日本の絵師のなかで、おそらくその名を世界に最も知られ、19世紀後半に興ったフランスの芸術運動“ジャポニスム”や印象派に多大な影響を与えた葛飾北斎。
その代表作としては、富士を描いた「富嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」が有名ですが、それは天才絵師の画業のほんの一部にしか過ぎず、その圧倒的な筆力と衰えることのない創作への情熱で、肉筆画の名作も数多く残しました。
【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第8回 TASAKI
アメリカ・ワシントンD.C.のフリーア美術館が所蔵する「波隯図(はとうず)」もそのひとつです。自然を自在に表現した北斎が最晩年に描いた、波をダイナミックに表現した傑作と、日本の宝飾界に新風を吹き込むジュエラー「TASAKI」の渦潮を彷彿させる斬新なダイヤモンドジュエリーが、今、時を超えて響き合います。
力強く、グラフィカルに光の“渦”を表現した輝き
その画業において多くの“波”を描いてきた北斎が、鬼籍に入る2年ほど前に描いた肉筆画「波隯図」。岸壁に打ちつける波の飛沫までもが、卓越した筆致によって独創的かつ繊細に描写されています。躍動感に満ちた波に呼応するかのように、“渦”をモチーフにしたダイヤモンドジュエリーも、鮮烈な輝きを放ちます。
動的な美しさを生み出す精緻で高度な日本の技
壮麗なダイヤモンドのイヤリングは、石のセッティングに微細な高低差をつけることで、ドラマティックなデザインがさらに立体的で動きのあるものに。螺旋を描くダイヤモンドの繊細なグラデーションや石の角度へのこだわりにも、日本の高度な宝石職人の技が生かされています。
回転する閃光を捉えた大胆で流麗なデザイン
鷹の爪を思わせる波頭に、白い飛沫が舞い散る、迫力に満ちた北斎の波。渦巻くダイヤモンドジュエリーの斬新なデザインは、海外の新進デザイナーを積極的に起用してきたTASAKIならでは。流れるようにダイヤモンドが連なり、デザインにモダンな美しさをもたらします。
立体的に完璧な弧を描くダイヤモンドの連鎖
マーキスカットのダイヤモンドを鎖のように連ね、さらに階段状に高低差をつけてセッティングしたリング。横から見ると、かなり立体的な構造になっており、3Dの技術でデザインされていることがわかります。美しい弧を描くダイヤモンドの輝きは、北斎のダイナミックな大波の曲線を想起させます。
画狂老人・北斎が描き続けた生命力に溢れた“波”
90歳で没するまで創作への情熱を失うことのなかった葛飾北斎が、特にこだわって描き続けた画題のひとつが“波”でした。なぜそんなにも北斎は、“波”に魅了されたのでしょう。
神秘の探求から誕生した美、それは見るものをさらなる美の境地へと誘う
葛飾北斎といえば、だれもが思い浮かべる代表作に、海外で“グレート・ウェーブ”の名で知られる木版画「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」が挙げられます。激しく渦巻く波と舟、波間の彼方に見える富士────。
その螺旋で構成された劇的な構図は、のちにフランスで興った芸術運動“ジャポニスム”や印象派の画家たちにも大きな影響を与えました。
1760年、江戸時代中期の江戸本所に生まれ、6歳で絵を描き始めた北斎は、40歳を前にありとあらゆる絵画の様式と技法を学び、独自のものにしたといわれています。そうした天才・北斎が生涯にわたってこだわり続けた画題のひとつが海であり、“波”でした。その表現は、歳を重ねるごとにダイナミックになり、まるで生命を宿しているかのようになっていきます。北斎は70代で「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」を描きましたが、その後も“波=水の表現”への興味が失せることはありませんでした。
人生を通じて“波”に魅せられていた北斎は、それを画題にした多くの木版画やスケッチを残しました。また、最晩年には、岸壁に打ちつける荒々しい波を描いた肉筆浮世絵「波隯図」(フリーア美術館蔵)や、渦巻く波だけで構成された祭屋台天井画「怒濤図」(小布施町上町-おぶせまちかんまち-自治会蔵)などを製作。それらの作品は、森羅万象を描いてきた北斎が、最後にたどり着いた境地ともいえるものでした。
一方、渦潮を思わせるデザインが斬新な「TASAKI」のジュエリーは、アメリカのデザイナーによって、自由な発想のもとに生まれました。美しい弧を描くダイヤモンドの配置は、自然界に多く見られる対数螺旋に倣ったものでしょう。
デザインの着想は、高速で回転する閃光と、その残像によって得られたもの。そうした光の軌跡こそが、海面に燦(きら)めく渦潮を彷彿させるモダンなデザインを生み出したのです。
フリーア美術館とは? 北斎の肉筆浮世絵のコレクションも世界随一
アメリカ・ワシントンD.C.にあるフリーア美術館は、世界で最も名高い日本画家・葛飾北斎の肉筆浮世と素描の圧倒的なコレクションでも、その名を知られています。
フリーア美術館が所蔵する北斎の肉筆画をこれだけの数、まとまって所蔵しているのは世界でも大変希有なこと。そのなかには、「富士と笛吹童図」「雷神図」などの傑作も含まれています。これらの作品のほとんどを19世紀末から20世紀初頭にかけて蒐集したのは、当美術館を創設したチャールズ・ラング・フリーアで、彼は北斎の肉筆画の芸術作品としての完成度の高さに魅せられていたといいます。
今、それらの作品は大英美術館との協働によりデータベース化が進められ、画家もメディアを通じて一般に公開されています。
◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
ー和樂2019年4・5月号よりー
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文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也