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2018.09.12

フェルメール展を観る前に知りたい、フェルメールの生涯

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オランダの巨匠・フェルメールの展示・展覧会を鑑賞する前に知っておきたい、彼の人生やその技術を紹介します。

数字で知る、天才画家・フェルメールの謎多き生涯

謎めいた画家。そう呼ばれることが多いヨハネス・フェルメール。どんな時代を生き、何を愛したのか? なぜこんなに魅力的な作品が描けたのか? 和樂INTOJAPANではその謎を解明すべく、残された「数字」を手がかりに、生涯をひもときました。そこには、意外な仕事観や興味深い人物像が…今回は【15】、【17】、【43】から、フェルメールの生涯を探ります!

【17】…17世紀オランダを代表する画家

フェルメールレンブラント・ファン・レイン「夜警」1642年アムステルダム国立美術館/ドラマチックな光と深い影で市民自警団を描いた、幅4.37mもある巨大な名画。実は昼間の情景。©UIG/PPS通信社

フェルメールが活躍したのは、オランダ絵画黄金時代と呼ばれる17世紀。“光と闇の魔術師”レンブラントもこの時代の画家です。フェルメールが20歳で独立した1653年には、レンブラントが47歳。ふたりの年齢差は27歳でした。「夜警」などで名をはせていた巨匠を、フェルメールはいやでも意識したでしょう。同じころ、ベルギーではルーベンス、スペインではベラスケス、日本では浮世絵の菱川師宣や狩野派の狩野探幽が活躍中でした。

【15】…実家は高級宿屋で子供が15人

フェルメール「ギターを弾く女」1670年ごろ ケンウッド・ハウス/娘のエリザベスを描いたという説もある。©akg-images/PPS通信社

「空飛ぶ狐」と「メーヘレン」。フェルメールの父親が営んでいた宿屋です。メーヘレンは画商も兼ねていて、顧客には芸術家もいっぱい。フェルメールがだれに絵を学んだかは解明されていませんが、美術に触れる機会は多かったことでしょう。やがて20歳で画家ギルドに加わり、プロの画家として独立。その前年には名家の娘カタリーナと結婚し、義母の家(8LDK地下室付き!)で同居が始まります。フェルメールの絵に幼児はほとんど登場しませんが、実は子供が15人。ちょっと意外です。

【43】…人生43年のほとんどをデルフトで過ごした

フェルメール「デルフトの眺望」にも描かれた新教会。今も17世紀の面影を宿すデルフトだが、この街にはフェルメール作品は1点も残っていない。©AGE Fotostock/PPS通信社

フェルメールが生まれたデルフトは、石畳と運河と煉瓦の建物で彩られた美しい小都市です。画家を志すならローマやスペインで学べ! といわれた時代に、この街を愛し、生涯43年のほとんどを過ごしたフェルメール。市街地の4分の1が破壊された1654年の火薬庫爆発事件で、多くの芸術家が街を去り、自身の絵の大半が焼失した後でさえ、デルフト愛を失いませんでした。やわらかな光と人物とが溶け合うような室内画や、マルセル・プルーストが小説で「世界で最も美しい絵画を見た」と讃えた風景画は、そんなフェルメールだったからこそ、描き得たのかもしれません。

フェルメール展で観られる風俗画「取り持ち女」とは

フェルメールが初期に描いた作品のひとつである「取り持ち女」。それまで宗教画や物語画に取り組んでいたフェルメールが初めて描いた風俗画です。

「取り持ち女」の注目ポイント

フェルメール展ヨハネス・フェルメール「取り持ち女」1656年 油彩・カンヴァス 143×130cm ドレスデン国立古典絵画館 bpk/Staatliche Kunstsammlungen Dresden/Herbert Boswank/distributed by AMF

画面右側に赤い服の人物と黄色い服の娼婦、左側に黒服の人物を配した構造。絵の左側を黒くすることで、娼婦と客に目が向くように意図されています。画面中央を横切るテーブルのラインを境にして、上下の色がうつし鏡のようになっているのも面白いポイント。こちらを向いている左端の男性は、フェルメールの自画像ともいわれています。本作は、上野の森美術館で開催中の「フェルメール展」で、2019年1月9日から2月3日(会期終了)の期間限定展示(東京展)。もう行ったという方も、これはまた見に行きたくなってしまいますね!

フェルメール展

会期 開催中〜2月3日
会場 上野の森美術館
公式サイト