根津美術館の『燕子花図屏風』の展示といえば、お正月に開催される三井記念美術館http://www.mitsui-museum.jpの『雪松図屏風』(国宝 円山応挙)の展示、2月頃行われるMOA美術館http://www.moaart.or.jpの『紅白梅図屏風』(国宝 尾形光琳)の展示とともに、日本美術ファンにとっては見逃せない”風物詩的行事”。毎年、この『燕子花図屏風』の公開が始まると、「ああ、もうじきゴールデンウィークなんだなあ」と実感するようなわけです。
『燕子花図屏風』に隠された本当の意味とは?
尾形光琳による『燕子花図屏風』は、いまさら解説するまでもないほど有名な作品。金地に描かれた燕子花の、幾何学的ともいえる構図の妙。絶妙な余白の美しさ。そしてそもそもの燕子花の花弁の発色の美しさと、図案化されたようなその形状。右隻、左隻合わせると7メートルにも及ぶ大作です。
アンドリューもここ数年、この時期に拝見させていただいているのですが、何度みても、この屏風の前を離れ難い思いにとらわれ、言葉もなくみいってしまいます。何時間みていてもみ飽きることのない、不思議な魔力を持った屏風絵です。
通常、雑誌や書籍、画集でこの作品をみると、六曲に折れ曲がったはずの作品が、べったり平面にした状態で掲載されていることがほとんどです。しかし本来は屏風なわけですから、折れ曲がった状況でみるべきもの。
『燕子花図屏風』は、ジグザグの幾何学線のような配置で燕子花が描かれており、そこに光琳のみごとなまでの意匠がみてとれる・・・。
・・・とは、よく日本美術の解説書で語られていることなのですが、それは六曲に折れ曲がった状態で拝見して初めてわかるもの。ですから、まだ、この作品を実際にご覧になったことがないという方は、どんなことがあってもこの機会に本物をご覧になることをお勧めいたします。
琳派という美術様式の持つ本当の意味が、そして光琳という偉大な絵師の天才性が、そのことで否応なしに理解できるはずです。
和歌と大和絵の関係を知ると、日本美術はもっと楽しくなる!
さて、毎年開催される「燕子花図屏風」の公開ですが、年ごとにテーマを変え、関連の他作品が出展されます。それがまた、とっても楽しいのです。
今年は、「歌をまとう絵の系譜」と題して、日本の絵と和歌との深い関わりに切り込み、それを美しい日本の絵とともにわかりやすく展示してあります。
そもそもが、この『燕子花図屏風』も、『伊勢物語』(平安時代の歌物語)の第9段「東下り」の一節に基づいて描かれたといわれています。
内覧会の記者発表で説明に立たれた同館学芸課の野口剛氏の説明によると、「日本美術、日本文化の歴史においては、歌ををもとに絵を描く、絵をもとに歌をよむ、ということが一般的であった」とのこと。
また、歌で読まれた場所や地名、つまりは歌枕のようなものを絵に描くことも多かったのだそうです。
和歌が目に飛び込んでくる、珠玉の展示手法も注目!
たとえば今回の出展作のうちのひとつ、『吉野龍田図屏風』。六曲一双の大スケールの作品で、右隻に見事な桜の花が、左隻に艶やか紅葉したもみじが描かれています。これも古来、桜の名所として数々の歌に読まれてきた吉野山と、同じく紅葉の名所として歌題に度々取り上げられてきた龍田川を、イメージした作品なわけです。
この『吉野龍田図屏風』の素晴らしいところは、桜の花、紅葉の間にたくさんの短冊が描かれ、そこにたとえば「ことしより春しりそむる桜ばな ちるといふことはならはならざむ」(古今和歌集)などの有名な和歌が書かれていることです。なんという風流な! なんという知的な文化でしょうか!
今回の展示では、この和歌と絵との関係をより理解しやすいように、ガラスの展示ケースの上に大きくその絵にゆかりのある和歌が掲示してあります。
そのことで、絵と和歌と、その背景にある大和の心が自然に頭に入るように工夫した展示となっているわけです。これは素晴らしアイディアだと、アンドリュー感心しました!
躍動感あふれる!光琳作のもうひとつの名作にも注目を!
さて、『燕子花図屏風』『吉野龍田図屏風』以外のみどころ作品ですが、アンドリューが楽しんだのは、尾形光琳の別の作品『白楽天図屏風』。白楽天の乗る船が波間に揺れるその躍動的な構図が素晴らしい! 波の意匠化された描き方といい、金地に描かれた陸地の緑といい、琳派という美術様式の典型がみてとれ、その美しさを十分に堪能できる作品です。
もうひとつ、やはり大きな六曲一双の『武蔵野図屏風』も興味深い作品でした。武蔵野の原野、そして右隻に描かれた太陽と左隻に描かれた月の対比がなんとも素晴らしい! 「武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ」という和歌とともにみると、感慨ひとしお!
日本の美しい自然や風物をよんだ日本の美しい和歌。その和歌を、また美しくヴィジュアル化した大和絵(日本の絵)。この国の文化というのは、自然とともに、言葉もヴィジュアルも一体化させた、他の国の文化には類をみない素晴らしさに満ち溢れていたことがわかります。
日本美術史で度々出てくる『伊勢物語』ってどんな物語?
ところで今回の展覧会で特別に展示されたもので、個人蔵の作品『伊勢物語絵巻』(室町時代16世紀)があります。3巻にも及ぶ、長い絵巻物。これもじっくり味わいたい作品です。
琳派という日本美術の中の一大潮流において、度々描かれてきた『伊勢物語』の東下りの一節。その中でも「三河国八橋」の場面。この日本美術史上重要な場面の前後にどのようなお話しがあり、それが琳派誕生以前の室町期にどのように描かれていたのか・・・そんなことを知るためにも貴重な作品でした。
富士山や隅田川、布引の滝など、今につながる日本文化、日本美術に縁ある地がどのように描かれているかも興味深く拝見いたしました。