あらゆるイベントが中止になってしまった2020年。密集・密着の極みと言えるお祭りも例外ではなく、神輿や山車の渡御は軒並み中止が発表されました。せめて2次元でいいから神輿を拝みたい……とYoutubeで動画再生していると、うごめく群衆の中心で神々しく輝く神輿に目を奪われます。大きく張り出して優美な曲線を描く屋根、日の光を受けて黄金色の光を放つ鳳凰、今にも動き出しそうな龍の彫刻……そう、神輿って美しいんです。
町を巡るVIP専用車
神輿の起源は、天皇や貴族が移動する際に使う乗り物である「輿」とされています。屋形の台に人を乗せ、下に取り付けた棒を担いで運ぶ人力の乗り物です。神の輿だから神輿。「神輿」とも「御輿」とも書きますが、いずれにしても神聖な存在であることを意味しています。
目に見えないといっても神様ですから、貴賓中の貴賓として品位と格式を持ってお運びせねばなりません。より立派に見えるよう、神聖性と信仰心を表現した意匠が磨かれていきました。20以上の職方がすべて手作業で作る神輿には、伝統工芸の技術が凝縮しているともいえます。
今回、東京・浅草の神輿師「宮本卯之助商店」への取材が実現。金槌の音が響く工房で、神輿師の山下さんに、神輿製作の裏側について伺いました。
まさにミニチュア神社。神輿の基本構造
神輿の基本構造は大きく「屋根」「堂(胴とも書く)」「台輪」の3つに分かれます。
屋根は、頂上に鳳凰を戴き、町名を記した駒札や神社の印である神紋が取り付けられます。何よりも先に目が行く、神輿の顔ともいえる部分です。
目線を下げると、鳥居や階段が据えられた堂部分。中央の扉の中に、神様をお乗せします。まさに神社を縮小したかのようなつくりです。サイズ感としては、シルバニアファミリーくらいでしょうか。
そしてそのさらに下、神輿の土台となるのが台輪です。台輪には担ぎ棒を通す穴が開いています(開けずに別途金具を取り付ける場合もある)。前後左右には緻密に施された彫刻や錺(飾り)金具が据え付けられています。
至近距離で見てほしい!工芸品としての神輿
ではここからはもう一歩踏み込んで、ぜひ至近距離でご覧いただきたい神輿の美しさをご紹介します。
鳳凰
頂上で堂々と翼を広げているのは、伝説の瑞兆、鳳凰です。古代中国では「前は麒麟、後ろは鹿、頸は蛇、尾は魚、背は亀、あごは燕、くちばしは鶏に似る」といわれていたそうです。そんな動物いたら怖いですが、確かに、近くで見ると亀の甲羅のようなものや鱗のようなものが見えました。
胴は鋳金、羽や尾羽は錺金具で作られます。弥生時代から発展してきたという彫金は、大小の道具を使い分けて1㎜以下の絵柄も正確に表現する職人技。羽毛の一本一本まで、まるで手に取れるかのようです。羽や尾っぽの角度は、左右のバランスを整え、下から見上げた時により躍動感と美しさを感じられるよう計算して調整されています。
地域の平和と安寧を祈るかのように遠くを見晴るかす鳳凰の表情は気品に満ち、霊獣らしい神聖さをまとっています。遠くから神輿がやってくる様子は、まさに鳳凰が飛んできて聖人の訪れを告げているかのようです。
屋根
四方に張り出す屋根は、滑り降りるような曲線を描いています。神輿のあらゆる木地を製作する木地師は、屋根から台輪までの主要な骨格部分を1本の釘も使わずに組み上げます。形や角度を正確に測り、数十種類のノミとカンナを使い分けて調整することで、どこから見てもバランスの取れた美しい曲線が生まれるのです。
屋根の仕上げは漆塗り。深い光沢が美しい漆芸は、古くから西洋でも珍重される工芸材料でした。漆の色は乾燥の度合いによって変化するので、漆室と呼ばれる専用の乾燥室で温度と湿度をコントロールしながら調節するそうです。塗りと磨きを重ねて強度を補強しながら、約20もの工程を経て丁寧に仕上げていきます。
屋根の形状には、水平に作られている「延(のべ)屋根」と、中央部分が湾曲して装飾が施されている「唐破風(からはふ)屋根」があります。
「唐破風屋根」は城郭や神社仏閣のほか、銭湯や霊きゅう車でも見られる日本独自の建築様式です。軒面に並ぶ火焔型の飾りは「吹き返し」といって、かつて町中を渡御する際に人々から投げられたお賽銭を受け止める役割があったとか。中央には火伏のおまじないである「懸魚(げぎょ)」が下がっていて、これまた彫刻が見事。一気に風格が増すような気がします。
蕨手
屋根の四隅を見ると、屋根の稜線が外側に張り出し、先がくるりと丸まっています。山菜の蕨のような形から「蕨手(わらびて)」と呼ばれる部分で、強度が必要なため鋳物で作られています。蕨手には小さな小鳥が止まっていたり龍が巻き付いていたりと細かい装飾が施されていて、全体の印象をさらに豪華なものにしています。
枡組み
神輿は大勢が肩に担ぎ練り歩くものですから、渡御中は常に振動による衝撃が加わり、どうしても堂部分に負担がかかります。そこで、屋根の重さを分散させ、振動を吸収するために組み込まれる免震構造が「枡組み」です。ジェンガのような小さなパーツを何百と組み合わせて作ります。あえて固定しないことで遊びを生み、巧みに力を吸収して逃がすというギミックです。
こうした部品を含めて、神輿には大小5000もの部品が使われています。外から見えにくい部分ですが、四隅に狛犬が仕込まれていたり金箔で仕上げられていたりと、細部まで手を抜かない江戸の粋が感じられます。
堂飾り
神輿の中心部ともいえる堂は、神社の社殿を模したつくり。屋根の形状や彩色の有無などは、所属する神社の建築様式に合わせて作られることが多いそうです。
注目すべきは彫刻と彫金金具。唐戸と呼ばれる扉の上部、長押に精緻な彫刻が施され、鳥居の柱や四方にめぐらされた囲垣の一本一本にも小さな錺金具が取り付けられています。彫刻の題材は、龍や狛犬、七福神などがありますが、新調する時には神社の社殿や由緒から図案を決めます。
とにかく細かく作りこまれているので、見る機会があったらぐっと顔を近づけて見てみてください。ただ、お祭り中は扉の向こうに神様がいらっしゃるので、むやみやたらに触ったり、息を吹きかけたりしないように。
瓔珞
とはいえ、神様がお乗りになる神輿の本体は本来じかに見てはいけないもの。そのため、四面の屋根の下には瓔珞(ようらく)と呼ばれる網状の飾りが取り付けられ、貴人の姿を隠す御簾の役割を果たします。大小の金具一つ一つに神紋や町会名などがあしらわれていて、その細工は非常に繊細です。壊れやすいため渡御の際は外されていることが多いですが、神輿蔵や神酒所に飾られている時には取り付けられています。
台輪
土台となる台輪も、彫刻や錺金具でしっかりと装飾されます。面積が広い分、大ぶりの彫刻を見ることができます。
中央がふっくらとしている「三味線台輪」は、宮本卯之助商店が始めたもの。神輿の大きさは台輪の幅を基準にしますが、同じ幅でも三味線台輪は、ふくらみのない「角台輪」に比べるとやや大きく見えます。こうした工夫を加えながら、神輿製作の技術は連綿と受け継がれてきました。
消耗する工芸品
こうして見ると、神輿とは日本の伝統技術が凝縮された工芸品のように思えます。しかし、神輿はガラスケースに飾って眺めるものではなく、お祭りで担がれてこそのもの。お話を伺った山下さんも、「手がけた神輿が担がれているのを見るのが一番のやりがい」と語ります。渡御で揺すられるほどに傷みも出てきますし、基本的にお祭りは雨天決行なので雨に濡れることも少なくありません。中にはじゃんじゃん水をかけながら担ぐお祭りもあり、神輿は激しく損耗するのだとか。そうした神輿の修繕も宮本卯之助商店の仕事です。
さればこそ、数十年、数百年単位で担がれる神輿であれという想いを込めて、職人は一つ一つの作業に神経に向き合い、丁寧な仕事をしているのではないでしょうか。そこに「消耗する工芸品」の美しさを見たような気がします。
とにもかくにも、神輿は美しい。どこかで目にする機会があったら、近くに寄ってじっくりと鑑賞してみてください。ただし、お祭りの期間中は神様が乗っていらっしゃいますので、バルコニーや歩道橋の上から見下ろすのはNGですよ。
宮本卯之助商店
店舗名: 宮本卯之助商店
住所: 111-0035 東京都台東区西浅草2-1-1
営業時間: 平日9:00-18:00
定休日:年中無休
年中無休
※新型コロナウィルス感染拡大防止のため営業時間、定休日とも変更あり。
詳しくは公式webをご確認ください。
公式webサイト: https://www.miyamoto-unosuke.co.jp/company/index.php