永遠のモダンを生涯求めた京都の庭園家、重森三玲の自宅を予約制で公開!

永遠のモダンを生涯求めた京都の庭園家、重森三玲の自宅を予約制で公開!

目次

重森三玲庭園美術館

-文/和樂スタッフ小西治美
 (京都出身のフォトエディター。寺社にも強い)-

吉田神社の裏参道に長屋門が見えてくる。抽象芸術のような枯山水庭園で知られる作庭家・重森三玲(1896~1975)が1943(昭和18)年に吉田神社の旧社家(しゃけ)・鈴鹿家(すずかけ)から譲り受け、後半生を過ごした屋敷である。現在は江戸中期建立の書院と前庭、三玲設計の庭園、茶室が公開されている。

予約した時間が来ると、小さな木戸が開けられ、石組と白砂と苔の緑のコントラストが際立つ庭園に迎え入れられる。書院に上がり、三玲の孫で、館長である三明(みつあき)さんから説明を受ける。
【重森三玲】重森三玲邸庭園好刻庵からの眺め2194
書院前の庭には、神官が神社に向かって礼拝した畳一畳よりも大きい遙拝石(ようはいせき)が残る。三玲は「私が家に惚れ、家も私に惚れてくれた」と語り、この家を理想のかたちにしていった。徳島産の青石を築地塀(ついじべい)越しにクレーンで運び入れて据え、築山と白砂を配し枯山水を築いた。三玲の庭にしては穏やかな雰囲気であるのは、元の植栽を生かし、夫人の願いにより桜の木を植え込み、住まいとしての江戸期の建築との調和を図ったからだろうという。
【重森三玲】茶席好刻庵1969年建立茶室「好刻庵(こうこくあん)」

私は三玲の三男埶氐(編集プロデューサー)のもとで働いていたころ、夫人にお茶を点てていただき、暮れなずみ、刻々と色合いを変える庭を眺めたことがあった。「三玲の庭は、美術、建築、茶の湯、いけばななどの総合化により、形成された」という亡き上司の言葉を思い出す。茶の湯を愛し、いけばなの改革を目ざして著作も多く残した三玲。その創作力を生み出したのが、この邸宅だった。

重森三玲庭園美術館
(しげもりみれいていえんびじゅつかん)

住所/京都市左京区吉田上大路町34 地図
完全予約制

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