明るくて陽気な青鬼の正体は…実は?
平安時代から鎌倉時代にかけて盛んに描かれた絵巻物には様々な国宝が残されています。今回ご紹介するのは、国宝「北野天神縁起絵巻」の一部。片や雅な王朝画なのに対して、もう一方は現代のアニメにも通じる躍動感に満ちたタッチで、斬新かつユニークな表現に目を見張ります。
「北野天神縁起絵巻」紙本着色 9巻 52×842~1211㎝ 鎌倉時代・承久元(1219)年 北野天満宮
「北野天神縁起絵巻」とは、北野天満宮のご祭神である菅原道真(菅公)の生涯から、北野の地に祀られることになった由来や霊験、北野天満宮の創建までを信仰的に描いた全9巻の神社縁起絵巻物。菅公の幼少期から、学者・政治家として活躍中に藤原時平の讒言(ざんげん)による太宰府への左遷、亡くなった後に都で起こった天変地異から地獄絵までが描写されています。
縦52㎝の大きさで最長の巻は12mほどある総延長80mの超大作は、制作された時代から「承久本」と呼ばれ、天神縁起絵巻の中でも現存最古。北野天満宮では「根本縁起」として尊ばれてきました。
上の絵は、太宰府に流されることになった菅公が住み慣れた屋敷(紅梅殿)を明け渡すことになり、紅梅を見て「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな」と詠む巻三「紅梅殿別離」の場面。懐かしさのあまり心のない草木にも契りを結んだ菅公の心情を、色彩も美しく、絶妙の構図とバランスで描かれています。
対してこちらの絵は巻八の無間(阿鼻)地獄。巻七と巻八は僧・日蔵の六道巡りの説話が描かれたいわゆる「地獄絵巻」。詞書がなく、地獄絵が続く構成は他とはまったく異なる様相です。しかし、地獄絵に描かれている鬼は、おどろおどろしいところがなく、明るく陽気でかわいらしくも見えます。そこには、菅公を神霊として祀り、天神さまとして崇めた人々の思慕の念が感じられます。この鬼もまた、菅公が人々に尊ばれ、惜しまれたことを今に伝えるよすがなのです。