Craft
2021.05.03

顔は心を表している!?900以上の仮面を制作した館長に聞く、お面の意味と日本人の精神

この記事を書いた人
この記事に合いの手する人

この記事に合いの手する人

あなたの性格は顔に書いてありますから。出会って早々、性格を当てられた。900以上の仮面を30年以上に渡って作り続ける日本仮面歴史館の館長・木村賢史さんとの出会いは驚きに満ちていた。とてつもなく多くの仮面を制作し、人間の表情を研究し尽くしてきたからだろう。顔占いまでできるようになったらしい。

ええ! 見抜かれてみたいようなちょっと怖いような……。

2021年4月21日、伊豆半島の中程に位置する伊豆熱川駅に降り立った。熱川という文字通り温泉が各所に見られ、もわっとした湯気が立ち込めている。暖かい空気に包まれながら起伏のある坂道を進むとすぐに、日本仮面歴史館にたどり着いた。

どんな展示品があるんだろう? どきどき。

所狭しと並ぶ仮面たち

日本仮面歴史館の中に入ると、仮面の数にびっくり!簡素な外観とは真逆の世界である。この博物館では、木村さんが今まで製作した900面のうち700面ほどを展示している。こんなに沢山あるのかと恐る恐る進んでいく。奥へ奥へと続いており、壁という壁に所狭しと仮面がかけられている。夜に電気を消して入ったら、絶対にお化け屋敷よりも怖いだろう。

900面製作したのもすごいし、700面も展示しているのにもびっくり!

木村さんの仮面ワールドが炸裂している。ご挨拶すると早速、仮面についての熱い想いを語ってくださった。

本当にいろいろな種類のお面がありますね! 

木村さんが制作された仮面

まずはいくつかの仮面をご紹介いただいた。

木村さん:こちらの仮面は笑顔を表現しています。仮面は顔相学的にはおかしいところがあるのですが、自分は仏であるというくらいにならないと、この様な顔にはならないです。つまり、顔は心を表しているというわけです。笑いにも様々な種類があります。口角が上がるというのは人間的なものを飛び越えて無我の境地に至っているということで、自然と一体になる感覚と近いです。

なんだか見ているこちらも笑顔になってしまいます!

木村さん:これは女のお面ですが、髪が乱れると肉体も心も乱れるということを表現しています。目がどのようになっているのかにも注目です。目は心を表します。

稲村:作っていて難しかった仮面はどれでしょうか?

木村さん:リアリティがあるものになってくると難しいです。この仮面には唇に線が何本か入っているし、頭に血管まで付いています。あとは泣いているようで笑っているという笑尉(わらいじょう)というお面や、口を尖らせているひょっとこも難しいです。

仮面は見て作るだけではなく、自分のオリジナルに近い創作品も多いらしい。それが以下の写真中央右寄りの帽子をかぶっている様な独特の仮面。この作品制作には、あるエピソードが隠されていた。

木村さん:これはね九頭竜神社から着想を得たのですが、顔の表情は実際の身近な女性をモチーフにしています。結婚相手選びに困って、どちらを選ぼうかと迷っている顔なのです。(修羅場の語源を作ったとも言われる)阿修羅の顔も少し参考にしていて、捉えどころのない顔を作りました。

たしかに目元が興福寺の阿修羅像を彷彿とさせます。

日本の仮面は何を表現しているのか

このように色・形・表情などを見比べると、様々な仮面があることが分かる。一通り展示されている仮面を拝見した後に、日本における仮面の特徴や表現について詳しくお話を伺った。

木村さん:これが縄文時代の仮面で、現存する日本最古の部類の仮面です。この渦巻きの造形は天才バカボンに登場するほっぺたの模様に似ており、宇宙を表現しています。

天才バカボンの頬には宇宙があった!?

木村さん:仮面は身近な所に神を見出し、自然と一体化する信仰の元に作られてきました。よろずの神を信仰しながら、神仏習合をして外来の信仰も受け入れる。表裏一体、すなわち善でもあり悪でもある様な世界観です。それを日本人はうまく表現してきました。また、十二神将や仁王様が仏の世界、獅子は神の世界、風神雷神は自然をそれぞれ侵してはいけないという憤怒を形にしたもので、人間に対して警告も発しているのです。

稲村:仮面には若者が老翁になったり、男が女になったりと、何かに変身するという意味があると思います。変身するという欲求が仮面の創作に結びついたということはあるのでしょうか?

木村さん:そういうこともあったと思います。(顔から仮面が外れなくなるという)肉付き面のように、自分がなりたいと思ったものに心が乗り移るという考え方はありました。仮面の表情には人の精神が現れるのです。

肉付き面の記事は「真実はいつもひとつ!…だけじゃない? 福井県のお寺に伝わる2つの「肉つき面」の謎」でサイト内検索!

日本・西洋・中国のお面の違い

日本の仮面の特徴は、海外との比較によって見えてくるものもあるようだ。

木村さん:歴史的な背景からして、日本には様々な国の文化が集積してきました。全部受け入れるわけにはいきませんから、心でモノを見るということをしたのです。日本人ははっきりとした表情を出しません。西洋人はYesかNoの世界で生きていますが、日本人は(両極端な正解を持たない)中道の考え方を持っています。能面では、中間的な口の開き方をしている仮面が多いです。要するに「あ」でも「う」でもない、1つの仮面の中にいくつもの感情を盛り込まないといけません。耳がないお面もありますが、これは心で感じることを表しています。

日本の仮面
そういえば能面は角度によって悲しそうにも嬉しそうにも見える、って聞いたことがあるなあ。

木村さん:日本人と西洋人の抽象画は違います。西洋人の場合は、簡単に言うとピカソのように、様々な表情を別々の形で表現するのです。それと同様に、西洋の場合1つの仮面にいくつもの顔が存在します。

西洋の仮面

木村さん:中国の仮面は色によって心のあり様を表現しています。カラフルな色合いの仮面が多いです。

中国の仮面
いろいろな国のお面も見られるんですね!

仮面づくりを始めた経緯とは

それにしても、なぜ木村さんはこれほどまでに仮面作りに没頭するようになったのだろうか。仮面を見れば見るほどに気になってきたので、制作を始めた経緯などについて詳しくお話を伺ってみることにした。

稲村:仮面作りを始めたきっかけを教えてください。

木村さん:30年以上前から仮面作りをしています。静岡県伊東市で仮面を作っていた人がいて、その方に作り方を教えてもらったのがきっかけでした。自分が10年かけてやったことを1年でやったとびっくりされて「俺の後を継げ」と言われましたが、結局独自の路線を進むことになりました。その方は仮面作りに科学的な塗料など人工的な物を使っておられたのですが、私はなるべく身の回りにある自然素材を使いたいと感じたからです。今では、PCウッド工法というやり方で、廃材の木や和紙を組み合わせて丈夫に作っています。

稲村:どの様なお面から作り始めましたか?

木村さん:まずは東南アジアのお面から作り始めました。でも東南アジアのお面には奥深さがないと思い、日本の仮面に行き着きました。日本の仮面作りには正解がなく、「今日もダメだった、明日もダメだった」という風にして作っていくうちに、どんどんのめり込んでいったのです。技術だけでなく心身も一体とならない限り、神や仏にはなれないということを日々感じています。頭でものを作る人は多いですが、心で物を作るという人が少なくなってきているように思います。

稲村:沢山の仮面を作る向上心はどこから湧いてくるのでしょうか?

木村さん:さて、どうでしょう。ここにきたお客さんで、「あなたが仮面を作っているのではなくて、神様が作らせているのかも知れません」という風なことおっしゃっていた方がいました。日本の仮面は作れば作るほど深さを感じますし、終わりがあるものではありません。

稲村:900以上の仮面を作られたと思うのですが、それでもなお難しくて作れないジャンルのお面、もしくは到達できないところはあるのでしょうか?

木村さん:それは絶対あります。神楽面一つとっても、あんな複雑なものどうやって作ったんだと思うこともあります。豊臣秀吉が愛用した仮面は難しいし、あとすごく古い時代のお面は作るのが難しいです。人間国宝の方でも、「鎌倉時代以前の天平や飛鳥時代の仮面は神様の領域だ」とおっしゃっていました。なぜそう言うのかなと思って本などを調べてみたところ、ある文章にぶつかりました。鎌倉時代は貨幣経済が始まった時代なのです。良い仕事はお金の量で決まると言う風になってから仮面の作りは変わりました。もともとお金がなくてはものが作れないと言う民族ではなかったのです。天平飛鳥は我々には想像できない領域ですね。「いつ死ぬかわからない。人間は必ず死ぬ。人生は短い。」という風な覚悟を持って、仮面を作っている様な気がします。

日本仮面歴史館を訪れる各業界のプロ

この博物館には様々な業界のプロが訪れるという。お客さんとの様々な対話を心から楽しんでおられるようだ。

木村さん:この前はガボン共和国のお客さんが来て、「後継ぎはいるのですか?」と聞いてきました。私はそこで、寸善尺魔(すんぜんしゃくま)という言葉を伝えました。要するに人間は一寸先しか見ることはできず、その先はどうなるか分からないものです。身の回りの小さな世界に光を灯すということで、どんな小さいものでも本物を作りたいと思っています。このように答えました。

稲村:非常に深いお話ですね。

木村さん:こういうことを日本の若者に伝えたくて、僕はここに住み博物館を開いているのです。この前も面白い人が訪ねてきました。日光の東照宮の塗りを手がけた職人なんですが、一週間山にこもって、山小屋のないテント暮らしをしたそうです。天地同根(てんちどうこん)という言葉が身にしみて感じられ、虫の声も鳥の声も聞こえて、自然の力はすごいなということを実感したそうです。(天地同根とは、天地と我は一体であるという意。)

稲村:木村さん同様、ここを訪れる方も魅力的な方が沢山いらっしゃいますね!

木村さん:この前は雅楽の分野で世界的に活躍されている方が「仮面に歌をつけますよ」と言って遊びに来ました。仮面を様々な業界のプロの人が見に来てくれます。分かる人に分かってもらえれば良いのです。

ペンションや農園なども営む

木村さんは仮面制作を始める前から実は、こけし作りなどをしており、お土産屋の経営もされていたそうだ。今はペンションの経営(ゲストハウス つくし館)をされており、そこにも連れて行っていただく事になった。そこで木村さんの更なる一面を発見する事となった。

木村さん:日本人はスペシャリストでなくて、ジェネラリストでした。様々なことをしてこそ、見えてくるものがあります。日本人はもともと矛盾している民族です。だから、何でも全部自分のものになるというわけではありません。

稲村:確かにクリスマスも、初詣も祝うのが日本人です。

ペンションには、興味深いものがずらり。お酒、果物、こけし、創作した絵などが所狭しとたくさん置かれていた。果物好きが高じて、農園もされているとのこと。仮面作りを深く追求されながらも実はジェネラリストとしての一面もあり、まさに日本人的な生き方を体現されている様にも思えた。「一つのことを追求すると他の分野のことまで色々わかってくる。」ともおっしゃっていた。

幸せの形はどんなもの?

今回のインタビューを通して、仮面を語るときに何度も登場したのが「中道」という言葉だった。この言葉こそが木村さんや日本人にとって重要な価値観を形容しているのではないかと感じ、もう少し詳しく伺ってみた。そうしたら「幸せ」に関する話へと繋がった。

木村さん:中道の考え方は「俺だ!俺だ!」と開き直り自分に立ち返った時に分かるものです。蒙古の僧はかつて「手のひらから入って指先から出る。」という言葉を残しました。幸せは形に当てはめることができません。色々なタイプの幸せがあるのです。何が幸せなのか?という問いこそが矛盾しているわけで、日常的な自然の営みの中に私たちは生きています。だから、足の引っ張り合いをするのではなく、協力してやらねばならないことは皆で協力してやるのです。私は本物に少しでも近づきたいという思いでこの仮面の博物館をやっており、日本人の精神の素晴らしさを伝えようとしています。新しい扉を開くには感動が必要だし、勇気も必要だし、いい縁も必要です。向上心がなくてはいけません。

木村さんは日本の仮面を彫ると同時に、日本人の精神を生き方として体現されている。ペンションまで来て初めて、木村さんが伝えたかったことがすっと自分の中に入ってきた気がした。気づけばもう3時間もお話を伺っていた。同時に、様々なお話を伺って知ることができたのは、氷山の一角に過ぎないこともわかった。ユーモアあふれ無邪気な笑顔を見せる木村さんの奥深い世界は、終わりなき向上心とともに新しい扉へと進み続けている。

日本仮面歴史館のHPはこちら

書いた人

千葉県在住。国内外問わず旅に出て、その土地の伝統文化にまつわる記事などを書いている。得意分野は「獅子舞」と「古民家」。獅子舞の鼻を撮影しまくって記事を書いたり、写真集を作ったりしている。古民家鑑定士の資格を取得し全国の古民家を100軒取材、論文を書いた経験がある。長距離徒歩を好み、エネルギーを注入するために1食3合の玄米を食べていた事もあった。

この記事に合いの手する人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。