Craft
2019.09.02

ロボット大国・日本の原点!? 江戸時代の「からくり人形」はとんでもない技術の結晶だった!

この記事を書いた人

現在、世界をリードする産業用ロボットメーカートップ10のうち、約半数が日本メーカーであることをご存知でしたか。産業用に限らず、日本産ロボットの種類は年々増え続けています。ロボット大国、日本。その原点を作ったのは、最新の技術と知識を使って、ただただ人が喜ぶものを作ろうとした江戸時代の粋な心にあります。

「江戸時代の趣味娯楽に対する情熱が生んだすごいもの」シリーズ、第3回は、メイド・イン・ジャパンの代名詞ともいえる、「からくり」の世界をご紹介します。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
鼓笛児童(再現)(大野からくり記念館蔵)童子が鼓を打ち、笛を吹くというからくり人形。人形が動くだけでなく、音も鳴るというスグレモノ! ここでの「からくり人形」とは、糸やぜんまい、歯車などの複雑な仕掛けで自動的に動くように作られた人形のこと。電池やセンサーは一切使われていません!

大衆化された最新技術! お上の時計から庶民のおもちゃへと大発展

天下泰平の世にあった江戸時代は、大衆文化が花開いた時代でもあります。一部の人が持っていた専門知識は民衆レベルまで共有され、一般大衆の中からさらなる技術が育まれていったのです。江戸時代に生みだされた和製時計、「和時計」は、主に大名家が公務で使用するために作られたものですが、その技術もまた、技術者から大衆へと引き継がれ、大衆文化としての「からくり」を生みました。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
袴腰櫓置時計(一部)(大名時計博物館蔵)和時計は、西洋の時計技術を応用し不定時法に合わせて日本独自に作られた時計。

からくりが庶民のものになった瞬間! 竹田からくり劇場の開幕

寛文2年(1662年)の出来事です。大坂の道頓堀で、画期的なからくり人形芝居「竹田からくり劇場」が旗揚げされました。はじめたのは、阿波国出身のからくり師、竹田近江(たけだ おうみ)。芝居からくりの着想は、子供の砂遊びを見ていて思いついたといいます。竹田からくり芝居は、段返り人形、文字書きからくり、変身からくりなど各種からくりの上演と、間に挟まれる狂言や手踊りで構成されました。

民衆はその画期的なショーに熱狂し、竹田からくり座はあっという間に大評判となります。その知名度の高さは、観光ガイド紙「摂津名所図会」に、「竹田からくりを見なければ、大坂に来たことにはならない」と言及されるほど。手頃な価格で子供でも見られるからくり芝居の出現、それはまさに、からくりが庶民のものになった瞬間でした。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「摂津名所図会」寛政10年(1798年)(国立国会図書館デジタルコレクション)より、オランダ人が竹田からくりを見て驚いている様子。「竹田近江機捩戯場」と書いてある横には、「阿蘭陀が足もかゞまぬ目で見れば天地も動く竹田からくり」と狂歌が添えられています。

世界初?! 「からくり専門書」の出版

竹田からくりが大坂で一世を風靡してから約130年。1796年刊行の「機巧図彙(からくりずい)」という本には、和時計の構造と共に、実際に作れる座敷からくり(屋内で遊ぶためのからくり玩具)の構造が全部で9種類も紹介されています。材料には、くじらのひげや木、竹など、当時庶民でも比較的手に入れやすかった素材を使っています。大ベストセラーだったようで、江戸で初版が刊行されたあと、大坂や京都でも重版されています。仕事そっちのけで、座敷からくりや和時計作りに熱中したメカオタクがいたことは安易に想像がつきます。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「機巧図彙」寛政8年(1796年)(国立国会図書館デジタルコレクション)世界初(!)とも言われるからくり技術の専門書。著者は土佐藩出身の細川頼直。生まれも育ちも土佐である頼直は、からくり技術も暦学も国元で学んだという。

作業効率とは無縁! 人間みたいな茶運び人形

現代のロボットは、作業効率化のために作られることが多いですが、江戸時代のからくり人形はそうではありません。たとえば、座敷からくりの代表作と言われる茶運び人形です。

いわく、「茶托にお茶の入った湯呑を載せると人形は向こうへ行く。客が湯呑を取ると止まる。再び湯呑を茶托に戻すと、Uターンして元の場所へ戻る。」

この説明を読むと、現代のサービスロボットを彷彿とさせますが、こちらはスピードや効率性をあげるために作られたのではありません。当然ですが、自分で運んだほうが早いのです。彼らが求めたのは他でもない、客人を驚かせ、感動させるおもちゃです。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
茶運び人形(再現)(大野からくり記念館蔵)

茶を運ぶ 人形の車 はたらきて」。井原西鶴の句です。句に添えられた註では、「人形の動きはまるで人間のよう。これを思うと、昔飛騨の匠が鶴を自作し、その身を乗せて飛んだという話も本当に違いない」とまで言って驚きを表現しています。驚きの対象は、その魂を持った人間さながらの動き。からくり人形と客の間には、給仕さんが自分一人のためにお茶を運んでくれるような、ほっとする交流の時間が流れたに違いありません。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「機巧図彙」(国立国会図書館デジタルコレクション)より、茶運び人形の説明と構造の紹介。(一部)

からくりを使ってやりたかったことは(たぶん)これ! 品玉人形

作業効率化を目的とせず、ただ人を驚かすため、また楽しませるために、魂込めた人形をせっせと作り出した江戸時代。いつの時代も、人をびっくり驚かせるものといえば、イリュージョンです。からくり人形の中にも、そんな奇術を行うものがありました。その名も「品玉人形」。「品玉」というのが、まさに奇術や手品を意味します。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
品玉人形(再現)(大野からくり記念館蔵)人形が升を持ち上げたり下ろしたりする度に頭を上げ下げするなど、人間的な動きにも気を配って作られています。

人形が升を持ち上げると、そこにはある奇妙な品物が出現する。升を置き、再び持ち上げると、置かれた品物は別物に変化しているー。品物がひとりでに変化する様子には、誰もが目を奪われます。もちろんタネも仕掛けもありますが、電気を全く使用せず複雑なゼンマイ仕掛けで動く人形は、構造を解説されてもやはりイリュージョン、感動的なものです。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「機巧図彙」(国立国会図書館デジタルコレクション)より、品玉人形の説明と構造の紹介。(一部)

「からくり儀右衛門」こと田中久重の最高傑作! 弓曳童子

和時計の最高峰と国内外で評価される「万年時計」を作ったのは、「からくり儀右衛門」の名で知られる田中久重(たなか ひさしげ)です。幕末の発明家だった久重が、持てる技術の全てを注ぎ込んで作り上げたと言われているのが、座敷からくりの最高傑作と讃えられる「弓曳童子(ゆみひきどうじ)」です。台座に座った童子が、弓に矢をつがえ、的に向かって射る、たったそれだけですが、所作に合わせて変化する顔の動きがとても繊細で、人形の心の中まで見えてくるようです。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
弓曳童子(作・田中久重)(トヨタコレクション蔵)

不完全性にこそ「粋」がある?! 失敗するからくり人形

からくり人形は、庶民による、庶民のための見世物です。人の心を捉え続けるには、共感を得ることが重要です。そのためといってはナンですが、からくり人形の中には、「失敗する人形」が少なからずありました。

江戸時代の書物によく登場する、庶民に大人気だったからくり人形、「五段返り人形」もまた、そんな「失敗する人形」の一つでした。五段返り人形は、水銀の重心移動を利用したからくりで、人形がバック転しながら階段を降りていく、というものです。観客は失敗するか成功するかわからない中、息を呑んで見守ったといいます。失敗もまた一興として楽しむ心こそ、江戸時代の庶民が大切にした「粋」なのです。

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「機巧図彙」(国立国会図書館デジタルコレクション)より、五段返り人形の説明と構造の紹介。(一部)

現代の「ものづくり大国日本」は、江戸時代の民衆の豊かな心の賜物だった

庶民を熱狂させた「竹田からくり座」は、のちの人形浄瑠璃、また歌舞伎の演出にも大きな影響を与えました。また、歌舞伎の誇る場面転換技術である「廻り舞台」や「田楽返し」、「がんどう返し」などの舞台からくり技術が考案されたのも、江戸時代です。和時計製作を基礎に生まれたからくり技術は、民衆の心を満たす技術へと展開し、結果現代の「ものづくり大国日本」へと続く礎を築きました。世界初ともいわれるからくり技術専門書「機巧図彙」の序文は、こんな文章で締めくくられています。

「此書の如き、実に児戯に等しけれとも、見る人の斟酌に依ては、起見生心の一助とも成なんかし」

人の魂生き写し?! 効率化とは無縁の江戸時代「からくり人形」の世界
「機巧図彙」(国立国会図書館デジタルコレクション)より、序文。(一部)

この本に載っていることは遊びにすぎないけれど、読者の理解によっては、何か新しい発想を得て、それが発明のきっかけにもなるだろうー。鎖国状態にあって外界刺激が少なかった分、江戸時代は国内で生まれた技術を民衆の中で熟成させるように、独特の発展をしていったのです。

文/笛木あみ

「江戸時代の趣味娯楽が生んだすごいもの」連載記事一覧
・第1回 浮世絵を大発展させたのは江戸の「おもしろカレンダー作り」だった?! 大小暦が、世界に誇る日本美術「錦絵」になるまで
・第2回 江戸のやりすぎ? 園芸ブーム! 変化朝顔のディープな世界
・番外編 もはや美術工芸品! 和時計に秘められた江戸時代の知られざる超絶技巧

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。