『南総里見八犬伝(なんそう さとみ はっけんでん)』とは、江戸時代後期の小説家、曲亭馬琴(きょくてい ばきん)による伝奇小説です。曲亭馬琴、あるいは滝沢馬琴は原稿料だけで生計を立てる事のできた、日本初の「小説家」だと言われています。
代表作である『南総里見八犬伝』は、文化11(1814)年に第1巻が刊行され、それから28年もの歳月をかけて、天保13(1842)年に完結した、日本文学史を代表する長編小説の1つです。
『南総里見八犬伝』の内容
『南総里見八犬伝』は室町後期を舞台に、南総(現在の千葉県南部)の領主であった里見家の話から始まります。
里見家の長である里見義実(さとみ よしざね)は戦をしていていました。戦のさなか、とある武士の妻・玉梓(たまずさ)を処刑することになります。玉梓は最期「里見家を畜生道に落として、犬にしてやる」と呪詛を吐きました。
伏姫と八房
それから16年経ち、里見の城が攻められて、一族存亡の危機が訪れました。義実は愛犬の八房(やつふさ=八つのブチがある)に「敵将の首を取ってきたら、我が娘の伏姫(ふせひめ)をお前の嫁にやろう」と言います。すると八房は本当に敵将の首を取って来たのです。
八房のおかげで里見家は助かりました。しかし娘を犬に嫁にするなんて、義実は本気で言ったのではありませんでした。しかし八房は義実が用意した褒美には目もくれません。伏姫は「相手が犬だろうと約束は約束です」と言って八房と一緒に山中に消えました。
伏姫の悲劇
伏姫は「約束通り夫婦となったが、人間と犬では子は成さぬ」と言って読経をし、八房はその声に聞き入るように側にいました。するとそこに子供の姿をした仙人が現れます。
「里見の家は犬になる呪いを受けていたが、伏姫の読経でそれは解けた。しかし伏姫は八房の子を宿している」
突然の指摘に伏姫はうろたえて入水自殺しようとします。八房も黙ってそれに従おうとしますが、ちょうど伏姫を助けにやってきた里見の家人、金碗大輔(かなまり だいすけ)に撃たれて死んでしまいました。しかし、その流れ弾に当たり伏姫も致命傷を負ってしまいました。
慌てて助けようとする大輔ですが、伏姫は犬の子など宿してない証明に、大輔の目の前で腹を切って自害してしまいます。すると伏姫の腹から白い光が流れ出て、伏姫の数珠に宿り、数珠の中の八つの大玉が方々に飛んでいきました。
大輔はその場で出家して、八つの玉の行方を追います。やがて体のどこかに痣と玉を持つ8人の若者が現れました。若者たちは大輔と出会い、その痣と玉の意味を知り、神となった伏姫と八房の霊に導かれ、里見家に仇なす妖怪と化した玉梓打倒を目指します。
――と、こんな感じのストーリーです。どこかで聞いたような話だなぁ……と、思ってしまいますが、そのどこかで聞いたようなストーリーの原典こそが『南総里見八犬伝』なのです!!
でも今回紹介するのは内容よりも『南総里見八犬伝』の挿絵。犬好きによる犬好きのための犬ミュージアムを作ろうとしていたら、『南総里見八犬伝』の挿絵の犬があまりにも可愛かったのです!
稀代の犬絵師「柳川重信」
柳川重信(やながわ しげのぶ)は江戸後期の浮世絵師。葛飾北斎の門下生でした。彼は『南総里見八犬伝』が初めて出版された時の表紙絵・挿絵を担当していました。まぁ、とにかくご覧ください。
いや、あの、確かに八犬伝という題名ですが……
犬は八房しかいないんですよ……八犬士は、いちおう八房と伏姫の子となっていますが人間なので、子犬じゃないんですよ。
柳川「そうか。八犬伝だけど、別に八匹の子犬がいるわけではないのか」
だからって増やさないでくださいよ!! ミッチリギッシリ子犬を描き込む人がありますか! ほら、犬好きの皆さんが目を輝かせて「わぁい! この空間に飛び込みたぁい!」なんて言ってるじゃないですか。
八犬士は人間なんですってば! 落ち着いてください!
柳川「八犬士は犬の子だけど、人間……と」
そうじゃない。そうじゃないんですよ、柳川さん……。
ここらへんで柳川さんの担当編集者さん(って当時いたんでしょうか)は諦めたんだと思います。
表紙に犬がいるのを良しとした出版社。でも……。
隙あらば犬が増える
さすがに怒られたのか(?)次巻は犬がまた控えめになります。
柳川さんの書く子犬って、顔がゆるキャラすぎません?
子犬がいるのは諦めましたから、せめてキリっとした顔にしてくれませんか? 八犬士ってヒーローですし……。
とかそんなやりとりがあったのでしょうか。キリっとした顔の子犬……。
の、下にゆる顔の子犬……! ブレない! まったくブレないぜ、柳川さん!!
そしてやっぱり、隙あらば増やす
他の絵師との合作ならば、さすがに控えるだろう
と担当編集者(?)は思ったのでしょうか。狩野派の絵師、渓斎英泉(けいさい えいせん)という美人画・風景画を得意とする絵師と合作の挿絵を書きます。
どうあがいても子犬!
もう、八匹までならいいですよ……
ついに担当編集者(?)も足掻くのを諦めたのか、とうとう八犬伝=子犬の表紙になっています。
肉球の足跡までつけちゃって……
最終的にはこのドヤ顔です
子犬は可愛い、可愛いは正義。子犬しか勝たん!! そんな柳川重信のガッツポーズが見えるような挿絵です。
明治になっても八犬伝といえば犬!
犬が好きすぎる柳川重信と、出版社の悲喜こもごもが見え隠れする、初版八犬伝。明治になってからも犬好き絵師の腕の見せ所だったようです。
令和でも通用するデザインロゴ
まずは挿絵ではなく、『南総里見八犬伝』のロゴの部分なんですが、ご覧ください。
明治15(1882)年に出版された本なのですが、里の字が犬の顔、犬の字がお座りしている犬の形になっています。見事なデザインです。このデザイナーさん、犬愛に溢れまくっています。
ダルメシアン……?
こちらは明治21(1888)年に出版された、子ども向けの「絵本 里見八犬伝」
明治に入って洋犬も日本に来たからか、ちょっとダルメシアンっぽい八房です。伏姫のお経に耳を傾けている様子が、ビクターマークのニッパー君っぽくて可愛い。(ニッパー君がビクターのマークになったのは1900年になってからですが)
明治になっても受け継がれる八匹の子犬
これは明治26(1893)年の本ですが、柳川重信を彷彿とさせるゆる顔子犬。愛犬家たちに八犬士=八匹の子犬というイメージを植え付けた柳川重信の功罪の大きさよ。
かわいすぎる伏姫と八房
こちらも子ども向けの読本。明治45(1912)年に出版された『お伽八犬伝』です。
伏姫の衣装がカワイイ! そして伏姫を見上げる八房の優しそうな目! これは愛されて育ったワンコの目ですよ! とても伏姫を嫁にするために敵将の首を咥えて来るようには見えません!
そしてこの大型犬っぽいぶっとくて大きい足! この絵師、実際に大型犬を飼っていると見ましたが、どうでしょうか。
褒めて褒めてー!
最後は昭和4(1920)年に出版された、子ども向け八犬伝の挿絵。
この八房の後ろ姿!! 主人を見上げる背中から溢れる「褒めて」感!! まさに犬が好きでよく観察しているから描ける絵だと思います!!
里見さんも、後ろの家来も、持って来たのが生首じゃなくて投げたボールなら、わっしゃわっしゃ撫でくり回したんでしょうね……。
というわけで、「国会図書館デジタルコレクション」で見れる可愛い犬コレクション、南総里見八犬伝編でした! これは現代で出版されている八犬伝の挿絵も気になってくるところですね。と思ってちょろっとAmazonで表紙を見ていたんですが、ざっと見た所、八匹の子犬が描かれているものはありませんでした……。
というか、明治以降八犬伝の挿絵の犬はほぼ八房オンリーですね。柳川重信……何が彼をここまで突き動かしたのでしょうか……謎の犬好きすぎ絵師としてもっと名を轟かせるべきでは?
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