三大珍味、三大美人、三大名所・・・「三大」とつくものに、なぜ人は心惹かれるのでしょう。それぞれの特長が重なることなくバランスよく分立し、かつ、そのジャンルをほぼカバーしているからでしょうか。とすると、三大〇〇というのは、この3つをおさえておけばOK!ということなのかもしれません。
日本が誇る最高のポップアート・浮世絵においても、三大コレクションがあるのをご存知でしょうか。太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団が所蔵する3つのコレクションを、現代日本の三大浮世絵コレクションと呼びます。その圧倒的なクオリティは、現在開催中の「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」展でも証明済み。国内最高水準のコレクションですから、一朝一夕に形成されたものではありません。一人のコレクターが時間をかけて収集したもの、先祖代々にわたり集めたものなど、様々なドラマが隠されています。今回はその収集エピソードとともに、作品を紹介します。
太田記念美術館〈太田コレクション〉
東京・原宿にある太田記念美術館には、約1万4,000点の浮世絵が所蔵されています。そのうち約1万2,000点を集めたのが、実業家の5代太田清藏氏(1893~1977)です。
太田氏が浮世絵を収集し始めたのは、20代後半、旅行で欧米を訪れてから。浮世絵が海外で高く評価されていることを知り、とくに、アメリカのシカゴ美術館に展示されていた葛飾北斎の花鳥画に感銘を受けたことがきっかけだそうです。集めた浮世絵は誰かに見せるわけでもなく個人的に楽しみ、自身のコレクションについて語る機会はあまりなかったといいますが、好きな作品として鳥居清長の《六郷の渡し》を挙げたことがあります。残念ながら手に入れることは叶いませんでしたが、同じ題材の歌川広重《六郷渡し場の景》を大切に眺めていたそうです。江戸の風情が残る明治時代初期に生まれた太田氏は、江戸の風景に強い思い入れがあったようです。清長はお気に入りの絵師だったようで、一度売った清長の作品を思い返してその夜のうちに売価よりも高い金額で買い戻した、というエピソードも残っているほど。
太田記念美術館は、ラフォーレ原宿の横という場所柄、世代や国籍を越えた多くの来館者が訪れるのが特徴です。1年を通して開催されている、多様な切り口で趣向を凝らした企画展にはファンも多く、毎回話題となっています。
日本浮世絵博物館〈酒井コレクション〉
長野県・松本市にある日本浮世絵博物館には、同地の豪商・酒井家が江戸時代から200年にわたり集めたコレクションが収蔵されています。なんとその数、浮世絵版画が約10万点、肉筆画が約1,000点! 世界的にも最大級の規模を誇ります。諸紙問屋を営み、代々の当主が文化にも造詣が深かったことから、歌川広重ら名高い浮世絵師たちとの交流も盛んで、おのずと浮世絵が集まってきたといいます。特に7代目は高名な狂歌師でもあり、広重による肖像も残っているそうです。
先祖より受け継がれてきた浮世絵を展示する場として日本浮世絵博物館を創設したのが、10代目酒井藤吉氏(1915~93)です。国内外で積極的に展覧会を開催し、浮世絵の収集と保存、普及に人生を捧げました。海外へ流出した浮世絵を買い戻したときには〈生き別れになった子どもに再会するような喜びであり驚き〉であったと語っています。
そして現在、東京・浅草の中心地に、浮世絵博物館分館開設の計画が進行中です。多くの絵師が愛した地・浅草での浮世絵鑑賞、待ち遠しいですね。
平木浮世絵財団〈平木コレクション〉
冒頭で、現代日本の日本三大浮世絵コレクションと紹介しましたが、実は戦前にも三大浮世絵コレクションが存在しました。西洋美術のコレクションで有名な、松方幸次郎の「松方コレクション」。実業家・三原繁吉の「三原コレクション」。仙台の齋藤報恩会の「齋藤コレクション」。松方コレクションは現在の東京国立博物館に収蔵されましたが、後者2つのコレクションは、戦後の混乱の中で海外流出の危機にさらされます。それらを買い取ったのが、実業家・平木信二氏(1910~71)です。
平木氏は自身の収蔵品と合わせて、国内初の浮世絵専門美術館、リッカー美術館を開設しました。いまでは浮世絵専門美術館は全国にありますが、当時は大変珍しかったといいます。惜しまれつつも現在は閉館し、常設の美術館を持たず全国の美術館・博物館にて、コレクション展を開催しています。
大判錦絵 平木コレクションの最大の特徴は、重要文化財・重要美術品に指定されている浮世絵版画249点が含まれている点です。そもそも版画は、複製可能で大量生産が可能であることから、文化財に指定されることはほとんどありません。浮世絵版画で重要文化財に指定されているのは、平木コレクションの他には松方コレクションのみ。いかに貴重であるかが分かります。
1つずつじっくり見るもよし、3つまとめて見るもよし
いまでこそ美術館に展示されていますが、そもそも浮世絵は、江戸時代の庶民の日常生活にあって当たり前のものでした。その美術的価値の高さに最初に気がついたのは、フランスをはじめとする欧米諸国。現在も数多くの名品が海外の美術館に所蔵されています。そのようななか、国外への流出を防ぐために買い取ったり、海外から買い戻したりといったコレクターたちの尽力によって、私たちは浮世絵鑑賞を楽しむことができている、と言えるかもしれません。コレクターのことを少しでも知ると、また違った目で作品を見ることができ、楽しさが増しますよね。
三大浮世絵コレクションをもっと見たい、知りたい方に、太田記念美術館・日本浮世絵博物館のコレクションを収録した書籍が、この秋、小学館より刊行されます。
太田記念美術館 監修
『ニッポンの浮世絵 浮世絵に描かれた「日本のイメージ」』
定価:本体2400円+税
発売日:9月10日
B5判・128ページ
書籍情報はこちら
日本浮世絵博物館 監修
『日本浮世絵博物館浮世絵名品100選』
定価:本体8000円+税
発売日:9月10日
B4判・178ページ
書籍情報はこちら
また、3つのコレクションが一同に揃う「The UKIYO-E 2020 ― 日本三大浮世絵コレクション」展が、東京都美術館で開催されています。三大コレクションが一堂に集うのは史上初なのだとか! 和樂Web名物!展覧会1万字レポートでは、3館の学芸員の方も登場しています。会場では、作品データとともに、所蔵館名にも注目してみてくださいね。