京都の出版社「芸艸堂(うんそうどう)」の凄すぎる版木蔵を訪ねてみた!

京都の出版社「芸艸堂(うんそうどう)」の凄すぎる版木蔵を訪ねてみた!

京都の寺町二条にある木版画や和綴本を手掛ける老舗の出版社・芸艸堂(うんそうどう)。社員はわずか10名ほどの少数精鋭なのですが、日本において「木版和綴じ本」を唯一手掛け、伝統文化を守る最後の砦として日々奮闘している会社なのです。最近では展覧会グッズも積極的に手掛けており、日本美術や浮世絵の展覧会で「UNSODO」とロゴの入ったミュージアムグッズを通して芸艸堂の存在をご存知の方も多いかもしれません。

じつは今回、同社の社員の方の紹介で、芸艸堂が所有する日本一の「版木蔵」を見せて頂けることになり、早速同社の代表取締役社長 山田博隆さんに取材させていただくため、京都まで行ってまいりました。本稿では、まるで異世界のような光景に圧倒された版木蔵の詳細レポートと共に、これまで「和綴じ本」の伝統文化を受け継いできた芸艸堂が現在取り組んでいる様々な活動について紹介してみたいと思います!

京都の伝統工芸と深く関わりのある老舗出版社・芸艸堂とは?

冒頭でも触れたとおり、大半の人にとっては、芸艸堂との初めての接点はミュージアムグッズを通してとなるかもしれません。たとえば、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)や神坂雪佳(かみさかせっか)の絵をモチーフとしたマスキングテープやメモ用紙、ポチ袋などは、浮世絵や日本美術を専門とする美術館でよく見かけます。あるいは、最近は展覧会図録やリーフレットなども手掛けていたりします。図録の最終ページに「発行:芸艸堂」と書かれているかどうかチェックしてみてください。熱心な美術ファンの方なら、案外、家に同社が制作した図録があるかもしれません。

このように事業の多角化に積極的に取り組んでいる芸艸堂ですが、創業以来その本業は、木版画をベースにした和綴じ本の出版。創業は、明治中期の1891年に遡ります。同社の創業当時には、まだ輪転機等による高度なカラー印刷技術は存在せず、浮世絵や各種絵本などに見られるような木版印刷が全盛でした。芸艸堂は、京都で伝統工芸を営む西陣織や京焼などの工房などに、職人たちが使う業務用「デザイン」を木版画ベースの和綴じ美術書として提供する「プロのための美術出版社」でした。

ちなみに、芸艸堂という社名は、紙を食べる害虫「紙魚(シミ)」除けとして本のしおりなどに活用された「ヘンルーダ」という柑橘系の草=「芸艸」(芸香)に由来しています。明治期に関西を中心として活躍した文人画の巨匠・富岡鉄斎(とみおかてっさい)が「芸艸(かほりくさ)此艸を書籍にはさみおくと虫が喰わぬとて古来書物屋の号によしと聞く」と詩に詠み、同社を「芸艸堂」と名付けました。

創業当時の貴重な写真。京都の町屋らしい風情が漂っています。ちなみに今よりも社員数が多いかも?!

木版画全盛だった明治時代には、芸艸堂のような「デザイン」や「意匠」を工芸職人たちに提供するプロ御用達の出版社は他にも京都市内だけで数社あったのだそうです。実際、カラー写真や印刷技術が未発達だった明治時代は、発色の良さという点では依然として木版画がNo.1だったからです。(※ちなみに、現代でも実は木版画による発色の方がきれいな場合も多い)

木版印刷による発色と、ポチ袋のカラー印刷を比較。現代の印刷技術をもってしても、プロの職人が手掛けた木版画には敵わない。

しかし徐々にコロタイプ印刷~オフセット印刷など木版に代わるコストの安い印刷技術が普及し、カラー写真の精度が改善するにつれ、職人の手作業で各工程を進めていく木版画は劣勢になっていきます。こうして大正~昭和にかけて次々と木版印刷を廃業する同業者が続出。そんな中、芸艸堂は富裕層向けの京都画壇の作家たちの作品の版画化や掛け軸の複製、「絵葉書」ブームでの特需、新版画作家の支援など、様々な機転で経営のテコ入れを図りながら、廃業した同業者から版木を次々に買い取る「求版」活動に力を入れて逆風の中を生き残っていきました。

木版画の火を消すな!復興に向けての芸艸堂の積極的な取り組み

こうして、激動の100年間を生き残り、2019年現在も京都・東京の2拠点で木版画技術をベースとした様々な事業を手掛ける芸艸堂ですが、山田社長には「どうしてもここまで受け継いだ木版画の伝統技術を絶やしたくない」という強い思いがありました。決して楽ではない経営状況の中、芸艸堂は現在「北斎漫画」再版など同社のルーツに根ざした木版和綴じ本の制作を順次進めています。

クラウドファンディングも活用した「北斎漫画」全巻復刻プロジェクト

芸艸堂では、所蔵する版木を使って、数年がかりで「北斎漫画」全15巻を摺り直した最新の復刻版を制作するプロジェクトを終えたばかり。全部で150セット制作し、本当に必要としている購入者に少しずつ販売を続けているそうです。

しかしこの復刻版制作は、同社にとってそれなりの「一大プロジェクト」でした。なぜなら、木版多色摺りの版画制作技術のピークは明治時代。職人がいなくなれば技術も廃れます。気がつけば、2010年代において「木版和綴じ本」の各製作工程を支えるための技術を備えた工房や職人はほぼ枯渇していました。すでにある版木を使って和綴本を1冊制作するには、版木の修復作業にはじまり、印刷に適合した和紙の確保、和綴じの技術、腕のよい摺り師をそれぞれ確保しなければなりません。

つまり、版木があればすぐに復刻できるわけではなく、各工程を担う材料や職人を調達するために莫大なコストがかかるというわけです。そこで山田社長が目をつけたのは、クラウドファンディングによる資金調達でした。

もちろん、クラウドファンディングで調達できた金額は全体コストのほんの一部しかカバーできません。わずか150セットの出版事業ではありますが、最終的に出版コストは1000万円以上になったそうです。それでも敢えてクラウドファンディングに挑戦したのは、少しでも木版和綴じ本という「伝統技術」について幅広く知ってもらいたかったから。広報活動としての側面が強かったのだそうです。

結局プロジェクト開始から約2年をかけて、「北斎漫画」全15巻の復刻再版は無事に完了。北斎研究の第一人者で、2019年初春に開催された新・北斎展の監修も務めた故・永田生慈(ながたせいじ)氏の解説もついた15巻一括セットは、店頭他Amazon等大手通販サイトでも買えるようになっています。現在、在庫は確実に減少中。残り40セットくらいなので、本物の「北斎漫画」がほしい人は是非!

版木蔵から復活!神坂雪佳の図案集「滑稽図案」

ちゃんとISBNもついており、Amazonでも買える神坂雪佳「滑稽図案」

「北斎漫画」プロジェクトを終えて一段落した芸艸堂が、その後次に手掛けたのが、明治時代以来、同社がリアルタイムで懇意にしてきた図案作家・神坂雪佳(かみさかせっか)の手掛けた図案集。彼は生前に呉服屋など京都の伝統工芸を手掛ける職人たちのために、木版による図案集を多数発表していますが、ほぼ一手に雪佳の出版を引き受けたのが芸艸堂でした。

その後雪佳が亡くなると、生前の名声は失われ、一旦は忘れ去られた作家になってしまいます。しかしその後、平成に入ってからエルメスの季刊誌で取り上げられたことがきっかけで、半分逆輸入されるような形で注目されることに。つづいて琳派を取り上げた展覧会でも相次いで作品が展示され、人気が復活。改めてその斬新なデザインセンスが現代のアーティストなどにインスピレーションを与えています。

本作「滑稽図案」は神坂雪佳の渡欧体験から着想を得て生まれたユニークな図案作品集。当初ヨーロッパで大流行していたアール・ヌーヴォー様式に強い影響を受けた斬新なデザイン47種類を収録しています。1903年(明治36年)の初版原版木を使用し、現代の摺師・森光美智子氏によって再版されました。

ちょっと見てみましょう。

こうして見てみると、木版画の仕上がりは抜群ですね。画像のコントラストは全く調整していないのに、和の雰囲気を湛えつつビビッドな発色が雪佳の斬新なデザインとよくマッチしています。ちなみに本書は、第53回造本装幀コンクールに入賞しました!

いよいよ至宝満載の「版木蔵」に潜入!

芸艸堂4代目当主・代表取締役社長 山田博隆さん。今回、特別に版木蔵の中をご案内いただきました。

さて、事務所で芸艸堂の活動内容や社史について一通りお伺いした後は、いよいよ事務所のすぐ裏にある「版木蔵」を山田社長に案内していただくことに。版木蔵といっても、よく地方の名家などにある分厚いなまこ壁の石蔵という感じではなく、外見上は普通の倉庫という印象でした。普通に入り口のドアや格子窓なども空けてあります。

よほどの荒天時ではない限り、毎日出社時に蔵の扉や窓を空けて空気を入れ替えているそうです。

圧巻!天井まで積み重なった10万枚以上の版木!

さて、待ちに待った版木蔵に潜入です!

いや、想像していたよりも蔵の中は凄いことになっていました。2階建ての蔵には、芸艸堂が100年以上求版・新版し続けた版木が天井までうず高く積まれています。もちろん、美術館のようにうやうやしく1つずつハコに入っているということはなく、最低限の秩序を保って高密度で棚に「埋まっている」という感じ。

その数は軽く10万枚以上あるそうです。凄すぎて圧倒されました。

背丈よりも遥かにうず高く積まれた圧倒的な版木の量。まるで迷路の中に迷い込んだようです。

各棚には100年以上の歴史を持つ江戸・明治の版木がぎっしり。他社の廃業時に一括購入して以来、一度も中身を改めたことのない版木も多数あるそうです。

版木蔵は2階建て。この日、階段を上り下りするだけでも汗だくになりました。

2階には丈夫な縄がつけられた「滑車」も常備。以前使っていた時は、2階から1階への版木の上げ下ろしに活躍したのだとか。

実はこの版木蔵、僕が訪問した少し前に社員総出で大掃除を行い、その後柱や床などを張り替える大掛かりなメンテナンス工事を行っています。その時に約100年分のチリやホコリなどを除去し終わったあとだったので、かなり快適に見学できたのです。大掃除を行った時は、来ている服や靴から鼻の穴(?)まで全身真っ黒になったそうです。

そこで、どれか一つ見せていただくことはできますか?とお願いして、北斎漫画の版木を一つ選んで接写させていただきました。それが下記の版木ですが、思ったより繊細に浅く彫り込まれていて、当時の彫師の腕の確かさに唸らされました。

自在な刃捌きでくねった線が正確にごく浅くだけ彫り抜かれています。深く彫ってしまうと、逆に顔料が詰まって滲みやすくなるのだそうです。

紙を正確な場所に置くための目印として、版木にカギ型の「カギ見当」がつけられています。(指先のL字型の印)

また、蔵の中には版木だけでなく、過去に芸艸堂が手掛けてきた昭和時代の古い図案集なども山のように積み上げられています。山田社長いわく「僕もまだ把握できていない版木や作品集がまだたくさん眠っています」とのこと。

意外!?敢えて常温で管理することで版木を強く鍛える

古い版木は「縄」でくくってまとめられていました。版木は黒く変色していますが、どれも基本的には問題なく使える状態なのだとか。

しかしそれにしても意外だったのが、版木蔵の窓や扉が開放されていたこと。盛夏の昼下がりにお邪魔したので、当日の外気温は35度以上。京都盆地の夏をナメてはいけません。当然、版木蔵の中も同じくらいの温度がありました。汗だくになりながら蔵の中を拝見していたのですが、版木はこれで大丈夫なのでしょうか?!

そのあたりを山田社長にお聞きしてみたところ、実は美術館のように決められた温度・湿度で管理すると、蔵から出庫した時に急速に版木がぐーんと反ってしまって、逆に使えなくなってしまうのだそうです。自然の気温にできるだけ近い条件で保管することで、版木が却って長持ちするのだとか。

浮世絵作品は中性紙の専用ケースにくるんで暗室にて年間を通じて20度前後で厳密に管理して劣化を抑えるのに、それを生み出した版木は自然界と全く同じ環境の方が望ましいなんて、面白いですよね。

版木保管用に使われた新聞紙の見出しから、時代の流れを感じさせます。

また、1つ1つの版木は古新聞でくるまれています。中性紙じゃなくて、インクまみれの新聞紙でOKなの・・・?!と思ったのですが、実は新聞紙は何よりも効果的な虫よけになるのだとか。

このように、版木は美術館や博物館での厳格な温湿度管理とは真逆のアプローチで守られているのです。素人では絶対に考え付けないアイデアですよね。長年「木版」と向き合い、真摯に仕事を重ねてきた中で得た「経験知」を最大限活かすことで、貴重な財産を守っていらっしゃる姿勢に感動を覚えました。

店頭でも買える芸艸堂のグッズ。店舗限定のとっておきアイテムも?

さて版木蔵を一通り拝見したあと、最後に見せていただいたのが京都店の店舗スペース。芸艸堂では、基本的に同社がグッズ制作などを請け負った企画展に合わせて、グッズのラインアップを少しずつ増やしてきたそうです。

こちらでは、歴代のミュージアムグッズなどが展示販売されています。壁には同社で特に重点的に取り扱っている加藤晃秀(かとうてるひで)や笠松紫浪(かさまつしろう)・浅野竹二(あさのたけじ)といった新版画系の作家たちの作品がかかっており、棚には手ぬぐい、センス、トートバッグ、クリアフォルダ、北斎漫画の「豆本」シリーズなど、展覧会場でもよく見かける売れ筋の商品が一通り揃っています。

その中でも是非注目したいのが、他の展覧会場などでは見かけず、店舗でしか買えない「木版はがき」です。

1枚400円(税抜)と通常の絵葉書の数倍の価格なのですが、それもそのはず。よーく見ると1枚1枚すべて多色摺り木版画と同じ工程で制作されています。つまり、絵はがきとして販売されていますが、はがき大サイズの「木版画」ということですよね。ならばこの価格も納得です。プロの摺り師が1枚1枚丁寧に仕上げているのですから。

芸艸堂が手掛ける他の図案集と同様、非常にビビッドな発色で美しいのに、木版画ならではの独特な温かみや懐かしさもあります。

これこそ展覧会場で飛ぶように売れるのでは?!と思い、山田社長に「なぜ美術館のミュージアムショップで売らないのですか」とお聞きしてみたところ、木版画は基本的に手摺りで制作するため、大量に在庫を用意することができず、欠品リスクを考えると展覧会のグッズとして提供することは残念ながら難しいとのこと。なので必然的に京都店・東京店の2店舗と一部小売店舗でしか手に入らない「店舗限定商品」にならざるを得ないのですね。

ちなみにこうした小型サイズの木版画制作は、若手摺り師の育成にも有効なのだそうです。こうした小品で自信と技術をつけてから、北斎漫画のような大作に挑むわけですね。

もし芸艸堂の店舗に立ち寄る機会があったら、ぜひこの「木版はがき」チェックしてみてくださいね。あなたが購入することで、間接的に日本の伝統工芸を守ることにもつながっています!

版木蔵には、日本の伝統文化のエッセンスが詰まっていた!

版木蔵や店舗スペースの見学、山田社長へ直接お話を伺ってわかったのは、芸艸堂は128年にわたる長い社歴の中で、創立以来一貫して「木版画」にこだわって仕事を続けてきたということです。なによりも驚異的なのは、ここ100年以上ずっと業界自体が右肩下がりで需要が減り続けている中でも、同社が創意工夫を重ねて経営を続け、現在まで手摺りの木版画技術を絶やすことなく継承してきたことです。

そのベースになっているのは、10万枚以上の版木が眠っているという、芸艸堂の「DNA」といっても良い本社の版木蔵です。いや、もう事実上ここにしか江戸時代の版木は残っていないのですから、この版木蔵には日本の木版画文化のエッセンスが詰まっていると言っても過言ではないかもしれません。

今回あらためて取材させていただいて心に染みたのは、こうした日本の伝統文化を守り伝えていくことの難しさと責任の重みでした。わたしたちが美術展で快適に浮世絵や木版画を気軽に楽しめる裏には、現場で奮闘されている人々の努力あってこそなのですよね。

そんな伝統と歴史の詰まった芸艸堂ですが、最近ではふるさと納税(京都市)への返礼品に同社の木版画が指定されたり、立命館大学が同社と協業して版木のアーカイヴ化プロジェクトを始めるなど、地元・京都では木版画文化を大切にしようという機運も高まっているようです。日本で唯一残った手摺木版本の出版社・芸艸堂を今後も応援していきたいですね!

「芸艸堂」基本情報

京都店

住所: 京都府京都市中京区寺町通二条南入妙満寺前町459番地
電話: 075(231)3613
アクセス: 地下鉄(東西線)「京都市役所駅前」より徒歩5分
営業時間: 9:00~17:30
店休日: 土・日・祝祭日

東京店

住所: 東京都文京区湯島1-3-6
電話: 03(3818)3811
アクセス: JR・地下鉄千代田線、丸の内線「御茶ノ水駅」聖橋口より徒歩5分
営業時間: 9:00~17:30
店休日: 土・日・祝祭日

公式サイト:https://www.hanga.co.jp/

京都の出版社「芸艸堂(うんそうどう)」の凄すぎる版木蔵を訪ねてみた!
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