江戸時代絵画の画題でもあった神秘の鳥「孔雀」から生まれたハイジュエリー

江戸時代絵画の画題でもあった神秘の鳥「孔雀」から生まれたハイジュエリー

この連載では、世界一の日本美術の殿堂といわれるアメリカ・フリーア美術館の協力のもと、日本美術とトップジュエラーのハイジュエリーによる“奇跡のコラボレーション”をお届けしています。今回、両者を繫ぐ“美の符合=テーマ”は、フリーア美術館とも縁の深い神秘の鳥「孔雀」。日本の「孔雀」は推古天皇の治世、朝鮮半島から献上されたと伝えられています。

【連載】日本美術とハイジュエリー 美しき奇跡の邂逅 第3回 BOUCHERON

その幻想的な姿は、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)や円山応挙(まるやまおうきょ)、長沢芦雪(ながさわろせつ)といった江戸時代の絵師たちにとって、創作意欲を掻き立てられる極めて重要な画題のひとつでした。そんな江戸時代絵画のなかでも、リアリズムを追求し、まさに生命を宿すかのように描かれた「孔雀」と、フランスの名門ジュエラー「ブシュロン」の「孔雀」の羽根をモチーフにしたハイジュエリー──。洋の東西を超えた出合いが、人々を魅了し続ける「孔雀」の華やぎに秘められた物語を解き明かします。

伝統の意匠を再解釈した壮麗にして軽やかな輝き

“プリュム ドゥ パオンネックレス”[ダイヤモンド計約9.13ct×ホワイトトパーズ計約626.35ct×WG]¥18,400,000(ブシュロン)※文中のWGはホワイトゴールド、PGはピンクゴールド、ctはカラットを表します。

本物の「孔雀」の羽根を思わせる軽やかなデザインと精緻な細工。羽根モチーフの中央には、ローズカットを施した大粒のダイヤモンドがやわらかな光を放ちます。ネックレスとフリンジ部分のビーズは、上品な輝きが魅力のホワイトトパーズ。その神々しい美しさは、江戸時代の奇才、伊藤若冲が「動植綵絵(どうしょくさいえ)」のなかの「老松孔雀図(ろうしょうくじゃくず)」などで好んで描いた神秘的な“白孔雀”を彷彿させます。

指に巻きつくかのような大胆で繊細なリング

“プリュム ドゥ パオン”リング[ダイヤモンド計約2.45ct×WG]¥4,650,000(ブシュロン)

大ぶりでいて、指にしなやかにフィットするエレガントなリング。「孔雀」の羽根をモチーフにしたジュエリーは、「ブシュロン」の創業者で優れたジュエリーデザイナーとして知られたフレデリック・ブシュロン自身によって1883年に考案しました。そのときに発表されたのは、留め具のないクエスチョンマーク形の画期的なネックレスで、内部にバネを仕込んだ斬新なアイディアが話題に。

究極の職人技が生み出す本物を超える美しさ

“プリュム ドゥ パオン”ネックレス[ダイヤモンド計約4.97ct×PG]¥5,750,000(ブシュロン)

羽毛1本1本の形や角度に一切の妥協をせず、リアリティを追求しながらも、洗練された意匠へと昇華させたネックレス。高度な職人技によって、すべてのパーツがしなやかに動きます。その細部にわたるこだわりは、円山派の祖として写実を重んじ、動植物をリアルに描いた円山応挙の作品のよう。応挙もまた、「孔雀」に魅せられ、「牡丹孔雀図(ぼたんくじゃくず)」をはじめ多くの孔雀画の大作を描きました。

モダンな意匠に昇華した女神の名をもつリング

“ヘラ”リング[サファイア計約4.03ct×ダイヤモンド計約0.06ct×WG]¥2,850,000(ブシュロン)

ギリシャ神話に登場する神々の女王ヘラの名を冠した「孔雀」モチーフのリング。ヘラを描いた絵画には、彼女のシンボルである聖鳥「孔雀」を従えたものが多く、その「孔雀」が、雫形のモチーフを連ねたモダンな意匠に。同じモチーフをリズミカルに繰り返し、図案化したデザインは、日本美術の本流ともいえる琳派をも想起させます。江戸時代中期の琳派の絵師、尾形光琳もまた「孔雀」を画題にした「孔雀葵花図(くじゃくきかず)」などの作品を遺しています。

世界を魅了した宝石のような鳥「孔雀」をめぐる美の物語

“生きた宝石”といわれ、圧倒的な美しさで世界を魅了してきた「孔雀」。その神秘的な姿は、古くから日本美術の画題に。「孔雀」と日本、延(ひ)いては日本の絵師たちをめぐる物語をご紹介いたします。

「孔雀」をめぐる物語は永久に、何世紀もの時を超えて続いていく

ギリシャ神話では女神ヘラの象徴、仏教の世界では「孔雀明王」、インドでは国鳥といったように、時代や地域を超えて世界を魅了してきた「孔雀」。古代、それは“不滅”のシンボルとして崇められ、その羽根は“繁栄”をもたらすと伝えられてきました。「孔雀」が日本にやってきたのは、飛鳥時代のことだといわれています。「日本書紀」の記録によれば、598年、「孔雀」は献上品として朝鮮半島の新羅(しらぎ)から推古天皇のもとへ。

その姿は古来、仏教彫刻や仏教絵画として表されてきました。のちに日本を席巻する狩野派の二代目・狩野元信は、「四季花鳥図屛風(しきかちょうずびょうぶ)」のなかで艶やかな「孔雀」を描いています。

江戸時代になると、絵師たちは鶏や鶴など日本に生息する鳥のほか、「孔雀」やオウムといった舶来の鳥を画題として頻繁に描くようになりました。やがて「孔雀」は花鳥画の一部ではなく、尾形光琳の「孔雀立葵図屛風(くじゃくたちあおいずびょうぶ)」のように、主役としても日本絵画に登場するようになったのです。

伊藤若冲は畢生(ひっせい)の大作「動植綵絵」のなかで「老松孔雀図」を描いているほか、2016年に再発見されて話題を集めた「孔雀鳳凰図(くじゃくほうおうず)」などの代表作でも、画題に「孔雀」を選んでいます。また、写実派の円山応挙は「牡丹孔雀図」で実に華やかに、リアルな「孔雀」を描きました。

江戸時代後期に頭角を現した、やはり写実派の絵師、森狙仙(もりそせん)も印象的な「孔雀」の絵を遺したひとりといわれています。狙仙は“猿描き狙仙”と称されるほど生き生きとした猿の絵で有名ですが、写生を重んじる作風は、「孔雀」などほかの動物においても発揮されました。

「孔雀図」伝 森狙仙 掛幅 絹本着色 99.6×39.7cm 1786年・江戸時代 フリーア美術館 Freer Gallery of Art, and Arthur M.Sackler Gallery,Smithsonian Institution,Washington, D.C.:Gift of Charles Lang Freer, Endowment,F1898.6

その狙仙の作といわれる「孔雀図」から約100年後、フランスではギュスターヴ・モローが神話の「孔雀」を幻想的に描いて話題となり、「ブシュロン」がその羽根をモチーフにした斬新なネックレスを発表。それがさらに100年以上の歳月を経て、再び注目されています。

フリーア美術館とは? フリーアにとって「孔雀」は“美における誇り”の象徴

世界随一といわれる東洋美術の殿堂、フリーア美術館。その象徴ともいえるのが、美術館唯一の常設展示である「ピーコックルーム(孔雀の間)」です。それは、アメリカを代表する画家で、同館の創設者チャールズ・ラング・フリーアに大きな影響を与えたジェームズ・マクニール・ホイッスラーなどのアメリカ美術を展示するギャラリーと朝鮮・中国美術の展示ギャラリーとを結ぶ位置にあり、西洋と東洋を“美”という共通の言語で繫ぐ役割を果たしています。開館以来、変わらぬ姿を保ち続けるこの部屋は、同館で最も大切な場所といえるでしょう。

ホイッスラーが生み出した「ピーコックルーム」。その正面には、代表作「陶磁の国の姫君」(油彩)が掲げられ、壁面には金色の孔雀が艶やかに描かれている。

「ピーコックルーム」は元々ホイッスラーがロンドンで手がけたインテリアで、彼の死後、同館の創設者フリーアが購入し、移築。翠色の壁面が印象的で、そのエキゾチックな空間は圧巻! 「孔雀」は同館にとって、“Pride in beauty(美における誇り)”の象徴でもあるのです。

◆フリーア美術館
住所:1050 Independence Ave SW,Washington, DC 20560, U.S.A.
公式サイト

ー和樂2018年6・7月号よりー
※商品の価格はすべて掲載当時のもので、変更されている可能性があります。表記は、本体(税抜き)価格です。
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文/福田詞子(Gem-A FGA)
協力/フリーア美術館
撮影/唐澤光也

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