そこには驚くべきテクニックが隠されていました。江戸時代に活躍した絵師・歌川広重(うたがわひろしげ)。自然をわかりやすく描く方法においても群を抜いた技を見せていました。なぜ広重はかくも情緒的に自然をとらえることができたのでしょうか……。
歌川広重のリアルを超えた自然表現
広重の絵は自然をそのまま写生しながら、そこに印象的な気象や人を描き加え、詩情溢れる情景をつくり上げています。それを成し得たのは、当時最新の透視図法や円山四条派の写生画を取り入れたことで、リアルに見える絵画的表現を会得したからだと考えられています。
広重の風景画を見ると、だれもがつい郷愁を覚え、人の心に染み入るような印象を受けるのは、写実を超えたわかりやすい表現方法にあったのです。晩年の広重はみずからの作品について、「目の当たりに眺望した絵」と語っています。そこに、自然をより自然に描くことに腐心した広重の生涯を見る思いがします。
雨「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
広重の作品にはたびたび雨が登場します。それは、細い直線を平行に並べたもので、この作品のように急な夕立を表すときには線の幅を密にして、さらに角度を変えて重ねて、叩きつけるような雨の状況を表現。実際の雨がこんな直線でないとわかっていても、ひと目で雨とわからせるテクニックこそ、広重の自然表現の真骨頂。
夜「名所江戸百景 王子装束ゑの木 大晦日の狐火」
暗闇に瞬く無数の星に照らされて、ほのかに見える木立や建物。目を凝らすと、吹き抜ける風まで描き込まれていて、夜のイメージがリアルに再現されている。この作品において広重は、誇張やデザイン化を極力避け、見たままの自然をできる限りストレートに描こうとしているようで、かえってそのテクニックが際立っている。
雪「木曾海道六拾九次之内 大井」
背景に白い点をびっしりと描き込んだ雪の表現は、決して技巧的でも斬新でもないが、広重の手にかかると、松の枝や笠に積もった雪と相まって、しんしんと降り続く雪の冷たさまで感じられる。そこに、雪を描かせたら広重の右に出る者はいないと言われる所以がある。
歌川広重が「目の当たりに眺望した絵」3選全図
「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」(めいしょえどひゃっけい おおはしあたけのゆうだち)大判錦絵 安政4(1857)年
「名所江戸百景 王子装束ゑの木 大晦日の狐火」(めいしょえどひゃっけい おうじしょうぞくえのき おおみそかのきつねび)大判錦絵 安政4(1857)年
「木曾海道六拾九次之内 大井」(きそかいどうろくじゅうきゅうつぎのうち おおい) 大判錦絵 天保6~9(1835~1838)年ごろ