美術ファンにとって毎年いちばん楽しみな季節は「芸術の秋」ですよね。2019年秋も全国各地の美術館・博物館で各館の「勝負展示」が披露され、どの展覧会も非常に盛り上がっています。
しかし「芸術の秋」が終わった年末年始も引き続き要注目です。なぜなら、最近特に「新春を祝う」おめでたいテーマでの企画展や、新春三が日での限定イベントなど、年末年始にあわせて趣向を凝らした企画を用意してくれるミュージアムが増えてきたからです。
本稿で紹介する三井記念美術館もまた、毎年12月~1月にかけて同館屈指の国宝「雪松図屏風」(円山応挙)を定期的に公開し新春にふさわしい展示でアートファンを楽しませてくれる美術館。さて、今年の「雪松図屏風」はどんな展示になるのかな・・・と思っていたら、意外にも「茶道具」との取り合わせでの企画展に仕上がっていました。
早速内容を見ていくことにしましょう。
令和改元を祝して、2019/20年は「皇室」とのかかわりに着目した展覧会
金一色の背景に金襴手のゴージャスな天目茶碗が掲載された「おめでたさ」MAXのチラシが印象的です。
三井記念美術館では、2005年に現在の三井本館に移転設立されて以来、毎年の恒例として年末年始の時期には同館の至宝「雪松図屏風」を軸にした館蔵品展を開催してきました。そこで2019/2020年は「令和改元」を祝して、天皇や皇室にかかわる作品を選んでの展覧会となりました。
その中心となるのが、明治20年(1887)に京都御所の博覧会場で開催された京都博覧会において、三井家が明治天皇への献茶を行った際の茶道具の展示です。実は、三井家にとって最高の栄誉となったその茶会で「雪松図屏風」が献茶席の囲い屏風として使われていたのですね。三井家の至宝、まさに大活躍です。
京都博覧会の献茶会で使われた三井家の至宝「雪松図屏風」
国宝「雪松図屏風」 円山応挙筆 6曲1双(左隻) 江戸時代 北三井家旧蔵
ところで「京都博覧会」って聞き慣れない言葉かもしれませんよね。明治時代では、上野の内国勧業博覧会やパリ、ウィーン、ロンドンの万国博覧会などはわりと有名ですが、同時期に京都で毎年開催されていた「京都博覧会」の存在はそこまで知られていないかもしれません。実は「京都博覧会」は明治維新と深く関わりがあります。
明治天皇の時代になって、日本の首都は京都から東京へと遷都されました。首都機能を失った京都は徐々に沈滞していきますが、停滞を打破しようと企画されたのが京都の武具や書画、陶磁器などの骨董品を集めて一挙に展示する「京都博覧会」でした。明治5年から毎年開催され、明治20年には明治天皇もタイミングよく参加。孝明天皇20年祭のため京都に滞在していた時に開催時期が重なり、博覧会に行幸することになったのです。
この時、献茶席を設け、亭主として明治天皇へ献茶を行う栄誉に浴したのが三井高朗・高棟(たかあき・たかみね)親子だったのです。高朗・高棟はここぞとばかり張り切り、茶席には数々の北三井家の至宝が持ち込まれます。たとえば、パンフレットにも掲載された永楽和全の金襴手天目、野々村仁清の色絵鶴香合、色絵薄絵茶碗、藤原定家の小倉色紙、長次郎の黒樂茶碗等々・・・。
その真打ちとして登場したのが、広間を囲うために使われた円山応挙「雪松図屏風」だったというわけです。
国宝「雪松図屏風」円山応挙筆 6曲1双(右隻) 江戸時代 北三井家旧蔵
そこで本展では、この明治20年の京都博覧会の献茶席で実際に使用された茶道具や、献茶席に関する各種資料を一挙展示。当時、明治天皇を迎えてしめやかに執り行われた茶席の雰囲気を偲ぶことができそうです。
「御所丸茶碗」 1口 桃山時代 北三井家旧蔵
「日の丸釜」与次郎作 1口 桃山時代 北三井家旧蔵
それ以外にも気になる展覧会の注目点をピックアップ
もちろん本展では「京都博覧会」以外にも多数の皇室関連や茶道具を中心とした名品が登場。三井記念美術館のコレクションの層の厚さを実感できる充実した内容となっています。そこで、本稿では特に5つに絞ってそれ以外の注目点をピックアップしてみました。
見どころ1:帝室技芸員の傑作
「九郎義経」安田靫彦筆 1幅 昭和17年(1942) 室町三井家旧蔵/丁寧な線描を極め、歴史画を得意とした安田靫彦の傑作。有職故実に忠実に、丁寧に全身の装束が描かれています。
2019年は新天皇御即位に関連した展覧会が多数開催されましたが、中でも各展で頻繁に見かけたのが「帝室技芸員」たちの美術工芸品のハイレベルな作品群です。「帝室技芸員」とは、明治23年(1890年)に日本美術の奨励・発展を目的に皇室の保護を受けた美術・工芸家ですが、明治~昭和初期までの超一流の一握りの作家だけが推薦を受けました。
三井記念美術館でも、森寛斎(もりかんさい)・柴田是真(しばたぜしん)・橋本雅邦(はしもとがほう)・川端玉章(かわばたぎょくしょう)・竹内栖鳳(たけうちせいほう)・横山大観(よこやまたいかん)・安田靫彦(やすだゆきひこ)・菊池契月(きくちけいげつ)・堂本印象(どうもといんしょう)・鏑木清方(かぶらききよかた)・前田青邨(まえだせいそん)・小林古径(こばやしこけい)など、多数の帝室技芸員の作品を所蔵。本展ではその中から展示ケースに入る小型の作品を選んで披露されます。
「稲菊蒔絵鶴卵盃」 柴田是真作 1対 明治時代 北三井家旧蔵/絵画・工芸など多方面でマルチな活躍を見せた天才芸術家・柴田是真の上品な蒔絵小品。正月らしい祝賀感に溢れた作品。
見どころ2:天皇に関わる古筆切
重要文化財「古筆手鑑「たかまつ帖」より「大聖武」」 伝聖武天皇筆 1葉 奈良時代 北三井家旧蔵
本展では、重要文化財の古筆手鑑「たかまつ帖」から、同館が所蔵する天皇に関わる「古筆切」(こひつぎれ)37葉をまとまって一挙に展示。
ところで「古筆切」「手鑑」とはなんでしょうか?
まず「古筆切」とは、簡単にいうと平安~鎌倉期の歌集や経巻などを装飾用、観賞用に短く裁断したものです。戦乱等により多くの古い墨跡が失われた室町時代頃から、古筆を断簡にして個別に軸装した上で茶席に供されることが増えました。また、「手鑑」とは、こうした様々な古筆の断簡を切り貼りして一つの帖面へコレクションしたものです。元々は古筆の鑑定用に作られたとされますが、江戸時代には嫁入り道具としても流行しました。ちなみに、全国から36に分かれた断簡のうち約2/3が2019年秋に京都国立博物館へ再集結したことで話題となった「佐竹本三十六歌仙絵」は明治時代に切断された最も有名な「古筆切」の一つですね。
展示の中でぜひ注目したいのが、上記の画像にもある聖武天皇が書いたと伝わる墨跡です。どことなく顔真卿(がんしんけい)のような力強さも感じさせる古代の墨跡、じっくり味わってみたいですね。
見どころ3:水野年方の浮世絵
「三井好 都のにしき「朝の雪」」水野年方画 13枚の内1枚 明治時代 個人旧蔵
同館でいつも意外性に満ちた作品が展示されるミニ展示スペース「展示室6」には、水野年方(みずのとしかた)の浮世絵美人画の連作が登場。(13枚のうち6枚を展示)この一連の連作木版画は、三越の前身でもあった三井呉服店の明治37年頃の真作カタログとしての性格も兼ね備えていたといいます。
ちょうど11月1日から東京国立近代美術館で鏑木清方の大傑作「築地明石町」が発表され、新たな清方の魅力に触れるアートファンも多くいらっしゃるかと思います。その清方の「師匠」だったのが水野年方なのです。その叙情的で余韻に満ちた江戸情緒あふれる作風は、確実に弟子・鏑木清方へと受け継がれていることがよくわかります。
見どころ4:国宝志野茶碗「卯花墻」も登場!
国宝「志野茶碗」銘卯花墻 桃山時代 室町三井家旧蔵
そして、皆さんお待ちかねの同館の至宝、国宝「卯花墻」(うのはながき)もちゃんと登場!もちろん、展示場所はいつもの”定位置”として「如庵」を再現した展示ケース(展示室4)に展示される予定。日本で最も「卯花墻」の理想的な鑑賞に適した展示場所ですよね。誰もが認める桃山茶陶の最高峰、じっくり楽しんでくださいね。
見どころ5:意外に侮れない?!歴代三井家当主が描く吉祥画題
「草花図剪綵」三井高朗作 2曲1隻 明治時代 北三井家旧蔵
三井家の歴代当主の凄いところは、単に商売上手で骨董・茶道具にも精通した数寄者であるだけに留まらない点です。なんと自ら絵筆を執って岩絵の具でプロ顔負けの絵画を描いてしまうのだから恐れ入ります。
昨年もそうでしたが、2019年の「雪松図展」でも一通り名品を見終わった後、三井家当主が描いた作品群が一挙に展示されるのは出口直近の展示室7になる予定。集められた作品は「新年」をお祝いするのにふさわしい吉祥画題ばかりですし、ちょうどフルコースを食べ終わった後、最後の口直しのような感じで楽しんで頂くといいかもしれませんね。
2019年度は通期で雪松図屏風が出品。展覧会納めにも!
ところで、「国宝」指定を受けた作品は、年間を通じて展覧会に出品できる期間が法律で制限されているため、一定期間展示されたらすぐに展示終了となってしまいがちですが、今年度の国宝「雪松図屏風」は12月14日の展示初日から展示最終日までしっかり通期でチェックすることができます。年末は12月26日まで開館していますので、年末の「展覧会納め」は雪松図屏風で締めてみるのはいかがでしょうか?
展覧会基本情報
展覧会名:「国宝 雪松図と明治天皇への献茶」
会場:三井記念美術館(103-0022 東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7F)
会期:2019年12月14日(土)~2020年1月30日(木)
公式サイト:http://www.mitsui-museum.jp