日本美術の最高到達点ともいえる「国宝」。2017年は「国宝」という言葉が誕生してから120年。小学館では、その秘められた美と文化の歴史を再発見する「週刊 ニッポンの国宝100」を発売中。
各号のダイジェストとして、名宝のプロフィールをご紹介します。
今回は日本絵画史上最大の謎、「伝源頼朝像」と奇跡の青い輝き、曜変天目(「稲葉天目」)です。
日本絵画史上最大の謎 「伝源頼朝像」
京都・神護寺に伝わる三幅の肖像画。いずれも黒い袍(上衣)を身にまとい、冠をかぶり笏を持ち、太刀を腰に帯びた装束で畳に座っています。日本の肖像画を代表する名品として知られ、なかでも有名なのが「伝源頼朝像」です。引き締まった端正な面差しと厳しいまなざしのこの人物像は、歴史書の挿図としても流布し、武士の棟梁・源頼朝といえば多くの人がこの画を思い浮かべるほど、頼朝のイメージとして定着しています。
日本の肖像画の歴史は、中国仏教の影響を受け、礼拝を目的として祖師や高僧を描いた絵を掛けることから始まりました。日本でも平安時代以降、多くの高僧像が描かれています。かつて1万円札に使われた聖徳太子の像(「唐本御影」)のような貴人の肖像画も、礼拝や尊崇の対象として描かれたものです。
それらの絵とは異なり、平安時代末期に「似絵」と呼ばれる肖像画が登場しました。日本の伝統絵画であるやまと絵の技法を使い、薄墨による細い線で目鼻立ちの特徴を写実的に描いた絵で、藤原隆信が創始してブームを巻き起こしました。同時代の生身の人間を描いた鑑賞用の小品である点が、高僧像などとは大きく異なります。
かつて「伝源頼朝像」を含む三幅は、この似絵の名手藤原隆信が描いたとされていました。しかし、似絵とは対照的に、巨大な絵絹にほぼ等身大で描かれた着色画で、世俗の人物の肖像画としては類を見ない完成度と大きさをもちます。また、立体感や細部の技巧にも似絵とは異なる斬新さがあり、中国宋代にさかんに制作され、鎌倉時代以降の日本にも多く伝来した「頂相」と呼ばれる禅僧肖像画の影響が指摘されています。
本作については、1995年(平成7)、三幅を奉納した際の「足利直義願文」にある記述をもとに、源頼朝ではなく、足利尊氏の弟・直義を描いた南北朝時代の作品だとする新説が発表されました。その当否はいまだ決着を見ませんが、いつの時代に誰を描いたかにかかわらず、「伝源頼朝像」がその優れた写実描写と完成度によって、日本の肖像画の頂点にあることに違いはありません。
国宝プロフィール
「伝源頼朝像」
12〜14世紀 絹本着色 143.0×112.8cm 神護寺 京都
神護寺に「伝平重盛像」「伝藤原光能像」とともに伝来した、束帯姿の三幅の肖像画のうちの1幅。平安末期から鎌倉時代初期に制作された、鎌倉幕府を開いた源頼朝の像と伝えられてきたが、南北朝時代の足利直義を描いた肖像画ではないかという説も出されている。
奇跡の青い輝き、曜変天目(「稲葉天目」)
鎌倉時代以降、中国の天目山(浙江省)に学んだ僧侶が日本に持ち帰った黒釉茶碗を、「天目」と呼び、のちに黒釉の掛かった喫茶用の茶碗全般が「天目茶碗」と呼ばれるようになります。
天目茶碗のうち、南宋時代(12~13世紀)に福建省の建窯で焼かれた喫茶茶碗が「建盞」です。小さな高台をもち、すり鉢形のいわゆる「天目形」といわれる端正な形と、鉄分を含む釉薬で黒く発色した艶のある色合いに特徴があります。この建盞のなかに、ごくまれに見込み(内側)の釉に星のような大小の丸い斑文が密集して浮かんだものがあります。斑文を取り巻く青や藍色の暈が、光によって瑠璃色の光彩を放つものを「曜変天目」と称し、建盞のなかでも最上のものとされました。
曜変は、陶磁器を焼成する際に、窯の内部で生じる釉薬の色などの変化を指す「窯変」に、光り輝き変化するという意味の「曜」の字をあてたもので、「燿変」とも書かれます。
曜変天目は世界で3碗しか現存せず、3点とも日本に伝来し、国宝に指定されています。そのひとつが静嘉堂文庫美術館の所蔵する碗。徳川家光が乳母春日局へ下賜。その後、代々、淀城主である稲葉家に伝えられたことから、「稲葉天目」と呼ばれています。
鎌倉時代から室町時代にかけて、中国伝来の「唐物」を珍重し、なかでも日本人の好みに合ったものに高い価値を与える唐物ブームが起こって、近世まで続きました。室町幕府8代将軍・足利義政が京都に築いた東山殿(現・銀閣寺)に象徴される「東山文化」のもとで、後世の茶の湯文化の基盤がつくられます。義政や彼を取り巻く文化人らの価値基準によって、茶道具や座敷飾りなどの唐物に、細かな格付けがなされました。
義政らの側近がまとめた唐物や座敷飾りの記録「君台観左右帳記」では、もっとも価値ある茶碗として、曜変天目に最高の格式と栄誉を与えています。その価値付けは、現代に至るまで茶の湯の世界で継承されることになっていったのです。
小さな茶碗の内側に広がる宇宙――曜変天目は、昔も今も人々を魅了しつづけています。
国宝プロフィール
曜変天目(「稲葉天目」)
中国・南宋時代(12~13世紀) 建窯 1口 高7.2cm 口径12.2cm 高台径3.8cm 静嘉堂文庫美術館 東京 Image: 静嘉堂文庫美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
中国の福建省建窯で南宋時代に作られた天目茶碗のうち、見込みの黒釉に星文や藍色などの光彩が現れたものが「曜変天目」。この作品は「稲葉天目」とも称される。