2019年の伊藤若冲展は「水墨画」の魅力爆発、福島でふたたび開催。

2019年の伊藤若冲展は「水墨画」の魅力爆発、福島でふたたび開催。

目次

2010年代後半に入り、日本美術においてダントツの人気画家となった伊藤若冲。2016年に東京都美術館で開催された「伊藤若冲展」は記録的な入場待ち行列が発生し、その異常なほどの盛り上がりは「若冲ブーム」とでもいうべき一種の社会現象となったことは我々の記憶に新しいところです。

▼ 書籍『伊藤若冲 動植綵絵 全三十幅

それから約3年が経過。久々に大規模な伊藤若冲展の開催地として選ばれたのは、東京でも大阪でもなく、東日本大震災で被災した中心地となった福島でした。実は福島県立美術館で「若冲展」が開催されるのは今回が2度目なのです。なぜまた福島で「伊藤若冲展」が開催されたのか、そして展覧会はどのような展示だったのか、その見どころや魅力もお伝えしていきたいと思います!
※館内は通常撮影禁止ですが、取材時に特別な許可を得て撮影させていただいております。

なぜ、再び福島で若冲展が開催されるのか

福島でふたたび開催! 2019年の伊藤若冲展は「水墨画」の魅力爆発でした!
福島県立美術館 外観

前回、福島県立美術館で伊藤若冲を特集した展覧会「若冲が来てくれました プライス・コレクション 江戸絵画の美と生命」展が開催されたのは2013年の夏でした。震災で甚大な被害を受けた東北地方の人々を元気づけようと、世界的な若冲コレクターとして知られるプライス夫妻が熱心に企画推進してくれた展覧会で、最終的に15万人を超えるたくさんのお客さんが来館しました。会期後半は連日2時間以上の待ち行列となり、福島県立美術館の入館新記録を樹立したのです。

展覧会が終わった後も熱狂は冷めやらず、会期終了直後から、「もういちど若冲を福島で観たい」との地域住民からのリクエストが美術館や福島県や福島市などの行政当局に非常に多く寄せられたそうです。そこで、この異例の反応に答えるために「伊藤若冲展」実行委員会が組織され、江戸絵画研究の権威の一人である狩野博幸氏監修の下、東日本大震災からの復興を願って、2019年に再度若冲展が開催される運びになったのです。まさに地元の人の熱いリクエストが結実した展覧会だったのですね。

伊藤若冲の作品、見どころを一挙紹介!

福島でふたたび開催! 2019年の伊藤若冲展は「水墨画」の魅力爆発でした!

2019年の春は、同時期に東京都美術館「奇想の系譜展」、岡山県立美術館「江戸の奇跡 明治の輝き」など、各地で江戸絵画の大型展が開催されています。有力な他展との兼ね合いで、作品は大丈夫なのだろうか・・・と開催前はひとり勝手に心配していたものですが、フタを開けてみれば圧巻の展示が待っていました。

本展では、大型の屏風絵や評価の高い彩色画なども含め、水墨画の傑作群を中心にバラエティに富んだ作品約110件が出品。まさに『動植綵絵』で若冲を知ったファンが、若冲の画技や画業をより深く楽しむために「次」に観るべき展覧会としてぴったりの大型展となりました。

ここからは、ポイントとなる「見どころ」を5つに絞ってお届けしてみたいとお見おます。

伊藤若冲の作品・見どころ1 にわとり尽くし!

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画家として修行に励んでいた若き日の若冲は、自宅の庭で様々な鶏を飼育して、来る日も来る日も写生に励んだといいます。若冲の鶏に対する思い入れは大変強く、あらゆる動植物を色鮮やかに描いた代表作「動植綵絵」でも30作品中実に1/4以上となる7作品が鶏を描いた作品なのです。

本展では、精緻に描かれた着彩画から、軽妙なタッチで速筆で描かれた水墨画、様々なポーズを取る鶏が楽しめる大型の屏風絵まで、国内外から多数の「にわとり」たちが集結。時に写実的でシリアスに、時にゆるくコミカルに、変幻自在に描かれた「にわとり」たちがたっぷり味わえます。

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「鶏図押絵貼屏風」ミネアポリス美術館

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「鶏図」(部分図)島根県立美術館

また、老年期の水墨画作品には、鶏だけでなくひよこも一緒に描きこまれた作品があります。バラエティに富んだ若冲十八番の「鶏」を色々見比べながら楽しんでみてくださいね。

伊藤若冲の作品・見どころ2 ゆるかわ水墨画に癒やされる!

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「芦に鵜図」(※前期展示)

若冲は、晩年期自らを「米斗翁」と称し、人々から求められるまま即興・速筆で水墨画を描き、その対価としていくばくかの米代を受け取って糊口をしのぐという、まるで禅僧のようなシンプルな生活を送っていました。展覧会では、若冲が晩年期に手がけた軽妙洒脱な水墨画が多数展示されていますが、どれも非常に味のある作品が並んでいます。

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「寒山図」(部分図)(※前期展示)

たとえば本作。日本画の画題として二人セットで描かれるポピュラーな画題「寒山拾得図」で有名な寒山仙人です。通常、「寒山拾得図」で描かれる二人の仙人は、思い切り変人のような奇怪な顔つきで描かれる事が多いのですが、この若冲が描いた寒山は可愛すぎます!

また、その隣に展示されている三幅対の作品もいい感じにゆるく描かれています。この絶妙のデフォルメ加減が作品に面白みを加えていると言っても良いでしょう。

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「寿老人・孔雀・菊図」千葉市美術館(※前期展示)

特に、動物を描いた作品の中にも非常に多くの「ゆるかわ」系作品が多いのも本展の特徴。動物たちの「表情」や「かたち」をユーモアたっぷりに描いた作品群を観ていると、自然に癒やされていくようです。

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「猿蟹図」/有名な「さるかに合戦」から。猿の表情も絶妙ですし、カニを懲らしめているというよりは、マッサージをしているようなゆるさもたまりません。 

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「双鶴・霊亀図」MIHO MUSEUM/白く羽を蓄えた胴体を、思い切って「◯」で省略した大胆なデフォルメと、巨大なカメの朴訥な表情が味わい深いです。

伊藤若冲の作品・見どころ3 何これ?! 奇抜過ぎる画題

また、本展で見どころとなるのはいわゆる禅画風の「ゆるかわ水墨画」だけではありません。それすら通り越して、なぜこれを描いたのだろう?と、そのユニーク過ぎる画題や構図が目を引く「奇抜」な作品も多数展示されています。

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「橋脚図」

墨をたっぷり含んだ縦長の太い線で描かれた、シンプルな作品。タイトル「橋脚図」を確認するまでは、一体これはなんだろう?と、現代アートのような抽象的な画面に釘付になりました。どうやら、冬の雪に覆われた京都のどこかにかかっていた橋の「橋脚」をイメージして描かれた作品のようです。非常に珍しい画題ですよね。

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「正月飾図」(※前期展示)

続いてはこちら。正月のしめ飾りと鏡餅が描かれた、シンプルでおめでたい絵画。墨の濃淡に強弱をつけながら、ささっと描いたようで中央に結わえられた「海老」や「みかん」、「わら」の質感の描き分けなどは見事です。大きなお餅にもなんとなく癒やされる感じもします。

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「石峰寺図」京都国立博物館

石峰寺は、近年特に若冲ゆかりの地として有名な黄檗宗のお寺です。天明の大火以降、若冲は一時期石峰寺に身を寄せていたこともあったと言われ、自らがデザイン・奉納した「五百羅漢」の石像が今もお寺の境内裏に約四百数十体残されています。

そんな若冲が描いた石峰寺の全体図ですが、これが凄い!秘境感満載の幻想的な大寺院として描かれた石峰寺の名物・龍宮門の前にはかわいい仁王像が立ち、ひときわ高い丘の上には中華風な五重塔が描かれています。また、境内にはユルカワな五百羅漢たちが思い思いの姿で遊行しています。公式図録には「若冲には石峰寺がこのように見えていたのではないだろうか」とサラッと結ばれていましたが、まさに若冲のイマジネーションの豊かさを感じされる作品でした。

こうした斬新で奇抜な画題の小品は「個人蔵」の作品が多く、今回観ておかないと次回はなかなか観ることができないかもしれませんね。

伊藤若冲の作品・見どころ4 水墨画でも超絶技巧を発揮!

しかし、若冲は決して即興・速筆で描いた水墨画においても、決して手を抜いて適当に描いたわけではないのです。長年の修練の結果、熟達したオリジナルな画技をいくつもマスターしていたからこそ、短時間で作品を量産できたのです。本展に展示されている作品からも、その独創的な技術の数々を見ることができます。いくつか観ていきましょう。

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「乗興舟」(前後期で場面替え、後期展示は千葉市美術館所蔵)

若冲が得意とした、拓版画の名作。若冲は、通常の木版画ではなく、石碑やレリーフを転写する「拓本」技術を応用した「拓版画」を得意としました。本展では、「奇想の系譜展」でも展示されていた若冲の拓版画の代表作「乗興舟」(じょうきょうしゅう)が登場。直接墨を紙の上に置いていく手法で制作された拓版画の独特の味わいがたっぷり楽しめます。

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「菊花図」デンバー美術館

続いて、本展で最もわかりやすく目につくのが、「筋目描き」と呼ばれる若冲が独自の水墨技法です。江戸時代当時、書画を描くために使用された「画仙紙」は、吸湿性が強くて墨がにじみやすい特性を持っていました。画仙紙に滲んで広がっていく墨は決して混ざり合うことがなく、乾くと境界に白い筋目が残るのです。この画仙紙特有の性質を利用して、即興の場で映えるオリジナル画技として若冲が開発したのが「筋目描き」です。

たとえば、上記の画像をさらに拡大してみましょう。
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「菊花図」(部分図)デンバー美術館

しっかりと花びら部分ににじみの「境界」ができていて、それが独特の風合いを持つ輪郭線として機能していますよね。

もう1点、たとえば亀の甲羅なんかにもしっかりこの「筋目描き」技術が使われていますよ。

福島でふたたび開催! 2019年の伊藤若冲展は「水墨画」の魅力爆発でした!
「松下双亀図」(部分図)(※前期展示)

いかがでしょうか?これ、簡単そうに見えますが、当時若冲だけが使いこなせた繊細な超絶技巧なのです。若冲作品の真贋やクオリティを測る時、一つのものさしとなるのがこの筋目描きとも言われています。展示されている相当数の作品で使われているので、注目して見て回ると面白いですね。

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「梅花叭々鳥・牡丹白鶴図」(部分図)公益財団法人鍋島報效会/一気呵成に引かれた、勢いのある激しい描線は筆ネイティブならではの技。

若冲の水墨画の美しさの一つは、決してやり直し、後戻りができない水墨画であるにもかかわらず、筆の勢いに迷いが全く無いことです。鶏の尾っぽを表現する絶妙のカーブ、下草などを描く時のシャープな描線、緩急自在の描き回しは、まさに美術評論家・山下裕二氏のいう「筆ネイティブ」による圧巻の筆さばきです。

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「旭日老松図」(部分図)ミネアポリス美術館/動きのあるシャープな筆勢で描かれた老松の枝葉。年老いてもまだまだ元気でやれる!と若冲が語りかけてくるようです。

普段から「筆」を使うことがなくなった現代人の目から見ると、まさに気持ち良いくらい伸びやかで変幻自在の若冲の筆さばきはまさに驚異的です。「水墨画」ならではの確かな筆勢をじっくり感じてみてくださいね。

また、所蔵元の意向でネット上に画像を掲載できないのですが、貴重な「升目描き」作品も展示されています。「升目描き」で描かれた若冲のものとされる屏風絵には、有名な学者の間で真贋論争に決着がついていないものもありますが、本展に展示されている水墨画の「白象群獣図」については、研究者もほぼ満場一致で若冲作であろう、太鼓判を押すクオリティ。自由に画技を探求した市井の画家・若冲ならではのオリジナル作品を是非堪能してみてください。

伊藤若冲の作品・見どころ5 復興のイメージが重なる作品群

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「蓮池図」大阪・西福寺(※前期展示)

ところで、若冲も又、天明の大火で一旦家も家財道具も貴重な画材や作品群も一切失うなど、天災によって一旦裸一貫になって大坂で避難生活を余儀なくされた時期がありました。その時に若冲が描いた代表的な作品が「蓮池図」です。妙に元気がなく、萎れかけた蓮が描かれるなど、若冲らしいユーモアや溌剌とした筆勢が感じられません。少し前までは、本作は老年期に遭遇した逆境を前に、若冲は生きる気力を失いかけていたのではないか、と解釈されていました。

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「蓮池図」(部分図)大阪・西福寺(※前期展示)/よく見ると、枯れて倒れてしまった蓮の横に、小さな蕾が力強く直立していることに気付かされます。

しかし、監修者の狩野博幸先生は、近年になって再度本作を見直した結果、控えめながら上向きに描かれた蓮の「つぼみ」に着目。この「つぼみ」こそ若冲が逆境にあっても決して希望を失わず前を見据えて画業に取り組んでいた姿であり、本作こそが私達を勇気づける希望の作品だというのです。

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「百犬図」/展覧会の終盤でひと際目を引く、若冲晩年に手がけられた着彩画の傑作。

もう一つ、筆者が注目したのはポスターのメインビジュアルにも選ばれた「百犬図」。若冲が亡くなる前年に描かれた最晩年の着彩画の傑作です。様々なポーズや表情のかわいらしい子犬たちが画面を埋め尽くす構図は、全盛期に画面いっぱいに動植物が描かれた動植綵絵と共通する「増殖する」イメージがあります。新しい命=子犬たちが画面上に殖え広がっていく様は、まさにこれから福島が震災のダメージから力強く復興・発展していく姿と重なって見えました。

今回の若冲展も凄かった! ファンなら観て損なしの素晴らしい展示です

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「老松鸚鵡図」(部分図)/若冲の「超絶技巧」が冴え渡った、壮年期に描かれた傑作の一つ。

「復興」を強く願う福島県民のリクエストによって再び開催されることになった伊藤若冲展。前回の「若冲がきてくれました展」では、東北全域はもちろん、遠く関西や九州方面からも熱心なファンが連日詰めかけたといいます。今回の「伊藤若冲展」もまた、日本中どこからでも遠征して見に来るだけの価値が十分にある、素晴らしい展覧会でした。
広大な福島県立美術館の展示スペースにぎっしりと作品が並ぶさまはまさに圧巻でした。

ちなみに交通事情は非常に良好。東京や仙台といった他府県から福島県立美術館へ急ぐには、JR福島駅で新幹線を降りてそこからタクシーに乗るのが最短ルートとなります。筆者も東京駅から新幹線で向かいましたが、速い便に乗ったのでわずか90分程度でJR福島駅に到着しました。

一見、かなり遠いイメージがありますが、駅からのアクセスが良く、体感距離は意外に「近い」福島県立美術館。会期が短めですので、是非ゴールデンウィークなどの大型連休を活用してチェックしてみてくださいね。

展覧会名 東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展「若冲」
会場 福島県立美術館
会期 2019年3月26日(火)~2019年5月6日(月・祝)
(前期:3/26~4/14、後期:4/16~5/6)
展覧会公式サイト

文/齋藤久嗣

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