いきなりですが、クイズです。
「鎺」、この字は何と読むでしょう?
正解は、「はばき」。
普通のクイズだと、あ~そうだったのか! となる正解発表ですが、へ? という声が聞こえてきそうですね。はばき? そりゃ、なんじゃらほい。
はい、これ!
うん、さらなる????が飛びまくってそうです笑
鎺(はばき)よ、おぬしは一体何者だ? その全貌、ここに見せよ!
鎺とは何か?
日本刀にはなにやら金具がいろいろ付いています。その中でも特に、何のためにつけられているのかよく分からない(し、そこまで見た目が派手でもない)謎なヤツ。それが「はばき」です。
が、実はこれがないと恐怖のどん底! というほど重要な役割を果たしている、いぶし銀の存在なのです。実際の素材は銅や銀・金などいろいろですけれどね。漢字だと途中で読みを忘れてしまいそうな非日常の単語なので、以降はひらがなで表記していくことにしましょう。
はばきの定位置は、ここ。日本刀の刃の付いた部分と持ち手部分の境目。
博物館などで見るものは金色っぽいものが多いですが、この色でなければならない、といった決まりはありません。
ちなみに、東京国立博物館所蔵「水龍剣(すいりゅうけん)」の名付けの由来は、超絶技巧で知られる加納夏雄が作った金具からと言われ、はばきもとても洒落ています。
鎺の役割とは?
時々、パンツや褌(ふんどし。詳しくはこちらで→ 尻丸出し姿に外国人仰天。徳川家康、細川忠興らも愛用した「ふんどし」の歴史)などにたとえられることもある「はばき」ですが、機能面から考えるならちょっと意味合いが異なります。
はばきの役割は、意図しない時に鞘から刀身が出てきてしまうのを防ぐ・刃の最下部の破損を防ぐ・鞘の中で刀身が動いて傷付いてしまうのを防ぐ・模様や家紋がデザインされるなど見た目の美しさを演出する、といったところ。下着は履いていなくてもある程度なんとかなります(履いていないことを公言しているスポーツ選手もいますし)が、はばきがないと、本気で恐怖の淵に突き落とされるのです……。
どういうことかというと。様々な要因ではばきが完全には役割を果たしていない鞘で時折起きるのですが、ふと動かした瞬間、不意打ちでいきなり鞘から刀身が滑り出てくることがあります。扱う人は常にこの可能性を考慮しながら慎重に動作を行っていますが、はばきがちゃんとある場合にすらこれなのだから、もしなかったら、というのは言うまでもなく。つまり、くせ者が現れて置いてある刀に手を伸ばすたび、飛び出てきた刃で自分が手を斬ってしまう、なんて、コントみたいな事態が起こりかねない、ということですね。
また、人のみならず、刀自体の破損といった危険性もあります。鉄でできているのだから、刀というのはとても硬いのだろう、と思ってしまうのですが、これがまたどういうわけか、思春期の心のような繊細ボディをほぼ例外なく持ち合わせているのです。ほんのちょっとしたことでも表面に傷が付き、刃こぼれし、手入れを怠れば錆が出る。なので、鞘の中で固定するはばきがないと、大事な刀身が傷つくリスクが跳ね上がってしまうのです。
ちょっと怖い、古代刀の鎺
現在まで続く日本刀の姿は、平安時代の終わりごろに成立したとされています。では、それより前の古代において、はばきはどんな姿だったのでしょう。
古代の刀、とひと口に言っても様々な形状があるのですが、反りのないまっすぐな「直刀(ちょくとう)」が多く存在するのも特徴の1つです。
はばきは、というと。
形は、今まで見てきた姿に似たものと、厚ぼったい姿のものがあります。
素材は鉄・鹿の角・木など、現在ではあまり見られない(まったくない訳ではありませんが)材料も使われていたようです。
付けられる位置はほぼ同じ、ですが、方式が大きく異なっています。いくつかパターンがあるようですが、握る部分である柄(つか)のほうにはめる・刀身の刃側の下端に小さな穴が開けられていて、はばきと一緒にその穴を通して固定する、など。
そして、一部、装着する時にちょっと怖いものがあったりします。
なんと、鋭く尖った先端のほう「鋒(きっさき)」からはめる……! ひえええ!
なお、この時代に「はばき」という名称で呼ばれていたかどうかは不明ですが、役割はそこまで大きく違わなかったのではと見られています。
鎺の語源説
はばきという名前にはいくつかの語源説があります。以下、語源説を集めてある『日本国語大辞典』で一挙に見てみましょう。
(1)ハバキガネ(脛巾金)の略〔大言海〕。脛にはくハバキ(脛巾)のように、刃にはく金の義〔日本釈名〕。
(2)ハカキ(刃欠)の義。このカネで刀をつつむ意から〔腰刀燧図記〕。
(3)ハマキ(刃巻)の義〔言元梯〕。
(4)ハフサキ(刃塞)の約〔和訓考〕。
※以上引用、表記は原文ママ
これらはどれも「見た目」に着目したもの。
が、もしかしたら少し異なる角度からも可能性が探れるのでは?
ということで、余った文字数を使って以下に仮説を述べてみたいと思います。
漢字から見る、鎺の語源仮説
「鎺」という文字を日常的に使っている、長年使い続けている、という一般の人は恐らくいないでしょう。いや毎日長年ずっと使っている、というかた、お黙りあそばせ。あなたは一般人の皮を被った業界人です。
と、少々過激な発言でしたが、これには理由があります。
鎺というのは国字(こくじ)です。国字、つまり、この刀の金具のためだけに日本国内で作られた漢字風文字で、それ以外の意味は持っていないのです。そして、これは2つ以上の漢字の意味を組み合わせて作られた会意(かいい)文字。
と、いうことはつまり、「この字から本来の姿が見えてくる可能性がある」。
「鎺」の文字を解体してみる
鎺の字は「金」と「祖」に分けられます。それぞれ、関連が強いと思われる部分をピックアップして、ごく簡単に意味をご紹介しましょう。
金は「黄金」「金属」「貨幣」「刀剣をはじめとする金属製の武器」などの意味を持っています。
祖は「先祖」「元祖」「物事の根本」「道祖神」などの意味を持っています。
じゃあ、金の祖って何よ?
では、それらが合わさった「鎺」とは一体何を指しているのか……と、それが分かっていれば、苦労はありません笑
が、1つの可能性として、条件に合う存在がおられました(本当は、もっと他にもいろいろ検討したんですよ、というのは一応言っておこう)。
「アラハバキ神」。
またもやクエッションマークの嵐が見える気がしますが……。
そもそもこの神様自体が謎に満ちた存在ではあるのですが、現在判明しているところによると、古くから日本で信仰されている製鉄神であり、道祖神であり、おまけに読みだって関係ありそうじゃないですか? はばきは鞘の内と外とを分ける場所にあって、道祖神も境界に当たる場所に置かれるもので、なんだか意味も似ていそう。
――と、これ以上はさすがにマニアック過ぎますし、文字数も稼げたしちょうどお時間となりました。謎が謎を呼ぶ謎の金具、刀のはばきのお話は、これにてお開きにございます。
主要参考文献:
・本間順二、佐藤貫一・監修『日本刀全集・6 日本刀の風俗』徳間書店
・松村明(編)『大辞林』第四版 三省堂
・鎌田正・米山寅太郎『漢語林』大修館書店
・諸橋轍次『大漢和辞典』修訂第二版第七刷 大修館書店
・藤堂明保・松本昭・竹田晃・加納喜光(編)『漢字源』
・『日本国語大辞典』第二版 小学館
・『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館
・『国史大辞典』吉川弘文館
・近江雅和『記紀解体――アラハバキ神と古代史の原像』彩流社
・『歴史読本』第767号 菅田正昭「特別企画 異端の神々を祀る社――アラハバキ神と天目一箇神」
・『歴史読本』第869号 髙橋輝雄「アラハバキ――全国に祀られる客人神」
・『北方風土:北国の歴史民俗考古研究誌(38)』 伊藤祐紀「蝦夷の神「荒吐(あらはばき)神」の実態を明らかにする」
・『神道と日本文化』5 三橋健「アラハバキという神(上)」