その制作ストーリー、そして日本とヴァン クリーフ&アーペルの特別な関係をご紹介します。
日本とヴァン クリーフ&アーペルの歩み
ヴァン クリーフ&アーペルは、1906年の創業以来、自然の在り様に憧れ、自然の美しさをデザインに生かしながら時代の文化や芸術の潮流に沿ってジュエリーを制作してきました。メゾンがパリに創業した当時、ヨーロッパ、特にフランスではジャポニズムを端緒にするアールヌーボー様式が芸術分野のみならず、生活文化全般に大きな影響を与えていた時代でした。そのような時代がヴァン クリーフ&アーペルが日本に注目するきっかけとなったといえます。
それ以来、メゾンは日本のエレガントな風景や純粋な図象に着想を得てきました。ジュエリーやプレシャス オブジェの数々が、メゾンが誇る西欧の伝統的なジュエリー制作の技法により、さらには日本の伝統的な漆芸などの技法を取り入れてデザイン、制作されています。
森口邦彦氏との出会い
森口邦彦氏は「友禅」の分野での伝統的な技法を継承しながら、現代的な思考と感性によって生み出されるアイデアを精緻な技術と独創的な表現で作品と成す、類稀なるクリエイターでもあります。森口氏は、フランス・パリの国立高等装飾美術大学での芸術教育を通じて、西洋からの視点と方法論を獲得。それらを幾何学的な図形を展開させるデザイン手法に生かしつつ、有機的な自然美を表す作品には、自然へ敬意をもち、自然に寄り添って生きてきた日本人としての感性がうかがえます。
ヴァン クリーフ&アーペルと森口邦彦氏との出会いは、2017 年に京都国立近代美術館で開催された「技を極める― ヴァン クリーフ&アーペル/ハイジュエリーと日本の工芸」展の企画でした。両者は「サヴォアフェール(匠の技)を守り、次の世代へ繋ぐために何ができるかを共に模索したい」という意志で結ばれたのです。
デザインと技術のオーケストラ。凛とした佇まいの「プレシャス ボックス」
そして今年ついに、その願いが「プレシャス ボックス」のプロジェクトとして実現しました。
「プロセスそのものが僕たちのコラボレーションだと思います」と、森口氏は振り返ります。
森口氏には、何かまったく新しいものを作りたい、美しいものを作りたい、という強い思いがありました。そこで立ち現れたのが、軽やかなリズムで秩序をもって展開してゆく黒と白、赤と白の幾何学的な図形を衣のように纏った「箱」のイメージです。大切なものを包み込み、日常に寄り添いながらも凛とした存在感を放つ、美しい佇まいの箱の姿が示されました。
この美を具現化するプロセスには、様々な専門的技術を持つ職人たちの協力がありました。特に注意が払われたのが「素材」です。友禅の色彩や蒔糊の技法を表現するために、様々な素材がひとつひとつ吟味され選び抜かれました。森口氏が創造したデザインを基に、ヴァン クリーフ&アーペルの感性が結び付けた様々な専門の職人たちが試行錯誤と挑戦を重ねて美を追求する在り様はまるで、一編の交響曲を奏でるオーケストラの様だったといいます。
ヴァン クリーフ&アーペルの伝える、未来へ受け継がれる価値
「工芸やサヴォアフェールがただ過去からの一種の生き残りであるとか、その歴史的側面だけに価値があるとういうものではないということを伝えたいのです。もともと生き生きとしていて、受け継がれるに値する何かであるということです。その考えを伝えるためには特に『ものづくり』で表現するべきだと思うのです」とヴァン クリーフ&アーペル プレジデント兼CEO の二コラ・ボスは話します。
「本プロジェクトを通して、『プレシャス』が金銭的な利害関係に留まるような価値ではなく、たとえどんなに貴重な宝石を使ったとしても、その物質的な価格では言い尽くせないものであることが理解できると思います。この価値は、SNS 上のビュー数やフォロワー数、メディアの反響で測れるものでもありません。『プレシャス』は、時間の中に見いだされるものだと思います。その時間とは、ものづくりにかける有意義な時間であり、感動を生み出す時間です。我々が今回手掛けるプレシャス ボックスは、時間がいかに貴重であり“プレシャス”なものであるか、まさにその尊さを語ってくれるでしょう。」
森口 邦彦(もりぐち くにひこ)
1941年に友禅作家の森口華弘の次男として京都に生まれる。京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)日本画科に進み、上村松篁、榊原紫峰、秋野不矩ら近現代日本を代表する日本画家に学ぶ。1963年にフランス政府給費留学生として渡仏し、約3年間をパリの国立高等装飾美術学校に学ぶ。1988 年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。2007 年に重要無形文化財「友禅」保持者に認定される。2020 年に文化功労者として顕彰される。2021 年にフランスレジオンドヌール勲章コマンドゥールを受章。