若冲とゆるキャラ、その不思議な関係。若冲の描く生き物がこれほどかわいいのは、なぜでしょう?まず思い出されるのは、若冲が庭に放った鶏や雀の模写と写生を繰り返し、対象の姿や本質をとらえる力を養った――という話。作品の中でイキイキとした生命力を放つ生き物たちは、その真摯な取り組みの賜物です。
若冲好みはマジメ&ユニーク!
若冲はユーモラスな表情づくりの天才でした。たとえば、「鼠婚礼図」に現れる、まるでいたずらっ子のような顔。黒目をクルクル動かしながらジョークを飛ばす酔っぱらい鼠の様子が、ありありと浮かんできます。
鼠婚礼図 紙本墨画 一幅 36.0×60.7㎝ 18世紀・江戸中期 細見美術館蔵
あるいは、「月に叭々鳥図」の鳥の、まんまるな目。無表情がむしろユーモラス…というその描写は、くまもとの彼に先駆けること数百年の、なんとも秀逸なキャラ設定ではありませんか。
月に叭々鳥図 紙本墨画 一幅 102.5×29.1㎝ 18世紀・江戸時代 岡田美術館蔵 異国の鳥と月を描いた作品。筆の勢いを感じる濃墨の羽根に注目
また、「百犬図」の遊び疲れてへなへなとへたりこんだ仔犬や、「鳥獣花木図屛風」のちょっぴり悪い顔をしている狆など、一瞬だけ見せる愛すべき表情をとらえる力も、鋭い観察眼をもつ若冲の面目躍如といったところでしょう。しかしいっぽうで、生真面目に取り組めば取り組むほど、真摯が度を越して笑いが起きる…というおかしさがあるのもこの世の常。
百犬図 絹本着色 一幅 142.7×84.2㎝ 18世紀・江戸時代 個人蔵 ポーズの異なる仔犬が約60匹。無秩序に見えて統一感ある構図
鳥獣花木図屏風(右隻) 紙本着色 六曲一双 各168.7×374.4㎝ 18世紀・江戸時代 米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション 8万6000個のモザイクで描かれた楽園
たとえば「蛙図」のボスキャラ蛙のような墨画には、緊張がふとゆるんだときに生まれるホンワカした温かみがあるように見えるのです。
蛙図 紙本墨画 一幅 107.9×29.4㎝ 18世紀・江戸時代 個人蔵 単純な造形ながら墨の表情は豊か。画面からはみ出すほどの、実物とは異なるスケールで描かれているのが面白い
若冲はまた、生活の糧のためでも修行のためでもなく、興味がむいたものだけを熱心に観察し、心のおもむくままに描き続けたことでも知られています。「亀図」のつぶらな瞳の亀や、「鳥獣花木図屛風」の愛くるしいイタチやラッコなど、純粋なかわいらしさをもつ天真爛漫キャラクターには、若冲の恵まれたバックグラウンドが影響しているかもしれません。好きなものを自由に追い求めることができる充足感。描くことがうれしくてたまらないという幸福感。そんなムードが、ゆるキャラ、もとい、穏やかでユーモアに満ちた造形を生んだとしても不思議ではないはずです。
亀図 紙本墨画 一幅 89.0×28.5㎝ 18世紀・江戸時代