「なんだこれは!デカい!!」
緊急事態宣言が解除された翌日、懇意にしている小学館・文化事業室の担当編集者・H氏から「小学館で『SUMO本』という新レーベルが立ち上がるので、一度その実物を編集部まで見に来ませんか?」と誘われた僕が、小学館の会議室で実物と対面させてもらって思わずもらした一言です。
『東大寺』と表紙に書かれたその本は・・・いや、すでにこれはもう本ではない何か別のものにしか見えなかったのですが、天地690mm、見開き約1000mmと今まで見たこともない巨大なサイズでした。まさに圧巻の一言。
なぜこんなバカでかい書籍を出版することになったのだろう・・・そう思ってH氏に聞いてみたところ、実はこうした巨大アート本が今、世界的に静かな流行となっているのだそう。
そこで、今回はこの超大型の「SUMO本」シリーズの創刊第1弾『東大寺』(三好和義・著)を徹底解剖することで、新たな巨大アート本の世界観をご紹介してみたいと思います!
まず、SUMO本とは何なのか
さてこの巨大アート本、小学館では「SUMO本」と名付けられました。”小学館SUMO本レーベル”として、今後シリーズ化を考えているらしいのです。うん?SUMO=相撲ということですよね?Webで検索してみると、SUMO本なる単語はまだどこにも表示されません。”U”が1個多い某不動産情報サイトが上位表示されているのみです。(※現在はちゃんと検索結果に表示されるようになりました)
実は、この巨大本を手掛けたのは、小学館が世界で初めて・・・というわけではありません。日本以外にも目を向けてみると、美術書を専門とするドイツの名門出版社・Taschen社が先行。何冊か世界的な大ヒットを飛ばしているようです。そして、同社が超大型サイズの美術書に「SUMO BOOK」と名付けたことで、愛好家の間で巨大アート本のことを「SUMO BOOK」と呼ぶ傾向も定着しはじめているとのこと。
こうした流れを受け、今回初めて巨大アート本を制作することになった小学館でも、この流れに逆らうことなく新レーベルに「SUMO本」と名付けることに決めたのだとか。
ところで、このSUMO本、小学館としては凄く力が入っているようで、ちゃんと特設ページも準備されているのです。凄い。早速見てみると、SUMO本第1弾『東大寺』の特設ページにはこのように書かれていました。
--寺社仏閣、歌舞伎、絵画作品……日本には世界に誇るべき文化遺産があふれています。これらの貴重な文化をありのままに本の形で後世に伝えていくのは、我々が取り組むべき意義深い活動だと小学館は考えます。実際に見るよりも緻密な写真で、メガビックに印刷・掲載したずっしりと重いSUMO本にどうぞご期待ください!--
なるほど、確かにSUMO=相撲という言葉からは、力士の”巨大さ”と、日本の伝統文化の両方を連想できますよね。そういう意味では、日本文化を強く連想させる「SUMO本」というネーミングはピッタリなのかもしれません。
ちなみに、このSUMO本レーベルのロゴ制作には、美術書籍の装幀や美術展の展示構成監修等、アートデザインに定評のあるおおうちおさむさんを起用。小学館のSUMO本にかける意気込みが伝わってきますね。
記念すべき第1弾は『東大寺』に決まった
さてそのSUMO本ですが、レーベルの初タイトルは『東大寺』となりました。見開きで約B1サイズという途轍もない大きさの紙面に、仏像、建造物、四季折々の風景、年中行事など東大寺をあらゆる角度から撮影した写真集です。
著者は、三好和義(みよしかずよし)さん。南国のビーチを美しく撮影した代表作「楽園」シリーズなどで知られる、超一流の現役写真家です。最近では文化遺産や日本の風景美を取材した写真なども積極的に手掛けるようになり、中でも三好さんがここ数年集中的に取材を重ねているのが東大寺なのです。
『東大寺』の著者・三好和義さん
三好さんが東大寺と最初に出会ったのは、小学校6年生の修学旅行の時でした。それ以来、写真家になったらいつか東大寺を撮ってみたい・・・という想いを心のうちに抱き続けてきたそうです。そして、約10年前からいよいよ腰を据えて東大寺に着手。別宅を東大寺の裏手に設け、時間があれば奈良で生活をしながら、東大寺の全てをファインダーに収めるべく、ライフワークとして東大寺に取り組んでいるのです。
今回のSUMO本第1弾『東大寺』では三好和義さんの約10年分に渡る傑作約数千点の中から、全215点を厳選。約300ページの大ボリュームで、美しくて衝撃的な写真を堪能することができました。
SUMO本『東大寺』の凄いところ
①デカい!重い!異彩を放つその存在感!
冒頭でも書きましたが、まず圧倒されるのが物質としてのSUMO本の凄まじい重量感です。高価な大型本なので、解説書と一緒に本体が分厚いダンボールの保管箱に収納されているのですが、まず読もうと思って机の上に持ち上げようと思ったら・・・
お、重い・・・!!
いや、これはやばい。腰に来ます(笑)。区民農園で週1回鍬を持って畑仕事をしただけでぎっくり腰になってしまった非力な自分としては、この重さは危険すぎる(笑)。なんとか担当編集者・H氏に手伝ってもらって長机に載せることができましたが、さすがはSUMO本と謳われるだけあって、横綱クラスの重量がありました。
続いて驚かされたのが、SUMO本のサイズです。冒頭でも書いたとおり、天地(縦)約690mm、見開き(横)は1メートルもあるじゃないですか。絵画のサイズだと大体約40号と同サイズ。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、モネの「印象・日の出」なんかよりもずっと大きいわけです。
これだけ大きいと、まるで本の中から仏像や建造物が飛び出てくるような、妙な錯覚さえ覚えます。確かに2Dの写真集を見ているのに、目の前にあたかも3D的な実在感を伴ってイメージが飛び込んでくるような、ちょっと特殊な読書体験を味わうことができました。これはきっと圧倒的な巨大さのなせる技なのでしょう。不思議です。
②大は小を兼ねる?!原寸大以上に繊細な表現力が凄い
美術鑑賞ではよく「本物を見ろ」って言われますよね。もし近くにアートに詳しい人がいたら、ぜひ聞いてみて下さい。100人中、99人までは「まず実物を観ることが何よりも大切だよ」とアドバイスしてくれるでしょう。僕も、もちろんそうだと思っていました。デジタル画像では、やっぱり本物だけが持つオーラや質感には勝てないなと。
でも、このSUMO本を見てから、ちょっとその考えが変わってしまった感があります。だって、この「東大寺」では、人間の肉眼ではまず捉えきれないレベルの繊細な表現がてんこ盛りなんです。
たとえば、天平仏像の最高傑作の一つと言われる、東大寺戒壇堂・四天王立像の一体、「増長天」(部分)を見てみましょう。いわゆる木彫りではなく、藁を混ぜた泥粘土で作られた「塑像」(そぞう)というタイプの仏像です。よく見て下さい。ほっぺたのあたりにキラキラとした光るものが見えますよね?そう、このキラキラしたものの正体は「雲母」なんです。だけど、非常に繊細なので、通常拝観時ではまず気づけない。いや、何か光っているな・・・くらいは気づけそうですが、照度を落としたお堂の中ではその光の反射が何によるものなのかは、まずわからないでしょう。
もう一つ見てみましょう。一見、なんでもないような仏像に見えますが、実はこれ、東大寺法華堂に鎮座している、国内最強の美仏として名高い国宝・不空羂索観音立像の化仏、つまり頭の上に乗っている小さな仏像を写した写真なのです。こちらも、実際に法華堂に行って目を凝らして見て頂くとわかりますが、やっぱり肉眼でここまでくっきりとは見えません。というより、本体が凄すぎて額の上の化仏にまでまず意識が行かないかもしれません。
このように、肉眼以上に拡大された様々な「ミクロ」の世界までも非常にリアルに写し出しているのが、このSUMO本の特徴なのですね。大きな紙面上に、物質のミクロな特徴までバッチリ再現されているわけです。
もちろん、スマホやタブレットで画像を見ても、そんなのいくらでも液晶画面上でスワイプして拡大できるんだから、わざわざ重たい本で再現しなくてもいいのでは・・・って思いますよね?!
確かに、普通のA4やB4サイズのムック本ならそうでしょう。高精度なデジタル画像には勝てません。
ですが常識外の大きさを誇るSUMO本ならどうでしょうか。前述したように、縦690mm、見開き1000mmという圧倒的なサイズがもたらす物質としての重量感や質感によって、ミクロの世界が眼前に迫って見えてくるような感覚を覚えるのです。リアルすぎる高精細画像によって、写真の内部へと没入していくような感覚や、眼前の写真が立体的に立ち上がってくるような3D感も味わえます。平面的な写真を見ているはずなのに、まるでイマーシブ・シアターの中に入り込んだような感覚を味わえる、不思議な本なのです。
③三好和義さんのこだわりが炸裂!10年間の密着の成果はダテではなかった!
古都・奈良の有名な寺社仏閣はとてもガードが固・・いや、奥ゆかしいことでも有名です。彼らには1000年以上受け継いできた伝統と格式を守り伝えていかなければならない使命があるからです。「すみません、興味があるので撮らせて下さい」と、新参者が突然押しかけていってもすぐに撮影許可は下りません。長年の実績と信頼を積み重ねて、はじめて出版を許して頂けるわけです。
「楽園」シリーズで実績を十分に積んでいた三好さんも例外ではありません。毎日のように境内に日参しつつ、秘仏をどうしても撮影したくて、東大寺に直接手紙を書いてアピールしたこともあったのだとか。
『東大寺』には、東大寺二月堂で毎年3月12日~13日にかけて行われる修二会「お水取り」を取材した迫力ある写真が多数収録されている。
でも、ちゃんと東大寺は三好さんの熱意を見てくれていました。修理後の国宝仏像を資料映像として残す際、一緒に撮影現場へと呼んでもらえたり、東大寺二月堂で行われる秘儀中の秘儀として有名な「お水取り」の核心の部分まで撮影を許されたりと、約10年にわたる熱意と貢献が実ったのです。
本書『東大寺』では、こうした三好さんでしか撮影し得なかった決定的瞬間や、アート性の高い貴重なショットが満載なのです。
また、偉大な写真家の先達・入江泰吉(いりえたいきち)から受け継いだような、古都・奈良の詩的な風景美を映し出した写真も見事。
たとえば、こちらの写真を見て下さい。雪の東大寺二月堂を写した貴重なショットです。
実は奈良盆地では、滅多に雪が降りません。京都駅では雪景色でも、近鉄特急で奈良へと南下する中で、気温が上がって雨に変わったり、雪がやんでしまうことが本当によくあります。雪がしんしんと降る叙情的な二月堂を写したこの写真は、お寺の裏手に半定住して、何かあればすぐに現場へと急行できる三好さんならではの機動力によって得られた”決定的瞬間”でもあるのですね。
お値段を聞いてビックリ!・・・ぶっちゃけ、なんでこんなに高いの?!
いやはや、凄い本です。史上最大級の大きさならではの臨場感を味わいつつ、最新のデジタル撮影技術と印刷ノウハウを駆使して、原寸を遥かに超えても非常に鮮明な画像で作品を愛でる楽しみは、まさに通常の鑑賞体験では絶対に味わえない領域なのかもしれません。
しかし!お値段もまた凄かった!!
なんと定価は396,000円(税込)!!
これまた史上最大級の数値になっております。ネットで評判を拾ってみても「高い!」という率直な感想が並んでいました。
もはや本というより、ちょっとした美術作品の価格ですよね。でも、なぜこれほど高いのでしょうか?まさか詐欺?!・・・いやいや、小学館ほどの老舗有名企業が、暴利を貪って読者から搾取しようと企んでいるとはとても思えません。
試しに、Taschenのベストセラー「David Hockney. A Bigger Book」を蔦屋書店のECサイトで調べてみました。すると、こちらも税込330,000円と負けず劣らず相当な価格感です。うーん、やっぱり超大型本というのは、お値段もヨコヅナサイズなのか・・・。
そこで担当編集・H氏に読者の疑問をストレートに突っ込んでみました。すると、「SUMO本は、大きいだけでなく使われている技術や素材も世界最高レベルなんです。だから原価も凄くかかっちゃうんです」とのこと。うん、嘘をついているようには見えません(笑)
では、本書制作にあたって、どのあたりがお金がかかっているポイントなのでしょうか。ちょっと調べてみました。
耐久性と発色の良さを最優先した「紙」
まずページをパラパラめくってみると感じられるのが紙質の違いです。非常に分厚い紙が使われており、豪華本としての主張がしっかりしているのです。そして、めくった時に紙自体の重さで破れたり、折れ曲がったりしないように、しなやかでしわになりにくい素材であることもポイント高し。
また、紙の表面は一見マットな仕上がりに見えるのに、素材の輝きをそのまま封じ込めたような質感も凄い。UVインクジェット印刷のポテンシャルを活かせるマットコート紙が選ばれています。
まるでデジタル画像を見ているような、滑らかな印刷。折れにくく、しなやかな紙質も素晴らしい。
また、どんどんめくっていっても、指紋や手指の油脂が付かないのも凄い。普通の写真集だと、カラー印刷が鮮明に映える光沢のある紙であればあるほど、ページを捲る時に指紋がどうしても目立ってしまいますよね。それが一切つかないのです。これはいいですね!
編集者・H氏にお聞きしたら、耐久性に優れ、写真の発色がきれいに表現できる・・・という条件で、実際に数多くの紙を試した中から厳選したのだそうです。
まるで絹織物のようなしっとりした上品さがあるのに、耐久性が高く汚れにも強いマットなコート紙。業界ではそれなりに有名な紙なのだそうですが、美術書では高額本にしか使われません。重さが17kgもあるのは、間違いなくこの紙の重さによるものですね。
最先端の印刷技術「UVインクジェット印刷」
さらに凄いのが、本書「SUMO本」で使われている高品質なカラーデジタル印刷技術。小学館・文化事業室が手掛ける美術系の多くの書籍では、美術書印刷で定評のある「NISSHA株式会社」が起用されています。そのNISSHAと小学館がSUMO本印刷のために選んだ秘密兵器が、コニカミノルタ社の最新鋭UVインクジェット印刷機「AccurioJet KM-1」なのです。(※ちなみにKM-1って、ネーミングがど直球でいいですね(笑)。)
このKM-1の凄いところは、従来のオフセット印刷機ではどうしても再現しづらかった色合いを、よりリアルに表現できることです。たとえば、仏像に使われている「金」や「朱」なども、KM-1にかかると本物に迫るリアルな質感でバッチリ再現してくれます。
たとえば、この東大寺大仏殿の鴟尾(しび)を見て下さい。修復を終え、純金の箔を貼り直した直後に撮影したということもあり、重厚な金色の輝きをそのまま写し取ったような、非常に立体感のある美しい「金」が印象的。表面のメタリックな質感なども、見事に再現されていますよね。通常の写真集では、ここまできれいに「金」を表現するのは非常に難しいのです。
画像:コニカミノルタ株式会社ご提供
そして、2020年現在では、このKM-1が、美術書のクオリティに耐えるレベルで最大B2サイズまで印刷が可能な、世界唯一のUVインクジェット印刷機なのです。(※オフセット印刷ならもっと大きなサイズまで印刷できる機械はあります)
まさに選びぬかれた紙と印刷技術。396,000円という値段の裏には、老舗出版社・小学館のプライドを賭けたこだわりがあったのですね。
もはや美術品!?withコロナ時代にぴったりのアイテムとしていかが?
2020年はいよいよ5G元年。コロナ禍を追い風にして猛烈にデジタルコミュニケーション技術が普及する中で、今後はアートの世界でもイマーシブシアターやヴァーチャル・リアリティなど、デジタル技術を活用した美術鑑賞体験が存在感を増していくことは間違いないでしょう。
そんなデジタル全盛の時代に、まさか「紙」の本でこれほど新しい鑑賞体験ができるとは思いませんでした。もちろん、それは単に書籍のサイズを大きくしただけで成立したわけではありません。ニコンの最新撮影機材、最新鋭のデジタル印刷機「KM-1」、本書のために特別に用意された高級マットコート紙、そして三好和義さんの抜群の撮影技術、あくなき東大寺への情熱・・・、すべてがガッチリ歯車として噛み合ったからこそ、スペシャルな読書体験が可能になったのだと思います。
こうして見てみると、SUMO本『東大寺』は、版画作品やポスター作品のように、書籍というよりも美術品に近い存在であるともいえそうです。
2020年春以降は、いわゆる「withコロナ」時代に突入したと言われます。アート鑑賞のあり方もソーシャルディスタンスを考慮して確実に「自宅で」「ひとりで」楽しむ形へと変わっていくでしょう。そんな中、自宅において最強の楽しみを提供してくれるのは、iPad上で見る小さなデジタル画像や動画作品だったりするのかもしれません。
でも、「紙」で作られた超巨大なSUMO本も、悪くはありません。
いや、ヴァーチャルではなく、物質として実体を伴った超大型本だからこそ、退屈な巣篭もり生活に新たな刺激を与えてくれる秘密兵器になってくれるはず。SUMO本の衝撃、ぜひ機会があれば味わってみてくださいね。
『東大寺』書籍紹介
「SUMO本」第1弾『東大寺』のより詳細な情報は、以下のサイトからどうぞ。特に公式サイトでは試し読みページや三好和義さんへのインタビュー動画もアップされています。
特設サイト:https://www.shogakukan.co.jp/pr/sumo/todaiji/
公式Twitter:https://twitter.com/sumo_books
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購入は、以下のサイトからどうぞ。
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