つくり置きはしない。デパートなどにも卸さないので、生産数も限られてはいる。だからフレキシブルにこの”詰め仕事”ができる人を育てるのは、とても合理的な考え方だ。ずらっと並んだ干菓子を前に、さぁ、始まりますよ!
詰めワザ1 四隅から定番を埋める
「百寿」が入った紅白の落雁と流水、ゼリーといった定番の定位置に入るものがまず最初に配される。
詰めワザ2 季節の風物詩を中央に
素人目には、しなる稲穂やギザギザの紅葉といった余白を生む形の処理が気になってしまう。そこは寺尾さんはものともせずに配置していく。「余ったように見えるスペースも、最後には埋まるもんです」と余裕のお答え。
それよりも中央の目立つところに稲穂と鳴子(鳥を除けるための道具)を据えたところに注目して欲しかった様子。ん? この間には何が入るんだっけ??
答えは「すずめ」! 「秋の頃、日本の田んぼではどこでも見た風景です。稲穂に近づくすずめを鳴子で追い払うって物語がここにはあるんですよ」と今西さんに教えてもらい、ようやく気づく。しかも、稲穂は地面に、鳴子は空に、と置く位置にもこだわりがあった。「自然界と同じように描くのが、目の収まりがいいでしょう?」。
この日まで、テトリスのようにそこにあるものを適当に詰めていると思った自分が恥ずかしい! 折々の季節にあった風物詩が、しかも三題噺のように描かれていたとは。そんな物語を読む前に、ただ「カワイイ」で終わっていた。昔の人はこうして季節を愛で、暮らしを楽しんできたのだなぁ。京都の人はそれをそっと教えてくれる。
詰めワザ3 詰める道具は黒文字と指
箱いっぱいに干菓子を詰めるのに、寺尾さんはほぼ、自分の指を使っていた。干菓子は薄く、ほろりとしたお菓子であるから、女性の指が適当なのである。ギュギュッと詰めたいときだけ、黒文字を使った。なんと原始的な、でもそれが理にかなっているのだ。だって、きっちきちに詰めたら、取り分ける方が難しくなる。
こうして寺尾さん作・初秋の「園の賑い」は完成
詰める際には両手に2個づつ持つのが効率化のお約束。2人ひと組で向かい合って、空箱に同じ景色をつくっていくそうだ。寺尾さんのハイスピードで詰めていく様は、迷いがないようにも見えるが、置いてみたら「やっぱり違うな」というのは今でもあるらしい。
「色の配置が難しい。ちょっと位置が変わっただけで、全体のトーンが崩れてしまうんです」。これは目を慣れさせるしか上達の道はないようだ。いつかは、後輩に手本を見せられるようになるのが目標。その日も近いような気がした。
干菓子って小さいけれど雄弁。「園の賑い」には店のすべてが詰まっている
願わくば、これを読んだ人がお茶と共にこのお菓子を味わってもらえたら。人の集まりが歓迎されない現状だが、それでも、人と人が出会う場に、話の弾むお菓子があったらどんなに場が明るくなることだろう。
巷でお土産菓子として売られている干菓子と比べてみると、よその干菓子の方が割高にわたしには思える。このひと箱にどれだけの手間ひまと、手わざと、この店をつないできた主人の気位が詰まっていることか。この価値はプライスレス、現実的には採算度外視もいいところ、だと想像する。
お茶席では種類の違う干菓子を2種、3種ととり合わせることがあるが、「園の賑い」でもそれが楽しめるのがいい。食感の違いは見た目の違いでもあるから、小皿に盛ったときにハッとするいい眺めが生まれるはず。それだけで上等な時間が過ごせそうだ。鍵善良房の干菓子にはその力がある。
撮影/宮濱祐美子
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