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読み物
Gourmet
2020.05.27

デリバリーサービスの源流は、京都の仕出し文化だった?京都料理研究会会長にインタビュー

この記事を書いた人

アベノマスクがまだ届かない。新型コロナウイルス禍で世の中に投じられた礫(つぶて)が及ぼしたトホホな一面である。いわゆる緊急事態宣言が発せられて変わった景色の一つに飲食店の周辺がある。胸を張って店内営業ができぬ分、テイクアウト弁当の製造・販売に商いの軸足を移したことによるものだ。

Uber Eatsをはじめとするデリバリーサービスも重宝されている。店で供するのではなく、作った料理を配達する。その考え方を遡(さかのぼ)ると仕出しの料理や弁当に行き着くのではないか。業界団体「京都料理研究会」会長で「御料理 井傳(いでん)」の当代当主、井山和彦さんに仕出し料理の文化をつなぐ心構えなどを聞いた。

仕出し抜きには語れぬ京の食文化

--念のために「仕出し」をいくつかの辞書で引くと「注文で作った料理を届けること」と異口同音に書かれています。だから「作る」ことと「届ける」ことを兼ね備えている必要がある。作るだけでも届けるだけでもダメ。両方できて初めて仕出し屋を名乗れるということですか。

井山:(以下略) おっしゃる通りです。この店はぼくで4代目になるんですが、古いお客様の中には「ええ鱧(はも)が入ったら持ってきてや」と注文なさる方がいらっしゃいます。長いお客様やから味付けの好みも分かる。で、届ける。器を下げに行くと褒められることもあれば、ご意見をいただくこともある。そうやって育てられていると思ってます。

ーーそう考えると、京の食文化は「仕出し」抜きには語れないと思うのですが、仕出し屋はもちろん他地域にもあります。京都だけが別格の発展を遂げた理由はあるのですか。

京都には主に仕出し料理店でつくる「京都魚菜鮓商協同組合」という組織があるんですが、それぞれが「精進料理」「懐石料理」「有識料理」「会席料理」の特色を打ち出しています。

ーーどの色が濃いかは店次第というわけですね。

ご存知のように「精進料理」は限られた食材で工夫した禅僧の食事が源(みなもと)です。同様に「懐石料理」は茶会で提供された料理、「有識料理」は贅を尽くした公家向けの料理、「会席料理」は魚屋や八百屋の商いから始まります。組合名の「魚菜」はその名残(なごり)をとどめたものです。

このように仕出しにはさまざまなルーツがありますが、京都という土地柄ならではの年中行事や冠婚葬祭などでお客様をもてなすときに欠かせない、特別なものという役割を担っているように思います。

呉服屋と仕出し屋が共存共栄?

ーー何代も続く生粋の京都人に「町衆と呼ばれる富裕層が贔屓(ひいき)の仕出し屋に寄せる信頼は絶大で、一流の料理屋と仕出し屋をTPOで使い分ける伝統がある」と聞いたことがあります。実際のところ、いかがですか。

よそ様のご事情はよく分かりませんので、当店に限った話になりますが、このあたりは昔から呉服屋さんがずらっと並ぶ一大集積地でした。

ーー反物であれ、仕立てた呉服であれ、値の張るものですからコンビニで飲み物をさっさと選んで買うようにはいきませんね。

そこで、お客様を招いてまずは弁当を食べてもろて、ゆっくり品定めしてもらう。夜は夜で料理でもてなす。そういうときに重宝されるのが仕出し屋です。

呉服屋さんにはそれぞれ贔屓の仕出し屋がありますから、さっき紹介した鱧を注文されるお客様のように、おかず一皿だけを届けるという付き合いも生まれます。

ーー呉服屋さんと仕出し屋さんが共存共栄してきた。

祇園、伏見、西陣など、市内の他の地域にももちろん仕出し屋はあります。お察しのように、それぞれの土地柄に応じて使われ方や付き合いの深さは異なります。お茶屋さん、醸造元、織物屋さんなどですね。

たまたま当店は呉服関係とのご縁が歴史的に濃かったということでしょう。日常的な商いばかりではありません。例えば、祇園祭の時に期間中、毎日100の単位でご注文をいただいたこともありました。

ーー他地域の仕出し屋のあり方とどこが違いますか。

例えば、法事でご用命いただく場合はお客様(やその親族)と当店との関係になります。ところが呉服屋さんがビジネスで使われる場合にはお客様(呉服屋)と当店に加えて、もてなされる真のお客様という三者の関係になります。

ですから、グレードを上げななりません。仕出しの味がまずいからという理由で商談が流れるのは困ります。せやから、求められる質も高い。それに応えられるように日々、切磋琢磨する。そうやって成長してきたのが京の仕出し屋とその文化だと思います。

村田さんから学んだ料理人のわきまえ

ーー井山さんは「京都料理研究会」の会長という立場でもありますが、会員の相互交流は盛んなのですか。

京都というと排他的で保守的だと思われるかもしれませんが、一つの目的に向かうときの結束力はどこよりも強いと思います。

ぼくが関わる和食の世界では老舗料亭、菊乃井の当主で国際的にも有名な村田(吉弘)さんの存在は大きいと思います。料理だけでなく、料理人としてのわきまえや立ち居振る舞いまで、たくさんのことを学ばせていただきました。

要するに、村田さんは和食の仕事を通じてぼくたちに「地域教育」をしていらっしゃるんやと思います。だから、同業者同士の仲もいい。

ぼくは現在、5つの勉強会や研究会に参加していますが、世代や業態の垣根を越えてなんでも話すし、情報交換もします。5つも参加していれば顔ぶれは被るので、隠し事はできません。する必要もないけど。

だし巻きは仕出し屋の基本の「き」

ーー京の仕出し文化を担う店の当代当主として心がけているのはどんなことですか。

こう見えてぼく、美術の勉強してたんです。デザイン方面です。学生時代にはバイト先のライブハウスでフライパンをふってたこともあります。苦境に立たされるライブハウスを応援したい一心でした。だけど、まさか家業を継ぐとは思わなかった。

ぶっちゃけて言えば、就職氷河期やったので、とりあえず働き口があるのは助かりました。そしたら、兄貴が違う道を目指したので次男のぼくが経営のバトンを受けることになったんです。

ーーでも、3代目の背中を見て育ったので、商売の何たるかは分かっていたでしょう。

いやあ、実際に厨房に立つと勝手が違います。いろいろと失敗して、叱られて、自信をなくしかけて、ようやく自覚めいたものが芽生えたのは、思いがけず、だし巻きがうまくできた時でした。それまで全然うまく巻けへんのが、ある日ある時、ふっと巻けた。

コツが分かったんですね。後は何回やっても同じ。面白いようにできる。だし巻きは仕出し屋の基本の「き」やから、これできんとシャレになりません。そういう経験を一つひとつ重ねていって、仕出し料理や弁当の形を整える。強いて心がけていると言えば、そんなことです。

ーーだし巻きを含む、貴店の弁当に対する井山さんの思い入れをお聞かせください。

だし巻きは料理の一つであると同時に、器に盛り込んだ時の「押さえ」でもあります。よく居酒屋さんでびしゃびしゃのだし巻きが出されることがあります。

あれはあれでええけど、そのまま弁当に入れたらほかの料理の味を損ねます。器も汚れる。せやから、そうならんように材料や配合やいろんな技でとめる。そういう知恵と技の凝縮でもあるわけです。

卵と並ぶだし巻きの主役はだしです。だし巻きだけやなく、すべての料理の基本になりますから、必ず毎朝、代々受け継いできた方法で一番だしをとります。使うのは鰹節と昆布と塩と薄口醤油。初代のころから基本的なレシピは変わってません。

うちの味はよそよりも濃いと言われことがあるんですが、それは塩味(えんみ)のせいやと思います。理由は2つあります。第一は、冷めてもおいしく召し上がれるようにしっかりした味付けをするため。出来上がりからある程度時間が経ってもええようにという心遣いです。

ーー調理してから食べるまでの時間も織り込んだ上で味付けをする。

理由の第二は、保存と防腐のためです。先人から受け継いできた知恵ですね。「不易流行」という言葉がありますが、変わらないものと変わるものの折り合いをつけることも大切な心がけやと思います。時代に応じて、少しずつ新しい取り組みを試していますが、辿り着く味は同じはずです。要するに最終的に当店の味になっていればよいのではないかと考えています。

蓋を開けた時の感動を大切にしたい

ーー盛り付けに対するポリシーは。

決まった形の器にいかにきれいに盛り込むかに気を遣います。いわば、物を置きに行く盛り付けではなく盛り込みですね。

最近ははめ込み式の器があって、決まったものを決まった場所に入れれば済むようになっています。そのほうが便利で、生産性は高まるし、効率的でもあります。

でも、一つひとつ盛り込んでいくのが理想です。手間かかるけど、仕上がりが全然違うからです。蓋を開けた時の感動を大切にしたいという思いもあります。その一点に神経を遣うようにしています。

ーーそれほどきれいな料理や弁当だとどこから箸をつけてよいのか迷いますが、そういうときの作法はあるのでしょうか。

好きにしたらよろしいと思います。食べたいとこから食べる。ぼく自身、迷うほうなので「あ、これ食べたい」と思うもんから手を付けます。

ーー料理の内容について注意していることはありますか。

素材やしつらえや献立などで季節感を出すことです。四季プラス、その時々の素材を極力、旬の時期に加える。

魚なら春は鯛のつくり、夏は鱧料理、秋冬は味噌煮といった具合です。筍や松茸なども季節感の演出には欠かせませんね。

本物の味と食文化、京情緒を育み伝える

ーー京都魚菜鮓商協組の田中登理事長は京都新聞で「『仕出し』という趣のある楽しみ方で、お子さまにも本物の味と食文化、京情緒を育み伝えていきましょう」とコメントしています。次の世代にこの文化をどう伝えていきますか。

理事長のコメントは緊急事態宣言が発せられた時期、3回にわたって組合として打った全面広告の一節です。予想を上回る大変な反響がありました。当店でも明らかにこのキャンペーンによる新規注文が増えました。大切なのはそれを定着させることだと思います。

次世代にどう伝えるかという点は、直接的なことではありませんが、近隣の小学校の食育の機会を通じて和食に対する関心を高めてもらう活動を続けています。

例えば、いかに魚嫌いをなくすか。ぼくもそうやったんですが、魚嫌いのほとんどは骨がネックなんです。魚が嫌いなんやなくて、小骨が面倒くさい。それさえなければ克服できます。

せやから、まず手本を示して子どもたちに小骨を抜かせる。そういう地道な取り組みを通じて食材としての魚に興味をもってもらう。そして調理に話を進める。

大人数の会食や外食がしにくい状況が続いているからこそ、仕出し料理に込められた文化や意味を考える機会になればええと思います。料理だけやなく、京の風情を味わう。千年の歴史がある京都やからこその取り組みやと思います。

◆御料理 井傳

住所:京都市中京区錦通西洞院東入

TEL:075-221-4420

書いた人

「新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是高血圧。」