川端龍子の大作を山種美術館で

川端龍子の大作を山種美術館で

目次

特別展 没後50年記念 川端龍子(かわばたりゅうし)ー超ド級の日本画ー

山種美術館(東京) 学芸員 南雲有紀栄(なぐもゆきえ)さん

金や群青など、高級な画材をふんだんに使って、大画面の作品を次々と発表。作品も生き方も「超ド級」な川端龍子の大回顧展が、約12年ぶりに開催されます。

「はじめ、洋画家から画業がスタートした龍子は、並行して手がけた雑誌や新聞の挿絵画家としても人気を得ます。また、日本画への転向後は、院展で同人に推挙され早くに認められています。当時、『床の間芸術』と称された繊細巧緻(せんさいこうち)な絵画が主流だったなか、龍子の作品は、その大きさ、色使いの斬新さで異彩を放ち、『迫力勝負の絵画、会場芸術だ』と批判の的に。しかし、自らの信念に基づく絵を描くために院展を脱退。『青龍社』を創立しました」(南雲さん)

院展脱退後、気合を入れて挑んだ第1回「青龍展」は大いに注目を集めます。そこで出品したのが、超大作『鳴門』です。
DMA-P2_山種1川端龍子 『鳴門』 1929(昭和4)年 絹本・彩色 山種美術館蔵

「大衆に訴える作品制作を意識していた龍子。高価な群青をおしげもなく使い、横幅8m以上もの迫力ある一作を描き上げます。その躍動感あふれる大渦の表現は圧巻です。」(南雲さん)

龍子は古美術の技法や構図を応用した作品もいくつか残しています。

「奈良・平安時代の経典に用いられていた、紺紙に金・銀泥で描く技法で、秋の草花をテーマにした『草の実』を生み出します。元来は、聖なる目的のためであった技法を使い、俗の野草を描く、という既成概念にとらわれていない姿勢にも龍子の発想の豊かさが表れています。」(南雲さん)
DMA-P2_山種2川端龍子 『草の実』 1931(昭和6)年 絹本・彩色 大田区立龍子記念館蔵 焼金(やききん)、青金、プラチナなど、数種類の金色の泥(でい)を使うことで、葉の裏表を描きわけたり、繊細な色調を表現したり。ひと筆で、伸びやかに描かれた線の美しさに龍子の技量の高さがうかがえます。

また、龍子を語るうえで忘れてはならないのが、挿絵画家の仕事で培ったジャーナリズム性。

「発表作品には鑑賞者が存在することを常に意識していた龍子は、社会で実際に起き、人々の関心を引くニュースを取り上げ、何点も制作しています。そんな報道的な精神が息づいた作品のひとつが、象が日本に来たニュースを描いた『百子図(ひゃくしず)』。タイトルは子孫繁栄を意味する中国の画題、百子図から用いたもので、龍子は、ただニュースを絵画化するのではなく、ひとひねりして機知に富む独自性を入れることを大切にしていました」(南雲さん)

DMA-P2_山種3川端龍子 『百子図』 1949(昭和24)年 紙本・彩色 大田区立龍子記念館蔵 「終戦後、『象が見たい!』という子供たちの願いを受け、象の『インディラ』がインドから来日。大々的に報道された子供の喜ぶ姿を描いています。挿絵画家としての経験が育んだ、ジャーナリズム性を感じる一作です」(南雲さん)

公式サイト

館内のカフェではオリジナルの見目麗しき和菓子も

館内1Fの「Cafe 椿」では、企画展ごとに青山の老舗菓匠『菊家』に特別オーダーしてつくられたオリジナルの和菓子を堪能できます。今回は、川端龍子を代表する5作品をイメージした和菓子をご用意。大迫力の龍子の作品が、ミニマムな世界の中で繊細に表現されています。写真は『鳴門』をモティーフにした『涛々(とうとう)』とお抹茶のセット。
スクリーンショット 2017-07-31 16.36.28

和樂編集長セバスチャン高木が解説!

帰ってきた内覧会狂想曲!「川端龍子ー超ド級の日本画ー」展

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