この春、イタリア・ミラノでのデザインウィークにて開催されたハイジュエラー〝ブチェラッティ〟による「NATURALIA」展。創業時からの伝統を継承するシルバーコレクションの芸術性が、自然の美しさ溢れる、没入型の展示を通して伝えられました。
今すぐ飛び立つかのよう!躍動感のある銀の鷲

動物の体を包む細かな毛や、羽根の質感の違いなど、すべてをシルバーで表現した「Furry」コレクションの傑作のひとつ。長きにわたる〝ブチェラッティ〟の銀細工の研究や知識と、職人の並外れた技術の融合により、威風堂々たる姿を描き出す。幅約70㎝、高さ約50㎝にも及ぶ大迫力の作品は、シルバーから生まれたとは思えないリアリティに息をのむ。
自然な動きをとらえることで鹿の愛らしさも表現

脚を折り曲げ、森の中で安らぐ鹿。決まりきった立ち姿ではなく、自然界で見受けられる動物の一瞬の動きを、そのまま切り取るところに、メゾンに根づく創造性と美意識が感じられる。本展覧会では、幻想的な映像や音に、本物の植物などを組み合わせた有機的な世界の中で作品を展示。没入型のプレゼンテーションをすることで、メゾンの伝統技術を、新しい視点から表現することにこだわった。
子鹿の豊かな表情が詩的な雰囲気をもたらして

つぶらな瞳が印象的な子鹿は、背中の斑点も表現されることで、よりかわいらしい佇まいに。全体に施された細やかなヘアライン仕上げは、実際に手で触れても毛のような風合いが感じられ、シルバー製とは思えないほど。作品はすべて、デザイナーと密に打ち合わせをしながら、職人が型づくりから仕上げまで、全工程を手仕事で完遂する。だからこそ職人には多彩な技術が必要とされ、なかでも起点となる型づくりは、彫刻家のようにアーティスティックな作業だという。
銀細工職人の複雑な仕事が光る海洋生物の数々

海の自然をモチーフにした「Sea」コレクション。深海を思わせる空間には、カサゴやロブスターなどがドラマティックに配され、有機的な要素とクラフツマンシップが穏やかにつながっていくよう。特徴的なフォルムの海洋生物は緻密に表現されることで、その神秘性や優美さが、より際立って。展示の背景には貝が美しく積み重ねられているが、もともとこの海のシリーズは、再生や豊かさの永遠の象徴とされている、貝殻がインスピレーションの源となっているのだとか。
動物の生きる環境も表すことで込められた自然のメッセージ

展覧会のトップを飾ったのは、大空にそびえ立つ山を模した空間に、1点だけ置かれた巨大な鷲。今回の「NATURALIA」展を記念して制作された最新作で、約87㎝の翼を広げて立つ姿が、雄大さを醸し出す。険しい地形に生息する、数少ない生物を取り上げることで、自然の真の姿に迫っている。芸術的な銀細工という存在を超えるその姿は、見る者に強く語りかけてくるよう。〝ブチェラッティ〟の自然に対する敬意と、優れた観察眼が、鮮やかに具現化されている。
“ブチェラッティ”3代目が語る、超絶技巧を駆使して誕生した写実的な銀細工の秘密
創業時からの技術と美意識を継承して100余年。3代目当主で、自身もデザイナーとして活躍するアンドレアさんに、「NATURALIA」展に込めた思いから、シルバーコレクションに宿るメゾンの真髄、唯一無二のハイジュエラーとして大切にしていることについてお話を伺いました。
壮大なスケールに圧倒される時代を超えるメゾンの銀工技術
繊細なゴールドジュエリーで知られる“ブチェラッティ”は、シルバーコレクションでも長く名を馳せています。独創性溢れる作品には、卓越した技術だけでなく、自然に潜む、神々しい瞬間を閉じ込めた風格が漂います。

「NATURALIA」展は、ミラノの本社近くにあるトマージ・ディ・ランペドゥーザ広場で開催された。ここ一帯はローマ皇帝の宮殿跡で、中世のゴラーニ塔が今も残る、歴史が重なり合うエリア。
「今回の『NATURALIA』展では、山頂、森、深海、3つの空間に作品を展示しました。映像と音、さらに本物の植物など自然の素材も融合させ、メゾンの伝統技術に新しい角度から光を当てています」。そう語るのは、“ブチェラッティ”3代目のアンドレアさん。自身もデザイナーとして活躍する、メゾンの核となる存在です。展示されたのは、創業時から続く、自然がモチ―フの手仕事が光る銀細工。なかでも先代が活躍した1960年代に誕生した「Furry」コレクションは、羽毛や毛皮を正確に再現したいという思いから生み出された、特有の手法が目を惹きます。このシルバーを細かくカットし、毛の風合いを表現する圧巻の技術は、現在もなお引き継がれています。

3代目当主のアンドレア・ブチェラッティさん。自身もデザイナーであるため、クリエイティブな視点からものづくりに深く携わっている。創業時からの伝統を変えることなく次世代へとつないでいくため、職人の育成にも力を注いでいる。
「メゾンが何より大切にしているのは、伝統的な方法を、変えることなく継承すること。それが未来につながり、唯一無二の存在であり続けるための、軸となるから」と、アンドレアさん。またデザイナーと職人の密な関係性も、特筆すべき点だそうです。「今でもデザインは、手描きのスケッチなのですが、それをここまでの完成度に高めるには、お互いの信頼関係や細かなやりとりがあってこそ。手仕事を、本当の意味で守る。それがメゾンに課された大きな使命だと感じています」

これが「Furry」コレクションの匠の技!
細かい毛やサイズの違う羽根が絶妙に混ざり合う。この写実的な表現は、さまざまな手法を用いて、ひとりの職人が、すべての作業を手仕事でなしたもの。銀細工に真摯に向き合ってきたメゾンならではの技術に感嘆!
撮影/武田正彦
構成/湯口かおり、古里典子(本誌)
※本記事は『和樂(2025年8・9月号)』の転載です。
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