物事の順番は変えられない
今回の禅語:薪は灰となる、さらにかえりて薪となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち薪はさきと見取(けんしゅ)すべからず。
この禅語を読んでまず浮かぶのが、してしまったことを悔やんでも仕方がないという意味の「後悔、先に立たず」という言葉。そして「覆水盆に返らず」ということわざも浮かびました。
当然ながら、過去に戻ることはできませんし、後悔しても仕方のないこと。
過去から学び、今を一生懸命に生きることしか私たちにはできません。
ただ、そのことを理解はしていても、実際に自分の身に思わぬことや、受け入れ難いことが起きてしまったら、
「はい、わかりました! 切り替えます!」
と、スッと受け入れられないのが人間ですよね。
たとえ口ではそう言えたとしても、「あの時はこうだったのに」「でも」「なぜ」「もしかして」「今からでも」と、心の内にある”思い”がどんどん後から巡ってきて、膨らんでしまうものです。
切り替えが早い私も、たとえば対人関係において、感情的になってしまったり、突き詰めて考え込んでしまったりすることがあります。人って感覚が違って当たり前なので、想定外のことは必ず起こるものなのに…。
気づいたときにはしかめっ面になって、やる気はなくなり、頭の中はそのことでいっぱいに。気持ちが落ち込んで、何事も楽しめなくなってしまったり。気分が上がらず、それを忘れ去ろうと何か別のことをしてみるけれど、やり終えた途端に再び落ち込んだり。
そんな時にこそ、この禅語は、淡々と現状を受け止めさせてくれ、潔くバシっと意識を切り替えさせてくれる言葉だと思います。
「薪が灰に」という言葉は、人生をたとえているようにも思えます。
「子から親に」「先輩から後輩に」「出会いが別れに」「生は死に」…….。
始まりがなければ、その先もない。始まれば、その立場や環境を楽しむしかない! その流れが 「当たり前」で、人って変わっていくことや、その変化にどう対応していけるかを問われているように思います。順番は変えられないのだから!
そして、受け入れた先には、新しく何かが始まります。
祖父の死を受け入れた娘の成長
数ヶ月前、義父が急逝しました。娘は、祖父の死をなかなか受け入れることができず、その後ふとした折に、突然大号泣するようになってしまったんです。
子供って切り替えが早いように思えても、初めて経験する家族の「死」は、彼女にとって強烈なショックだったのでしょう。そのショックは「あの時こうしておけば良かった」「これができなかった」「自分がこうだったからいけなかった」と、だんだん彼女の中にある「後悔」や「自己を責める」というかたちに変わってしまっていました。
先日もまた、突然祖父のことを思い出して大号泣することがあり、二人でそのことについてゆっくり話し合いました。彼女の心の中にある悲観的な想いを受け止めた上で、「亡くなってしまった祖父のことをどんなに思っても、悲しんでも、もう祖父は戻ってこない。だったら、ネガティブな気持ちでいっぱいになるよりも、ポジティブに愛情いっぱいの気持ちで相手を想う方がいい。頭の中にある意識を切り変えて。姿がなく、もう会えないとしても、心の中で一緒にいて、祖父の分まで、祖父と共にあなたが人生を楽しまないと」という話をしたんです。
彼女は黙ってその話を聞いてくれていました。その後、彼女は旅先で突然、祖父のお気に入りだったサングラスにとてもよく似たサングラスを買うと言い出したんです。それは普段、彼女が手に取るようなデザインのサングラスではありませんでしたが、それまでは少しでも祖父のことに触れると涙をこぼしていた彼女が、そのサングラスを手にしているときはとても嬉しそうで、まるで祖父のお気に入りを手にしているような笑顔に見えました。
娘の心の中はわかりませんが、それは明らかに、彼女が祖父の死に正面から向き合い、その事実を受け入れて気持ちを切り替え、新しい世界をポジティブに歩み始めた姿でした。冒頭の禅語の意味合いを、私自身、深く感じる出来事となりました。
最近よく感じることが、世の中は刹那的であり、何らかの摂理により定まった法則の中で、私たちは「生かされている」に過ぎないということです。
人生では何が起こるか分からず、自分が想定した通りになるとは限りません。変わりゆくさまざまな要素の中に、自然環境、社会状況、健康状態、日々経験する事柄や人間関係などが絡み合っていて、私たちは先の見えない行き先に、ただ思いを巡らせているだけなのかもしれません。
だからと言って、客観的に世の中を捉え、冷めた目で見るのではなく、「起こることや目の前にあるものは、いずれなくなるもの」と、一つの物事に執着する気持ちを捨てるということ。それによってこそ、今しかないこの瞬間を大切に捉えられるように思います。
季節も白露を迎えて過ごしやすい気候になってきましたが、今しか味わえない秋への移り変わりをしっかり堪能したいと思います。
監修:横山泰賢(日光山 禅昌寺住職・曹洞禅インターナショナル会長)
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