70代の北斎が見せつけた機知と、圧倒的な画力「世界よ、これが浮世絵だ」
浮世絵版画の多色摺の技術が完成したのは、明和2(1765)年。北斎が6歳のときでした。江戸に幕府が開かれて一世紀半、ようやく西の都・京に劣らぬ文化が、将軍のお膝元に花開いたのです。人々は錦の着物のように美しい多色摺の浮世絵を「東錦絵(あずまにしきえ)」と呼びました。
錦絵の登場によって人々の暮らしは色彩にあふれ、錦絵は情報やエンターテイメントのあり方を変えていきました。続々とスター絵師たちが登場していく急成長のメディアの歴史を、北斎はすべて見てきたのです。幼い頃には春信を、青年期には清長を、そして30代では写楽や歌麿を。
そして錦絵誕生から六十余年、版本や肉筆画の仕事を主に手がけていた北斎が、70歳にして取り組んだ錦絵の一大シリーズが、「赤富士」や、“Great Wave”こと「神奈川沖浪裏」を含む「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」でした。
「冨嶽三十六景」で、「赤富士」と並ぶ代表作の一図。葛飾北斎「神奈川沖浪裏」アダチ版復刻
当時の浮世絵版画は全体的な傾向として、どんどん緻密に華美になっていき、写楽・歌麿の全盛期のおおらかさや伸びやかさのようなものは、徐々に失われつつありました。
北斎と西村永寿堂は、この「赤富士」をもって、技巧偏重、装飾過多の時流に逆らい、来し方の浮世絵の美を、人々に再提示したようにも思われます。同時期に活躍していた浮世絵師の広重や国芳は、北斎より37歳も年下。写楽・歌麿のリアル世代ではないわけです。
絵草紙屋の店先に、北斎の赤富士が並んだとき、誰もがハッとしたはずです。威風堂々とそびえる真っ赤な富士山の姿に。どこまでも単純明快で潔い、錦絵の美に。そして多くの浮世絵師や職人が、恐れ入ったと舌を巻いたことでしょう。こんなにもエレガントにすがすがしく、しかもたった4版という最高のコストパフォーマンスで、絵師、彫師、摺師三者の技巧の極致を見せつけたのですから。
葛飾北斎「凱風快晴」アダチ版復刻
葛飾北斎「凱風快晴」、通称「赤富士」。それは、浮世絵界の永遠のレジェンドなのです。
浮世絵のことがもっと知りたくなったら、東京・目白のアダチ版画研究所のショールームへ
本稿の執筆にあたり、ご協力いただいたアダチ版画研究所は、江戸時代からの伝統的な技術を継承する彫師・摺師を擁した、木版画の版元です。アダチ版画研究所のショールームでは、現代の彫師・摺師による精巧な復刻版浮世絵を展示販売しています。
また、同社が母体となり設立された財団「アダチ伝統木版画技術保存財団」では、伝統的な木版画の技術の保存・啓蒙普及のため、実演会の開催や展覧会企画などを実施。現在、財団設立25周年記念企画展 として「見る!触る!体験する!浮世絵大解剖 ~北斎の“グレートウェーブ”を究める〜」をアダチ版画研究所のショールームにて開催中です。浮世絵のことをもっと知りたい、という方はぜひ、足をお運びください。8月21日には、親子向けの体験イベントも開催予定。夏休みの自由研究にもぴったりですね。詳細は下記の公式サイトにて。
◆ 見る!触る!体験する!浮世絵大解剖 ~北斎の”グレートウェーブ”を究める~
会 期 2019年8月16日~9月8日(このイベントは終了しました)
会 場 アダチ版画研究所 ショールーム(東京都新宿区下落合3-13-17)
休廊日 月曜、祝日
時 間 火〜金 10:00〜18:00 / 土・日 10:00〜17:00
公式サイト