坂東玉三郎さんが出合うヴァン クリーフ&アーペル――フランスと日本「美の対話」【前編】はこちらから >>
「ラリックの作品があれほど建築に施され、残されているとはうれしいですね」──玉三郎
「高い品質を選んでいたからこそ、長く残っているのです」 ──アレクサンドリン
100年前のパリのアール・デコ博覧会に感化されて建てられた旧朝香宮邸には、玉三郎さんがアンティークグラスを蒐集するほどお好きなルネ・ラリックがデザインした照明もありました。


身につけることで、地球の美しさと時間を共有する
1925年のパリ滞在中に「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称 アール・デコ博覧会)」をご覧になり、感銘を受けた朝香宮夫妻は、日本に邸宅を建設しました。主要な室内の設計は、フランスの室内装飾家アンリ・ラパン。ガラス扉や照明などの装飾はルネ・ラリックなどのデザイナーが手がけました。今なお、当時の建築意匠は現存し、東京都庭園美術館として白金の地に残されています。一方、「ヴァン クリーフ&アーペル」は1906年にパリで創業。1925年のアール・デコ博覧会の宝飾部門でグランプリに輝くと、たちまち世界に注目されました。それから100年の時を経て、このアール・デコの建築とハイジュエリーが対話を交わすような美術展が実現したのです。
坂東玉三郎(以下、玉三郎) 今日はゆっくりと拝見できてうれしいです。一度にこんなに見られる機会はないですから。
アレクサンドリン・マヴィエル=ソネ(以下、アレクサンドリン) そうですね。今回、アール・デコ博覧会に影響を受けてつくられた建物の中で、アール・デコ博覧会でグランプリを受賞したジュエリーをご覧になり、何か感じたことはありますか?
玉三郎 日本は建物がどんどん新しくなるけれど、ラリックの作品があれほど建築に施され、残されているとはうれしいですね。
アレクサンドリン 建物自体がまるで1930年代に戻ったような、当時のまま、美しく保存されていて、私はそういうところに心動かされました。
玉三郎 でも、ヨーロッパには結構あるでしょう。
アレクサンドリン あるにはありますが、建物の中がリノベーションされていないものは少ないと思います。日本とフランスの繫がりを表現できるのが、今回この場所で展覧会を行った意義のひとつです。私たちとしてもこのローズブレス(前編記事掲載)とともに、100周年をお祝いする最適な機会だと思いました。玉三郎さんがいちばん印象的だったのは、どの作品でしたか?
玉三郎 私はネックレスが好きでした。宝石がもつ歴史というのでしょうか、だれかにきっと大事にされてきたんでしょうね。ということが感じられました。
アレクサンドリン 玉三郎さんも何かジュエリーをお持ちだったり、身につけるのがお好きだったりするのでしょうか?
玉三郎 鍵だけです。キーホルダーにダイヤモンドが付いています。色のついたダイヤはあまり好きじゃないので、真っ白なダイヤ。11カラットだと高いから、ちょっと傷が入ってそれほど高くないダイヤで(笑)。大きな指輪型のキーホルダーです。ダイヤが付いていると、玄関のドアを開けるときに寂しさがないんです。
アレクサンドリン とっても素敵なお考えですね。
玉三郎 宝石は地球が生まれたときからあるわけで、それを身につけることが、地球の美しさと時間を共有しているようなことだと思うんです。それが美しいというのが不思議ですよね。ところで、アール・デコというのはいつから始まったのですか?
アレクサンドリン 1925年のパリで行われた国際博覧会は、アール・デコという言葉が生まれるきっかけになりました。正式名称は現代装飾美術・産業美術国際博覧会、通称 アール・デコ博覧会です。英語だとデコラティブアートが装飾美術で、フランス語だとアール・デコという表現になります。
玉三郎 1960年代から世界的になったのですね?
アレクサンドリン それ以前からアール・デコという潮流はありましたが、アール・デコの呼び名が一般的になったのは1960年代。かつての曲線的でよりやわらかい色使いのアール・ヌーヴォーからの変容を象徴するように、アール・デコが始まったとも考えられます。
玉三郎 アール・ヌーヴォーの個性はどういうことでしょう?
アレクサンドリン 曲線的で淡い色使いがアール・ヌーヴォーの特徴です。
玉三郎 アール・デコはブラックとか?
アレクサンドリン はい。ジュエリーでも、黒のオニキスにホワイトのダイヤモンド、そしてエメラルドの色使いとか、色のコントラストの強さが特徴です。ローズ ブレスレットは1925年にパリで開催されたアール・デコ博覧会のときにグランプリを受賞した非常に輝かしい作品ということで、今年はその博覧会から100周年という記念すべき年ですので、まさにこの展覧会を象徴するにふさわしい作品です。
(続く)
「日本文化はあまり理論がない、直感的だと思います」──玉三郎

「日本はそれを大切に保存しているところが素晴らしい と思います」 ──アレクサンドリン

(続き)
玉三郎 どこにあったんですか?
アレクサンドリン フランスです。ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、オニキス、プラチナが施されています。
玉三郎 薔薇の中央にはイエローダイヤモンドが施されていますね。
アレクサンドリン そうですね。そして、ご覧いただいたエメラルドのネックレス(前編記事掲載)は、エジプトの王女が所有していたという記録も残っています。
玉三郎 だれが持っていたかということは別として、それぞれがとても大切にされていたんだろうなという、そのジュエリーへの気持ちが伝わってきますね。
アレクサンドリン おっしゃるとおりです。そのジュエリーの歴史や、ひとつひとつの作品への愛情が感じられますね。
玉三郎 本当にそう思います。
アレクサンドリン 今回ご紹介している多くの作品の中には100年以上前の時代のものもありますが、100年経った今でも美しい輝きを放っていることに驚かされます。
玉三郎 宝石はある種永遠のものですからね。
アレクサンドリン そうなんです、まさにタイムレス。今回、展覧会のタイトルに「永遠なる」と付けたのはそこです。展示されている作品すべてが本当に普遍的なので、今でも美しく身につけられます。玉三郎さんはアール・デコの世界観はもともとお好きですか?
玉三郎 そうですね。アール・ヌーヴォーってやっぱり身近じゃないのね。
アレクサンドリン 私もアール・デコの世界観に、より親近感を覚えます。
玉三郎 そう、ほんとに。身近にある。
アレクサンドリン 私も同じ考えです。だからこそタイムレス、永遠。より普遍的で身につけやすいのだと思います。
玉三郎 そうですね。
アレクサンドリン アール・デコ期の作品に使われている貴石はどれも個性があり特別感があります。それぞれの作品のために選ばれた宝石。そういう意味ではこの邸宅も同じです。ルネ・ラリックのシャンデリアにも高い品質のガラスが使われている。だからこそ、これだけ長く残っているのだと思います。
ちょうどアール・デコの運動があった時期の100年前は、ヨーロッパにとっては第一次世界大戦の終戦まもないときで、新しい革新的なものへの希望があり、より前向きな機運が高まっている時期だったということもあったと思います。
玉三郎 そうですね、いわば大恐慌の直前だった。当時のジュエリーが展示されている部屋に入ると、大恐慌でダイヤが急になくなりました(笑)。
アレクサンドリン 大恐慌ではあるけれど、エレガントで輝きたいという渇望感が見えるわけです。大恐慌で高価な宝石が使いづらくなった分、よりクリエイティブに。
玉三郎 そう思いました。たとえばコロナがあったときもそうでしたが、クリエイティブに考えることがありましたから、きっとそういう感じがあるのね。大恐慌でまた違うものが生まれて。
アレクサンドリン それもまた面白いですよね。ジュエリーを通してその時代の歴史背景を知ることもできるのです。
玉三郎 僕ね、80年ぐらい前につくられたという舞妓さんの帯留めをある方にいただいたんです。その帯留めは金で細工がしてあって、そこにダイヤやルビーなど宝石が何もかも全部入っていたんですって。でも戦争で宝石だけが取られてしまって、代わりにガラスが入ってるの(笑)。でもすごくきれいで。それも歴史ですね…。
アレクサンドリン たしかにそうですね。アール・デコの時代の作品をそのまま今の時代に継承しているのは奇跡のようなことなのです。
玉三郎 ところで、日本はいかがですか? 何度も来てらっしゃるの?
アレクサンドリン 私は最長で3週間滞在したことがありますが、住まないとわからないよさがあると思っていて、もう少し長い時間をかけて日本のことは知りたいです。
玉三郎 私は不思議な国だと思いますね。
アレクサンドリン だからこそ、非常に興味深いと言いましょうか。
玉三郎 フランスと日本が100年以上前から影響受け合っていたことは大きいかなって。音楽にしても絵画も。
アレクサンドリン メゾンでも、漆職人や染織職人など日本のさまざまな職人とコラボレーションしていますが、日本とフランスは共通点が多いように思えます。
玉三郎 僕は日本の浮世絵や織物など、日本の文化を結集した歌舞伎の世界にいますが、どうしてこんなものができたんだろうと、自分でも不思議なんです。西洋のものはわりと論理的というか、わけがあるでしょう? 日本のものはあまり理論がない。なんとなく印象でできている。そんな感じがします。
アレクサンドリン たしかに直感的な感じがしますね。
玉三郎 直感的。ほんとにそう思います。
アレクサンドリン よりインスピレーションを持って直感的に何かを生み出すところもあるのでしょうか。ただ、日本はそれを大切に保存しているところが素晴らしいと思います。
玉三郎 僕もそう思います。
アレクサンドリン 次に来日するときは、より長い期間滞在して、玉三郎さんの舞台も拝見させていただければと思います。
玉三郎 是非。お待ちしております。


構成/新居典子(対談分)、高橋木綿子(本誌)
※本記事は『和樂』2026年2月号の転載です。

