名工の息吹が感じられる創作空間
中庭の半分から奥が寬次郎の創作スペースとなっています。
こちらは、中庭に面して造られた寛次郎の手による素焼き窯。
素焼きとは、焼き物の制作工程で、本焼きの前に釉をかけずに低い温度で仮焼きをすること。素焼きをした後に、釉薬を掛けます。素焼き窯のそばの陶房前には、釉薬を入れていた壺がずらりと並んでおり、寬次郎はここで釉掛けや絵付けなどをしました。
中庭を通り抜けると、奥に板の間の陶房があります。中には、足で蹴って使う「蹴ろくろ」が2基。周りには、作陶に使われていた道具が並べられています。寬次郎は、ここで作品の成形をしていました。
圧巻! 京焼の歴史を今に伝える登り窯
陶房のさらに奥へと進むと、急に空気が変わるのを感じました。
目の前に現れたのは、巨大な登り窯。
登り窯とは、傾斜面に数室の房を連続して築いた陶磁器を焼くための窯。最下部に焚き口、最上部に煙出しがあり、その間に焼成用の室が幾室も設けられています。火は各室の壁に開けられた穴を伝達し、その熱を利用しつつ、下の室から一室ずつ順番に焚き上げます。日本には戦国時代に朝鮮から取り入れられたと考えられ、その後全国に広まりました。
焼き物の町「五条坂」では、江戸時代から複数の登り窯が築かれ、昭和初期には20基ほどの窯が稼働し、連日どこかの窯から煙が上がっていました。しかし、大気汚染防止法や近隣住民の廃止運動、電気窯の普及のため、昭和後期にその火は途絶えました。
河井邸にある窯は、個人で窯をもたない作家や業者が何軒かで用いた寄り合い窯で、元は陶芸の名家・清水六兵衛のものでした。寛次郎が所有していた頃は、月に一度、窯に火が入れられていました。五条坂には4人1組で仕事をする「窯焚き師」と呼ばれる専門の職人がいて、彼らは窯に火を入れると、温度調節の難しい一の間と二の間を主に担当し、丸3日間交代で絶えず炎を調節したそうです。
「窯に火が入ると、子ども心にもここは立ち入ってはいけない場所と感じました。」(鷺)
耳をすませば、今も燃え盛る炎の音と熱気に満ちた職人たちの声が聞こえてきそうな気がしました。
バラエティ豊かな寬次郎の作品を見てみよう!
陶工として有名な河井寬次郎ですが、その作品は、陶芸だけにとどまりません! 館内では、多岐に渡る寬次郎の作品を鑑賞することができます。
陶芸
まずは陶芸。寬次郎は多作の陶工で、現在京都国立近代美術館に約400点、河井寬次郎記念館、日本民藝館、足立美術館にそれぞれ約200点以上作品が所蔵されており(その他の美術館や個人所蔵のものもあり)、生涯に非常に多くの陶芸作品を残しています。
作風は、初期、中期、後期に大きく分けられ、記念館ではすべての時代の作品を観ることが可能です。実際の展示作品をピックアップしながら、寬次郎の作風の変遷を見てみたいと思います。
家具
寬次郎は家の設計と同時に、家具調度品の制作に取り組みました。記念館には、寬次郎自らがデザインし、プロの職人に制作を依頼した家具がたくさん配置されています。どれもデザイン性と実用性を兼ね備えた、ユニークなものばかりです。
照明
邸内の照明も、寬次郎のデザインによるもの。建築された時から今まで約80年間現役で使用されています。木と和紙で作られた民藝調の照明は、建築にマッチしていました。
木彫
大工の棟梁の家に生まれた寬次郎にとって、木は幼い頃から身近にある素材でした。寬次郎がはじめに木彫に取り組んだのは、家を建築した際に余った材料を使って制作したいくつかの作品。その後、60~70歳の頃に、再び本格的に木彫に取り組み、陶器では表現できない造形に挑戦し、面や木像など100点近い作品を残しています。
これらの作品は、寬次郎が粘土で作った原型を前に置いて京仏師・松久武雄と並び、松久が粗彫をし、それを寬次郎が仕上げるという流れで制作されました。寬次郎は、展覧会で木彫を展示することはありましたが、販売はせず手元に置いていたため、すべて記念館の所蔵となっています。
キセル
キセル制作は、寬次郎が晩年夢中になったもののひとつ。愛煙家だった寬次郎は真鍮を素材としたキセルのデザインも手掛けており、現在記念館には23本所蔵されています。寬次郎が図案を描き、故郷島根の金工職人に制作を依頼しました。
書
館内のいたるところで、目にする躍動感のある寬次郎の筆跡。寬次郎は若い頃より書くことが好きで、膨大な量の随筆、詩、書などの作品を残しており、寬次郎の精神世界を知る手がかりになります。
イラスト
キュートだったのが、こちらのイラスト集。毎日新聞からの依頼を受けて、新聞に掲載するためのイラスト(小間絵)を描いたもので、動物や風景、食べ物など600点ほどの様ざまな意匠のイラストがまとめられています。
陶芸作品などの展示物は、年に4回(3月、6月、9月、12月)に展示替えされるそうです。
かわいい寛次郎イラストシールをおみやげに!
売店で、かわいい寬次郎グッズを発見! 寬次郎が描いた小間絵48点が和紙に刷られたシールです。鳥、猫、ウサギ、ねずみ、壺、五重塔、アヤメ、カタツムリ……などなど、見れば見るほど味のあるイラストばかり。来館記念のおみやげにぜひ!
「人」と「もの」の関係性を見つめ直す場所
河井寬次郎の詩『手考足思』に、こんな一節があります。
すきなものの中には必ず私はいる
河井寬次郎記念館は、建築、家具、調度品、日用品など、寬次郎が自ら創作・デザインしたものと、寬次郎の感性で蒐集されたものでいっぱいで、それらひとつひとつに、寬次郎の魂が宿っているような気がしました。
寬次郎の「もの」への情熱は並々ならぬものだったようで、孫が持っていたおもちゃのコーヒーカップを見て、その製作者に思いを馳せ涙したり、河井邸を訪れた作家・井上靖に、地方の陶器などを見せ、「それがいかに豊かであるか」を「一種独特の聞く者の心を吸い上げるような熱っぽい口調で」熱心に語った、というエピソードも残されています。寬次郎にとって、「もの」や「ものづくり」は「もの」を知り、自分を知り、他者を知るツールだったのかもしれません。
河井邸を訪れた日は、自分がいつも使っているお茶碗やお箸を見ながら、それがどのように作られたのか、思いを馳せる自分がいました。
河井寬次郎記念館 基本情報
施設名:河井寬次郎記念館
住所:605-0875 京都市東山区五条坂鐘鋳町569
営業時間:10:00~17:00(入館受付16:30まで)
休館日:毎週月曜日 (祝日は開館、翌日休館)
※夏期・冬期休館あり
アクセス:京阪清水五条駅から徒歩10分。JR京都駅から市バス206系統で13分、馬町下車徒歩1分。洛バス100号で13分、五条坂下車徒歩4分。
料金:大人900円、高・大学生校500円、小・中学生300円
公式webサイト: http://www.kanjiro.jp/about/