厳しくも、現実には主役と脇役が存在する。
それは人生においてだけでなく、「物(モノ)」についても同じことがいえるだろう。靴と靴ひも、鍋とふた…数え出したらキリがない。彼らは脇役として甘んじているのか。それとも嬉々として奉仕の精神を発揮しているのだろうか。
さて、ここからは刃物のお話。
刃物ならまさしく、刃が主役だろう。一般的に刃物を買う時に真っ先に考えるのは、切れ味だ。しかし、脇役である「柄」の部分に注目したっていいんじゃないか。だって、直接、手が触れるんだもの。手と一体になることができるのは、なんてたって「柄」なのだ。
だから、ちょっとややこしいが、今回の主役は刃物の脇役である「柄」。
握りやすさに着目した山田英夫(やまだひでお)商店(福井県越前市)の『風味絶佳 ECHIZEN(ふうみぜっか えちぜん)』を取材した。
越前打刃物には700年の伝統あり
山田英夫商店は、刃物で有名な越前市南地区にある。
越前打刃物(えちぜんうちはもの)の伝統はおおよそ700年、今も後世へと受け継がれている。時は1337年の南北朝時代。京都の刀匠である千代鶴国安(ちよづるくにやす)によってその技術が持ち込まれたという。ちょうど南北朝といえば、朝廷が京都と奈良の吉野の二つに分かれた時代。越前打刃物の開祖といわれる千代鶴国安が、京都から刀剣を作るために最適な土地を探し求め、来往したのがこの越前なのだ。その際に、農民のための鎌を作ったことが、越前打刃物の始まりとされている。その後、福井藩の保護政策もあって江戸時代に発展し、さらに、漆かき職人の全国行脚に伴って、越前打刃物もその名が少しずつ知れ渡るようになった。
さて、一口に刃物といっても、産地によってそれぞれ技法に特徴がある。
越前打刃物はというと「二枚重ね」と「廻し鋼着け(まわしはがねつけ)」が独特の技法だ。「二枚重ね」とは、刃を二枚重ねて裏と表の両面からハンマーで叩いて形を作る技法だ。ハンマーで叩く力がよくかかって、刃が薄くのびるという。また二枚重ねのため、何度も熱せずとも温度が下がりにくく、製品に板むらができにくい特徴がある。「廻し鋼着け」とは、鎌などを作る際に、刃先の鋼(はがね)を片隅から斜めにつぶしていく技法。これにより、薄く研ぎやすい刃を作ることができるのだ。
店内には、越前武生の刃物はもちろん、他にも様々な産地の刃物が揃う。それぞれの産地で得意とするもの、苦手とするものがあるため、多くのバリエーションを確保するために、こうして揃えているのだという。
『風味絶佳 ECHIZEN』はどのようにして生まれたのか
『風味絶佳 ECHIZEN』を作り出した山田英夫商店の店主、西本信博(にしもとのぶひろ)氏に話を伺った。
もとは刃物の問屋だったらしい。今も刃物の製造卸業も並行して行っている。
「卸業(おろしぎょう)は、刃物を作る職人さんと、それを使う人の間に立っている。その立ち位置もあって、職人さんが作った刃と、使う人を繋ぐ『柄(え)』の部分、ちょうど刃物を握るグリップの部分を作りたいという思いがありました」
確かに、刃物の場合、どんなに「刃」にこだわっても、「柄」の部分はほぼ似た形状のものが多い。型押しされたような円筒の木材の「柄」が大抵ついている。
「握りやすい、他にはないものを作ってみたいという思いの中、試行錯誤をして作り上げた包丁が『風味絶佳 ECHIZEN』なんです」
ちなみに、「風味絶佳」の「絶佳」とは「スゴい」という意味合いなのだとか。つまり、風味絶佳は「すごく美味しい」という意味となる。この包丁を使って、食材の風味を失わず、すごく美味しいものを作り出してほしいとの思いが込められた名前なのだ。
手作業で1本1本仕上げるから握りやすい?
じつは、西本氏、他には絶対に真似されたくないとの思いから特許を取得。しかし、よくよく考えればこんな時間のかかることなんて真似されないと笑う。それもそのはず。この「柄」の部分は職人泣かせのこだわりで、1本1本が手作業なのだ。
もともと「柄」を専門に加工する業者がいる。まずは、自分が作りたい「柄」の見本を持って制作を依頼したのだそうだ。しかし、セッティングが複雑でデータ化できず、ここまで削るのは難しいと言われたという。
「大変な作業だからできないと言われたんです」
それを諦めきれず、だったら自分で削ろうと手作業で挑戦した。ある程度まで業者に形を作ってもらい、そこからは自分の手一本で独特の「柄」を作り出す。
「機械で削って、削り過ぎないように、形が崩れないようにして、最後は自身の手で磨いていきます。そうでないと思った形にならないので」
それでは、実際の『風味絶佳 ECHIZEN』の「柄」の部分をみてみよう。
ちょうど「柄」の真ん中にボリュウムがあるので、手でそっと包み込みやすい。また、前の方を持っても中指と薬指で支えられ、下の方を持っても同じように指で安定して持つことができる。
普通の和包丁の「柄」と見比べれば、一目瞭然、違いが分かる。
柄の中央のでっぱりのラインなどは、柳刃包丁のしのぎを参考にして取り入れているという。
材質は樺の木。薄くスライスして積層にし、圧縮して樹脂を注入する。そうすることで、予め注入した樹脂があるため隙間に水が入らず、丈夫で変形しにくく耐久性が強いのだ。
「使い比べてもらうと、断然差が出ます。一度使うと、やはりそのまま使い続ける人が多いですね」
西本氏自慢の一作だ。
デザインのセンスが秀逸なおしゃれ手ぬぐいと箱
「包丁ってよく使うけど、わりと業務用のものが多いんですよね」
これは西本氏の奥様の言葉。
もともと家庭用の包丁は、業務用のちょっと簡単な感じのものが多い。しかし、家庭で毎日使うからこそ、本当に切れ味のよい、業務用クラスのものを使ってほしいという気持ちがコンセプトにあったという。
「箱もきれいに可愛くしたい。これは『捨てないで』っていう気持ちがあるんです」
包丁の研ぎ直しに来られるお客様の多くは、タオルなどで簡単にくるんで持ち運びされるのだとか。しかし、中身は刃物、危険である。このようなキレイな箱であれば捨てずに置いてもらえる。研ぎ直しの際には、この箱に入れてもらえる。そのような意図もあって、オシャレでキレイな手ぬぐいと箱をデザイナーに依頼したのだそうだ。
テイストは2種類ある。ナチュラルな色合いと、シックなキッチンにも合うようにグレーが基調の落ち着いた色合いだ。
「この箱で橋渡しをしたい」
その言葉が、包丁に対する山田英夫商店の思い全てを物語っているのではないだろうか。
なお、包丁を大事に最後まで使ってもらえるようにと、無料で名前を入れてもらえるサービスもある。
刃物で未来を切り開く
お祝い事に包丁を送ると「切れる」として嫌がられるイメージがある。しかし、越前地方では、「未来を切り開く」縁起物として包丁を送る風習があるという。
山田英夫商店では、包丁と共に以下のようなメッセージカードを同封している。
包丁は「未来を切り開く」願いを込めた縁起物。
結婚の門出を祝う
新築・新生活の門出を祝う
人生の門出を祝う
おめでたいときの贈り物にも幅広くご愛用下さい
なるほど。言葉一つでこうも包丁のイメージが変わるとは。恐れ入ったというしかあるまい。もっともそれをいうなら、脇役である「柄」一つで、主役である「刃」の切れ味をこうもいかせるとは。
毎日使うものだからこそ、切れ味だけでなく、手にしっくりくる「握り心地」も必要だ。そうして初めて本当の意味での「風味絶佳」が実現できるのかもしれない。
写真撮影:O-KENTA
基本情報
店舗名:山田英夫商店
住所:福井県越前市千福町28
(改装予定、早くて12月中旬に完了予定、時期によっては問い合わせが必要)
電話番号:0778-22-5359
公式webサイト:http://kkyamada.com/?mode=f3
公式webサイト:風味絶佳