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2019.08.16

東京オリンピック、パラリンピック記念硬貨で話題!風神雷神図を描いた絵師比べ

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東京オリンピック・パラリンピックの記念硬貨のモチーフに採用された「風神雷神図」。実は「風神雷神図」は、様々な絵師によって描かれ展示されてきました。今回は、江戸と京都を代表する琳派の絵師たちの作品をまとめて紹介します。いったい誰の絵が硬貨のモチーフになったのでしょう?

「風神雷神図」とは何か?

様々なメディアに使われ幅広い人気を誇る「風神雷神図」。風神と雷神はもともと仏教とともに中国から渡来したもので、宗達は三十三間堂の千手観音の使者である風神と雷神の一対をモデルに2神だけを独立して描いたとされています。その後、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一が描き継いできた「風神雷神図」こそ、琳派の流れを象徴する画題と言っても過言ではありません。

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「風神雷神図」の歴史

黄金に輝く天空を、風をはらんで疾走する風神と、隆々とした筋肉を見せつけて雷鳴を轟かせる雷神。躍動感あふれる『風神雷神図屏風』を描いたのは、桃山から江戸時代初期に京都で活躍した絵師・俵屋宗達です。

京都の富裕な商工業者である町衆出身とされる宗達は、生没年も不明の謎多き絵師ですが、扇絵や屏風絵、金銀泥下絵などの多彩な絵画製品を制作販売する「絵屋」を営んでいたことがわかっています。名に冠された「俵屋」は、その店の屋号です。宗達は、朝廷から僧侶の位階に準じた高位の「法橋(ほっきょう)」に叙せられましたが、これは町人としては異例の厚遇でした。

その宗達が制作した金屏風の作品中、最高傑作といわれるのが『風神雷神図屏風』です。風神雷神は、文字どおり、風と雷を神格化したもので、もともとは仏教美術に登場する一対の鬼神でした。絵画や彫刻においては、ほとんどが千手観音の眷属(従者)として表されてきました。

しかし、宗達は、墨や絵具を意図的に滲ませる「たらし込み」や、線描を塗り残して彩色する「彫塗り(ほりぬり)」を応用した巧みな技法を駆使して、脇役であった風神雷神を主役として大画面の屏風に描き出しました。その斬新な構図や技法は、伝統的な絵画世界に新風を吹き込み、江戸時代中期の京都の尾形光琳、さらに江戸後期に江戸で活躍した酒井抱一といった追随者を生むことになりました。後世に「琳派」と呼ばれるようになるこれらの絵師たちに、多大な創造的刺激を与えた作品なのです。

日本では古来、襖や屏風などに絵を描き、室内を装飾してきました。屏風は複数の面が連なった室内調度品で、二つの扇からなる二枚一組の屏風は「二曲一双」と呼ばれます。宗達が活躍した時代の標準的な屏風形式は「六曲一双」でしたが、宗達は向き合う風神雷神がより効果的に強調される二曲一双の形式を選びました。

二曲屏風は桃山時代ごろからさかんに制作されるようになりますが、『風神雷神図屏風』はその形を最大限に生かした構図、さらに主題・技法のどれをとっても、従来の伝統の枠を超えた革新的な作品なのです。

京琳派の「風神雷神図」鑑賞のポイント

俵屋宗達(たわらやそうたつ)

ユーモラスでいて力強い、宗達の洒脱さ全開の快作

金地の空間を大きく空け、右に風神、左に雷神を配した構図。いずれの神も人間的で親しみのある表情に宗達らしい妙味がうかがわれます。この屛風には落款や印章がなく、宗達作であると気づいたのは光琳。その鍵となったのが雲に用いた「たらし込み」の技法で、光琳がいかに宗達の画風を研究していたのかがよくわかります。

俵屋宗達俵屋宗達「風神雷神図屛風」二曲一双 紙本金地着色 江戸時代(17世紀)各154.5×169.8㎝ 国宝 建仁寺蔵

尾形光琳(おがたこうりん)の「風神雷神図」

「風神雷神図」宗達画を丹念に写生し、境地に近づこうと試みた

宗達画より風神雷神が小さく見えますが、それは屛風のサイズが大きいため。当時この屛風を所蔵していた建仁寺の末寺・妙光寺で憧れの先達の絵に出合い、模写に励んだ光琳の風神雷神は、大きさも形も宗達画と寸分違いません。細部に独自の解釈が見えるものの、忠実な再現ぶりには師に対する敬いが見て取れます。

尾形光琳尾形光琳「風神雷神図屛風」二曲一双 紙本金地着色 江戸時代(18世紀)各166×183㎝
重文 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives

江戸琳派の「風神雷神図」鑑賞のポイント

左/酒井抱一 右/鈴木其一

酒井抱一(さかいほういつ)の「風神雷神図」

光琳画を参考にしながら描いた風神雷神図屏風

抱一は一橋徳川家において、憧れの光琳が描いた風神雷神図と対面します。それを宗達画の模写と知らず同じ画題に挑んだとされ、光琳画の裏面に自身の傑作『夏秋草図屛風』を描きました。抱一画は光琳画にくらべて配置やポーズ、表情に違いがありますが、これはじっくり写生することができなかったため。その分、抱一らしい軽みが投影されています。

酒井抱一酒井抱一「風神雷神図屛風」二曲一双 紙本金地着色 江戸時代(19世紀)各170.7×170.2㎝ 出光美術館蔵

鈴木其一(すずききいつ)の「風神雷神図」

師の画風をモチーフにがらりとイメチェン!

師である抱一に付き従って光琳画を見に行ったものの、模写することがかなわなかった其一は、抱一の「光琳百図」を参考にして風神雷神を描いています。其一が選んだ画面は横に長い4面の襖の表と裏。琳派の特徴である金地を捨て、白地の絹本に描いた水墨の雲に乗った風神と雷神は、空中に浮遊している趣とダイナミックな躍動感を伴っています。

スクリーンショット 2017-03-30 11.48.24鈴木其一「風神雷神図襖」四面表裏(部分)絹本着色 各面169×116㎝ 東京富士美術館蔵 C東京富士美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

風神雷神にまつわる読みもの

3分でわかる!「琳派」ってなんだ? 10問10答