理想的な風景を自由に描きたい、この美しさをどうしても描き留めておきたい。画家が切望して描いた景色には、引力があります。水墨画の巨匠・雪舟が描いた冬景「秋冬山水図(しゅうとうさんすいず)」、フランスの画家モネが早朝の港を描いた「印象、日の出」。今回は、観ているだけで絵の中に引き込まれ、静寂の美に浸ることのできる2作をご紹介します。
ここにはない風景の中に誘われる
国宝「秋冬山水図」は、中国絵画を学び、独自の画風を確立した雪舟の代表作。元は四幅一組の四季山水図だったとされています。本作は、絵師であり旅の人でもあった雪舟の理想郷。冬の凜とした静寂が、見る者を風景の中に誘い込みます。岩や木や山道がつくるジグザグの描線が、空間の奥行きを想像させ、眺めていると、目の前の景色が刻々と変わっていくような、絵の中の旅人になったような、不思議な感覚に包まれるのです。
雪舟「秋冬山水図」国宝 室町時代 15世紀末~16世紀 紙本墨画 二幅のうち一幅 47.7×30.2㎝ 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives
描かれた世界に没頭させてくれる点では、フランスの画家モネの「印象、日の出」が出色(しゅっしょく)でしょう。「印象派」の由来となった名作で、この絵をきっかけに多くの画家が、光や風など目に見えないものを描き始めたのです。モネは、早朝のフランス、ル・アーヴル港の光や海の色、湿った朝もやの「印象」を、やわらかな筆運びと透明感のある色彩で描き、刻々と変化する海面や瞬間瞬間の光の移ろいを表しました。モネが見た美しい印象は、時間も国も超えて観る者の心の中にゆったりと広がります。
クロード・モネ「印象、日の出」1872年 油彩 マルモッタン美術館 ©album/PPS通信社