若冲ファン&日本美術ファンが待ち望んでいた、生誕300年記念「若冲展」がいよいよ、4月22日(金)から、東京都美術館で始まります!
そこで、展覧会に出品される代表的な作品とともに、若冲という奇想の絵師について振り返ってみましょう。
下/枡目描きという手法で動物と鳥が織りなす極楽浄土を描き上げた人気作品。《鳥獣花木図屏風(ちょうじゅうかぼくずびょうぶ)》紙本着色 六曲一双 各168.7×374.4cm エツコ&ジョー・プライスコレクション
江戸時代の絵師の中でも絶大な人気を誇る伊藤若冲。『和樂』4・5月号で詳しくご紹介したように、その奇想なる若冲ワールドは、今見てもユニークで新しく、わくわくするような美しさに溢れています。
下/若冲のファンタジックな画風を代表する、かつて幻とされた名画。《象と鯨図屏風》紙本墨画 六曲一双 各159.4×354.0cm 寛政9(1797)年 MIHO MUSEUM
若冲を「わかおき」と読む人はさすがに少なくなっているようですが、どんな人生を送ってきたのか、いかにして「奇想」と称されるキテレツな絵画表現を身につけたのかということまではご存じない方の方が多いでしょう。
下/植物や動物に向けた眼差しから生まれたユニークな絵巻。重要文化財《菜蟲譜(さいちゅうふ)》絹本着色 一巻 32.0×1075.3cm 寛政4(1790)年 佐野市立吉澤記念美術館
絵に没頭した京都・錦市場の坊(ぼん)
若冲が生まれたのは、徳川幕府によって政治経済が安定しきっていた江戸時代中期。正徳6(1716)年2月8日に、今も京の台所として賑わっている錦市場の青物問屋「桝屋(ますや)」の4代目となる長男として、期待を一身に受けながらの人生のスタートでした。
幼いころから若冲は絵にキラリと光る才能をかがやかせていたようで、10代の半ばには狩野派の流れをくむ絵師・大岡春卜(しゅんぼく)について絵を学び始めています。
しかし、元来自由に絵を描くことが好きだった若冲は、手本に忠実に描くことを指導される狩野派になじめず、そのころ流行っていた中国伝来の宋元画を熱心に模写するようになります。しかし、それもコピーでしかないことに気づいてあっさり中断。やがて生家が商う野菜や錦市場に並ぶ魚、自宅の庭で飼っていた鶏といった身の回りのものを観察し、詳細に写生することへのめり込んでいきます。
しかし、有力な青物問屋の跡取り息子という立場上、若冲が絵師を目ざすことはなく、さりとて商売にも興味はなく、絵を描くことで気を紛らわせるような日々が続きます。
たくさんの犬がじゃれ合っている作品は《百犬図(ひゃっけんず)》絹本着色 一幅 142.7×84.2cm 個人蔵 【期間限定 4月22日~5月8日展示】
青物問屋の後継ぎから絵師へ
若冲が23歳になったころ、父の急逝によって「桝屋」4代目になったのですが、最大の関心事は相変わらず絵を描くこと。家業そっちのけで写生に没頭していたといいます。
そんなころ、優れた博識をもち学芸全般に秀でた禅僧・大典禅師(だいてんぜんじ)と出会ったことよって、大きな転機が訪れます。
大典は若冲の絵の才能を認め、励ましの言葉をかけ、それに応えるようにして若冲は仕事もそっちのけで作画に邁進。やがて禅への帰依も進めていきました。
40歳になった若冲はようやく一大決心をします。家督(かとく)を次弟に譲り、大典禅師が住持をつとめた相国寺(しょうこくじ)へ移り住み、長らく趣味としてきた作画を生業とすることにしたのです。
やがて若冲が取りかかったのが、かつて写生を繰り返した動植物を題材にした絵を仕上げること。約10年の歳月をかけ、当時大変高価だった岩絵具(いわえのぐ)も生家の潤沢な富をつぎ込んで贅沢に使い、長年蓄積した技術をいかんなく発揮した色彩豊かな花鳥画のシリーズが、若冲畢生(ひっせい)の名作として知られる『動植綵絵(どうしょくさいえ)』です。
下/若冲畢生の名作《動植綵絵》(絹本着色 一幅)より左から《動植綵絵 南天雄鶏図(なんてんゆうけいず)》142.6×79.9cm、《動植綵絵 梅花群鶴図(ばいかぐんかくず)》141.8×79.7cm、《動植綵絵 群鶏図(ぐんけいず)》142.6×79.7cm、《牡丹小禽図(ぼたんしょうきんず)》142.7×80.0cm、《動植綵絵 老松白鳳図(ろうしょうはくほうず)》141.8×79.7cm 宮内庁三の丸尚蔵館
若冲畢生の名画が完成
この『動植綵絵』のうち24幅と『釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)』3幅を、50歳になった若冲は相国寺に寄進しています。さらに翌年の、父の三十三回忌に6幅を寄進して『動植綵絵』30幅は完成。その裏には、当時独身だった若冲が「枡源」の跡継ぎとして期待をかけていた末弟が亡くなり、渾身の作品を寄進することによって、両親と末弟、そして自分自身の永代供養を願ったという話があります。
相国寺ではその後『動植綵絵』30幅と『釈迦三尊像』3幅を公開。すると、美に通じた京の町衆は口々にほめそやし、その素晴らしさから若冲は一躍人気絵師の仲間入りを果たしたのです。
下/『動植綵絵』とともに寄進された《釈迦三尊像》 絹本着色 三幅 明和2(1765)年以前 京都・相国寺。左から《普賢菩薩像(ふげんぼさつぞう)》219.4×110.1cm、《釈迦如来像(しゃかにょらいぞう)》212.4×111.4cm、《文殊菩薩像(もんじゅぼさつぞう)》210.4×114.4cm
『動植綵絵』はその後、相国寺にとっても大きな意味を持つようになります。それは、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって疲弊したことから『動植綵絵』30幅を皇室に献上したこと。そのおかげで相国寺は難を逃れることができたのです。
それは『動植綵絵』にとっても僥倖で、皇室の御物となったことで散逸することなく、大切に保存されたことから描いた当時の美しい色彩の状態が保たれることにつながったというわけです。
絵師・若冲の意外な素顔
『動植綵絵』の制作当時の若冲は、絵師として最も脂が乗り切っていたころで、障壁画や屛風、画巻などを同時に手がけ、水墨画にも才を発揮しています。その後の若冲の絵師人生は悠々自適に生きていたと思われていたのですが、『京都錦小路青物市場記録』という古文書には、意外な姿が記されていました。
同書によると、明和9(1772)年、錦市場は奉行所から営業差し止めを言い渡されています。なんとそれは近在の商売敵である青物問屋の陰謀で、当時50代半ばで錦市場の町年寄に名を連ねていた若冲は、市場存続のため奔走。
商売敵の懐柔策にも耳を貸さず、いざとなれば幕府の評定所(ひょうじょうしょ)に直訴(じきそ)することを心に決め、関係者が処罰されることがないように町年寄を辞める覚悟も固めていたとか。
若冲の活躍によって錦市場は危機を脱し、今日まで繁栄していることを考えると、若冲の印象もかなり変わってきます。
下/野菜で涅槃図を描いた背景には、錦市場で野菜を写生し続けたことがあったのか。《果蔬涅槃図(かそねはんず)》紙本墨画 一幅 181.7×96.1cm 京都国立博物館 【期間限定 5月10日~5月24日展示】
73歳のころには、京を襲った天明の大火で自宅を焼け出されるも、絵に対する熱意は失われず、78歳になったころには以前『五百羅漢石像』を制作した黄檗宗(おうばくしゅう)の石峰寺(せきほうじ)の門前に隠棲(いんせい)しながら、老いてもなお絵に対する情熱を失うことはありませんでした。
かつての豊かな富やゆかりの人々は失ったものの、若冲は米と絵を交換するという意味の「斗米菴(とべいあん)」と号しながら、80代の半ばで亡くなる最後の最後まで絵筆をとり続けたといいます。
21世紀になって一躍スター絵師となる
師も弟子ももたず、絵師としての輝きを一代限りでとどめた若冲の名は、以後の日本美術史で顧みられることがなくなります。
それが、没後200年にあたる平成12(2000)年に京都国立博物館で開催された「若冲展」で状況は一転します。少しも色褪せていない鮮やかな彩色、エキセントリックなまでの細かい描写、遊び心に満ちた構図、様々な実験的な画法……。
あまりに斬新なその絵の数々は見た人を一様に驚かせ、若冲の名は瞬く間に広がっていったのです。
さらに、平成18(2006)年に東京国立博物館で開催された「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」は2カ月弱の期間中、約32万人という記録的な大ヒット。若冲は「奇想の絵師」として一大ブームを巻き起こし、今も高い人気を誇っています。
上/若冲は版画にも才を発揮した! 《花鳥版画 鸚鵡図(おうむず)》木版着色 直径26.5cm 明和8(1771)年 公益財団法人 平木浮世絵財団
そんな若冲のすべてを知ることができる待望の展覧会が、東京都美術館で開催される、生誕300年「若冲展」です。
不朽の名作『釈迦三尊像』3幅と『動植綵絵』30幅がそろって展示されることをはじめ、若冲の個人コレクターとして有名なアメリカ人、ジョー・プライスさんと奥様のエツコさんによる「プライスコレクション」からユニークな枡目描きの『鳥獣花木図屛風』などの名画が里帰りして、45年にわたる若冲の画業のすべてを見ることができるのです。
この、またとない機会に、若冲のすごさ、楽しさ、おもしろさを、ぜひ確認してみてください!
下/若冲といえば鶏。ダイナミックに鶏を描いた襖絵も登場。重要文化財《仙人掌群鶏図襖絵(さぼてんぐんけいずふすまえ)》紙本金地着色 襖六面 各 177.2×92.2cm 寛政2(1790)年 大阪・西福寺
生誕300年 若冲展
会期/2016年4月22日(金) ~ 5月24日(火)
会場/東京都美術館 企画展示室 東京都台東区上野公園8-36
休室日/4月25日(月)、5月9日(月)
開室時間/9時30分~17時30分(金曜は20時まで 入室は閉室の30分前まで)
観覧料/1,600円(大学生・専門学校生1,300円、高校生800円、65歳以上1,000円、中学生以下は無料)※詳細は特設WEBサイトへ
※5月18日(水)はシルバーデーにより65歳以上の方は無料、当日は大変な混雑が予想されますのでご来場の際はご注意ください。※身体障がい者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方1名までは無料(いずれも証明できるものをご持参ください)
特設WEBサイト http://jakuchu2016.jp