燦然と輝くダイヤモンドを“葉”に見立てた壮麗なハイジュエリー

燦然と輝くダイヤモンドを“葉”に見立てた壮麗なハイジュエリー

やまと絵の登場によって日本の風景や風物が絵画の主題になると、自然界の動植物は日本美術にとって欠かせない題材のひとつになりました。のちに琳派の祖といわれる俵屋宗達(たわらやそうたつ)をはじめ多くの絵師たちが、四季折々の花や木々を絵画の題材として描いています。

また、西洋においては、宝飾など様々な調度品のモチーフとして繁栄のシンボルとされる木々が好まれる傾向に。たとえば、クリスマスの装飾に欠かせない柊(ひいらぎ)の葉は不死の象徴でもあります。

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第6回 Harry Winston

そんな“葉”を想起させるダイヤモンドが、アメリカを代表するダイヤモンドジュエラー「ハリー・ウィンストン」によって壮麗なハイジュエリーに。その圧倒的な輝きと、アメリカ・フリーア美術館所蔵の俵屋宗達の工房による雑木林をグラフィカルに描いた傑作との美しき対比をお楽しみください。

最高峰のダイヤモンドをリースにしたネックレス

ネックレス[ダイヤモンド計約119.41ct×PT]参考価格¥955,400,000(ハリー・ウィンストン)※文中のPTはプラチナ、ctはカラットを表します。

クリスマスリースに着想を得て誕生した“リース・ネックレス”。極細のプラチナワイヤーでセッティングされ、肌にのせるとダイヤモンドだけが浮かび上がって見えます。こうした熟練の技は日本美術の世界にも不可欠。この「雑木林図屏風」では、金箔地の上に写実的かつ精緻なタッチで、様々な形状の葉が描かれています。

意匠性をさらに高めるモチーフの合わせ技

リング[ダイヤモンド計約2.97ct×PT]¥9,590,000(ハリー・ウィンストン)

マーキースとペアシェイプのダイヤモンドを“葉”に見立て、立体的なデザインに仕上げたリング。これは、創始者のハリー・ウィンストン氏によって考案された“クラスター”と呼ばれる様式で、一石一石のダイヤモンドが最大限に光を取り込み、輝く位置に手作業でセッティングされています。そのため、ふたつと同じものが存在せず、そうした唯一無二の美しさも、この絵画に描かれた木々の葉に通じます。

最高にラグジュアリーな“クラスター”の進化系

ブレスレット[ダイヤモンド計約79.08ct×PT]参考価格¥203,600,000(ハリー・ウィンストン)

柔軟性に富むプラチナワイヤーを使用したセッティング技術は、長い歳月を経てより高度に進化しました。立体的なつくりが圧巻のブレスレットは、ダイヤモンドの光が周囲の石に取り込まれては放たれ、輝きが何倍にも増していきます。まさにダイヤモンドジュエリーの魅力を堪能できるデザイン。このジュエリーは琳派の絵画と同じく、自然をモチーフとしながらも圧倒的な生命力を感じさせます。

つけたとき最高に美しく、考え抜かれたデザイン

イヤリング[ダイヤモンド計約15.49ct×PT]¥71,100,000(ハリー・ウィンストン)

写実的に描かれてはいるものの、どことなく図案化されて見える「雑木林図屏風」。そうした“図案化”もまた、琳派の絵師の特徴のひとつです。一方、ダイヤモンドそのものを“葉”に見立て、写実的に自然を表現しようとした「ハリー・ウィンストン」。選び抜かれたダイヤモンドの一石一石が、まさに陽の光に燦めく木々の葉を思わせます。

Harry Winston公式サイト

洋の東西を結びつけた琳派の絵画と自然モチーフ

世界中で愛されてきた植物などの自然モチーフ。それは、俵屋宗達をはじめ江戸時代に活躍した絵師たちにとっても、極めて魅力的な題材でした。

新たな美術様式を生み出した江戸時代の絵画や浮世絵

江戸時代初期に活躍した俵屋宗達は、京都で「俵屋」と呼ばれる絵屋(工房)を営んでいました。上層町衆に扇絵や料紙を制作・販売するその絵屋には、宗達のほかに多くの絵師がおり、完成した作品は屋号の「俵屋」の名で世に出されていたといいます。
 
やがて、絵師として頭角を現した宗達は、1602(慶長7)年に「平家納経」の表紙絵などの修復を任されます。その後、1621(元和7)年ごろには京都・養源院の襖絵「松図」や杉戸絵(すぎとえ)「白象図(はくぞうず)」などを制作。その功績により、朝廷から“法橋(ほっきょう)”の位を授かります。そして、晩年には国宝「風神雷神図」(建仁寺蔵)、「松島図屏風」(フリーア美術館蔵)などの傑作を手がけました。
 
その宗達が率いた絵屋「俵屋」は1640(寛永17)年ごろ、弟子の宗雪に継承されたと伝えられています。17世紀半ばから、「俵屋」はかつて宗達が用いた「伊年(いねん)」印を使用し、「草花図襖」(京都国立博物館蔵)など植物を描いた多数の作品を制作しました。フリーア美術館が所蔵する「雑木林図屏風」はそのひとつだと考えられています。この屏風絵は、様々な樹木が金箔地の上に写実的に描かれ、図案化された構図と鮮やかな色彩が、琳派らしさを宿しているといえるでしょう。

『雑木林図屏風』俵屋宗達派六曲一双(右隻)紙本金地着色金彩154.0×357.8㎝
17世紀中期・江戸時代フリーア美術館Freer Gallery of Art, Smithsonian Institution, Washington, D.C.: Purchase──Charles Lang Freer Endowment, F1997.15

一方、「ハリー・ウィンストン」のダイヤモンドジュエリーを見ると、そうした琳派との共通項が多々あることに気づきます。たとえば、“葉”を思わせるマーキースやペアシェイプのダイヤモンドは、その優れたカッティングと研磨の技術によって、生命を宿しているかのような燦めきに。それを集めたジュエリーもまた、花や木々を想起させ、実は自然を描写する力に秀でていることがわかります。

また、西洋でも自然、特に植物を図案化してきた歴史は古く、たとえば、蔦(つた)や常緑樹は生命力の強さから繁栄の象徴とされてきました。そうした自然モチーフが最も注目されたのは20世紀初頭、アールヌーヴォーと呼ばれる美術様式が誕生したころ。それは、1900年のパリ万博で絶賛されると欧州を席巻。米国にも多大な影響を与えました。そもそもアールヌーヴォーは19世紀後半、パリで起こった芸術運動“ジャポニスム”に起因しているといわれています。

フリーア美術館とは? 光悦寺とフリーア氏の海を越えた数奇な出合い

江戸時代初期の芸術家・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)は、1615年、徳川家康から京都・鷹峯(たかがみね)に土地を与えられ、自らの一族や工芸の職人、絵師らを集めて芸術村を開きました。
 
それから約300年を経て、フリーア美術館を創設したチャールズ・ラング・フリーアは、本阿弥光悦の偉大さを深く理解し、20世紀初頭に、光悦と俵屋宗達の共同制作による書や、光悦の茶碗などの優れた作品を蒐集しました。それらは、フリーアの日本美術コレクションにおける重要な柱のひとつとなっています。

光悦寺にあるフリーアを讃えた石碑。“MEMORIAL of MR. CHARLES L. FREER”と英文で刻まれている。碑右下の銅板の碑文は、益田鈍翁(ますだどんのう)による書。

1923年、日本美術の宝庫といわれるフリーア美術館を開設。すでにフリーアは亡くなっていましたが、1930年、日本美術の国際的な評価を高めたフリーアの功績を讃え、今度は日本が彼を顕彰し、光悦寺に記念の石碑が建立されました。それは、今も光悦が眠る境内にひっそりと佇んでいます。

◆フリーア美術館

住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.

公式サイト

ー和樂2018-2019年12・1月号よりー
※商品の価格はすべて掲載当時のもので、変更されている可能性があります。表記は、本体(税抜き)価格です。
※掲載されている商品は、現在購入できない場合があります。

文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也

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